第47話 閣下と恋心
一方シリウス王立学園では諸悪の根源である副校長が消えたことで、三店方式による賭博の全面禁止の校則の成立と、ゲーム部の廃部、カリス・ダスクフェザー教頭の副校長就任がスムーズに進んでいた。
また純粋にゲームを楽しむ場が欲しいという生徒たちの訴えを容れる形で、トレーディングカードゲーム部やボードゲーム部などが新たに創部された。
そしてカリス・ダスクフェザー教頭が副校長に就任してから初めての全校集会。壇上に立ったダスクフェザー教頭……もとい新副校長は決意に満ちた目で生徒たちを睥睨して話し始めた。
「重職にありながら権力を私腹を肥やすために用いた前副校長は、生徒会とそれに協力した勇気ある生徒たちによって追い詰められ、辞表一つを置いてこの学園から逃げ出しました。……教頭として、生徒たちより先に腐敗を糺せなかったことを恥ずかしく思います」
そう言うとダスクフェザー副校長は生徒全員に見えるように、深々と頭を下げた。
時間にして三十秒ほどだろうか。頭を上げたダスクフェザー副校長は再び生徒たちに向けて話し始める。
「ですが私が副校長となったからには、このような腐敗は一切許しません! 教師も生徒も、貴族出身も平民出身も、このシリウス王立学園に所属する者は、一人の例外なく国を背負って立つ選ばれしエリートです! 故にこそノブレス・オブリージュ! 高貴なる者の義務を決して忘れぬように! 義務を果たさぬ者に、人の上に立つ資格はないのです! 以上です!!」
力強い新副会長の演説が終わると、先ずはカシムが拍手を始める。するとそれに倣うように全校生徒が大きな拍手を始めた。
アナリーゼも周囲に合わせて拍手をしたが、
(うーん。なんか現代JKだった私には、ちょっとノリが合わないわねぇ)
そんなことをぼんやりと考えていた。
隣にいるヴェロニカを見ると、拍手はせずに見定めるように新副校長を見つめている。
「ね、ねぇヴェロニカは今回のことどう思う?」
「……どうやら副校長は面白い奴のようね。少なくともただ私腹を肥やしたいってだけだった前副校長よりはずっと深みがありそうよ」
「そうなの? 私は『意識高いなぁ~』くらいしか思わなかったけど」
「ノブレス・オブリージュは地位が高ければ高いほど、それに伴う義務と責任もまた多くなるという考えよ。その上で副校長の言っていた『高い地位にいながら義務を果たさない、人の上に立つ資格のない者』に最も該当するのって誰だと思う?」
「それは……」
アナリーゼの脳裏には反射的にオリヴァント四世のだらけきった顔が浮かび上がる。
バエル王国で最も高い地位にいる人間と、最も無責任な人間は、この時代においては同一だった。
「ね、ねぇ。もし私の思い浮かんだことが正解なら、これ不味くないの? 不敬罪!」
「不敬罪にはならないわ。だって副校長の発言をその人物に対する不敬だと主張なんてしてみなさいよ。そいつはその人物を『高い地位にいながら義務を果たさない、人の上に立つ資格のない者』と思っていますって自白するのと同じなんだもの。訴えたほうが不敬罪になるわ」
アナリーゼはなんとなく童話の『裸の王様』を思い出した。
「なんとな~く生徒会……いやカシムのやろうとしていることが分かってきたわ。副校長とカシム、どっちが上でどっちが下なのかしらねぇ」
ヴェロニカは新しい副校長――――というよりカシム・エリゴスという男に対する興味を増していっているようだった。アナリーゼの背筋に冷たいものが流れる。
(な、なんか不味い流れだわ! 三成さんと相談しないと!)
少し離れた位置で、ヴィクトリスと何事か話しながら拍手している三成を見てアナリーゼはそう決意した。
学生寮のアナリーゼの自室で、もう何度目かになるか分からない対策会議を開催した。
参加者はいつも通りのアナリーゼと三成の二人っきりである。
「というわけでヴェロニカがカシムルートに突入しようとしているわ」
「不味いな」
「や、やっぱり不味いの?」
「ああ。しかしカシムが派手に動いたことで奴のやりたいことも大まかには分かった。要するに腐敗した王政にかわって、自分たちで政治をやりたいのだろう」
「それって立憲君主制にするってこと? もしくはクーデター起こして王政を打倒して共和制とか、いっそ自分が王になる下克上かしら?」
マグナ・カルタ、フランス革命、美濃国盗りなどの歴史的事件が次々に思い起こされる。今のバエル王国はそういう事件が起きても不思議ではない状況だ。
「そこまでは分からん。だがともかく生徒会……というよりカシムが王立学園での実績を足掛かりに、権力の中枢に座ることを狙っているのは間違いない」
「難しいわね。カシム副会長は私たちに好意的だったし、いっそヴェロニカと一緒にカシムさんに全ぶっぱして、カシムルート大勝利を目指す? でもヴォーティガン委員長もいるし、ああ分からないわ!」
前提としてアナリーゼの最大にして絶対目標は自分の死亡エンド回避である。なのでヴェロニカがカシムとゴールインして、バエル王国に大規模な変革を起こそうともそれはそれで問題ないのだ。ただやはりネタバレ糞レビューアーの『悪役令嬢アナリーゼはどのルートでも絶対に死ぬ』という情報が、安易にルートを固定させることを良しとしてくれない。
「…………この数日でお前はヴォーティガンとカシムという二人の人間についてもそれなりに理解を深めただろう。もう一度、今後の方針をしっかり定めておくべきではないのか?」
「方針……」
「アナリーゼ、お前はどうしたいのだ? それが最も重要なことだ」
「一番は戦乱なんて起きず、平和が続くことなんだけど、ヴェロニカやヴォーティガン委員長の言うように、戦争が起きていないだけで今は平和でもなんでもないのよね」
動乱編は恐らくヴェロニカが学園を卒業する三年後に起きるはずだ。
理想は動乱編回避の学園編打ち切りエンドだが、腐敗した王政の根本的解決が不可能な以上それは難しいだろう。だとすれば、
「取り合えずカシム副会長から生徒会に誘われてるし、ヴェロニカが生徒会入りするなら私も一緒に生徒会に入って、カシム副会長の目的が余りにもヤバめなら、ヴェロニカと一緒に離反して、大丈夫そうならそのまま協力……というのはどう?」
アナリーゼが導き出したのは最も無難な選択であった。
「悪くない手だ。生徒会に入れば、生徒会だけでなく風紀委員とも関わる機会も増えるからな」
だがそれ故に三成も特に反対はしなかった。
明日ヴェロニカと接触して生徒会に入るつもりなのか聞いてみよう。そう決心したアナリーゼは三成が部屋を出ていった後、そのままベッドに倒れ込んで泥のように寝入った。
翌日の通学路。
アナリーゼはよく寝てすっきりした後のハイテンションで、ヴェロニカへと突撃した。
「ヴェロニカ~! カシム先輩に誘われてたけど生徒会入っちゃうの? ジョイン?」
「ええ、生徒会はこの学園の台風の目になりつつあるし、あの後で誘われたし丁度いいわ。アンタはどうすんの?」
ヴェロニカが入ると答えた場合のアナリーゼの答えは前日のうちに決まっていた。
「もちろん私も入るわよ! ね、三成さん?」
「ああ」
こうしてアナリーゼ、ヴェロニカ、三成の三人は生徒会に入ることになった。
授業が終わって放課後、生徒会室へ行ってその旨を伝えるとトーマス会長は嬉しそうに笑って歓迎してくれた。
「ようこそ生徒会へ! 歓迎するよ!」
ちなみに役職は会計がヴェロニカ、庶務の三成、そして書記がアナリーゼである。
「書記アナ書記アナ……書記長アナリーゼって書くとすっごく偉くなった気分だわ!」
「まあ生徒会の役職なんて会長以外は、どれも名前が違うだけで仕事内容がそう変わるわけじゃない。気楽にやろう」
副会長のカシムが苦笑しながら言った。
「日々の雑務はいいとして、生徒会の最初の大仕事はなにになるのかしら?」
新会計に就任したばかりのヴェロニカが手を挙げて質問した。
すると「よく聞いてくれた!」とトーマス会長が黒板を引いてくる。
「実はうちの学園じゃ一学期にはこれはというイベントがなくてな。他の王立学園じゃ球技大会やらチェス大会やら結構色々やってんだが」
「そこで今年からは、うちの学園でも一学期にもなにかイベントをやろうと、前々から会長と話し合っていてね。ほら、学園生活は物事を学ぶためのものだが、楽しいものであるべきだろう?」
「副会長の言う通りね! そうそう、部活にイベントに恋に友情のブルー・スプリング! 学園生活かくあるべし、よね!」
前世でも学校行事はわりと楽しむ方だったアナリーゼは、トーマス会長とカシムの提案に大いに賛同した。
「私も楽しいのは好きだし、賛成よ。三成は?」
「鷹狩りがしたいなぁ。青空の下で、鷹を放ち存分に狩りを楽しみたい。もうずっとやってないなぁ」
「好きなことやりたい気持ちは分かるけど、学園の生徒全員で鷹狩りなんて、とんでもないお金がかかるから無理よ。ただでさえ副校長追放のゴタゴタで余計な出費があったんだし」
「…………………………………………そうか」
ヴェロニカに完全な正論で却下され、三成は露骨に落ち込んでいた。
本当に鷹狩りが大好きらしい。アナリーゼは今度の誕生日は三成に鷹をプレゼントしようと決めた。
(けどあんまりお金がかからないで、楽しいイベントかぁ…………あ、そうだわ!)
ピコーンとアナリーゼの中でアイディアが閃いた。
「あんまりお金がかからないならいいのよね!? だったら私にナイスなアイディアがあるわ!」
「へぇ。どういうアイディア?」
「ザリガニ釣りよ!」
『ザリガニ!?』
三成以外の全員が想像の片隅にも置いていなかった提案に仰天した。
アナリーゼも突飛なアイディアだと思ったが、勝算はあった。
「そう、田んぼでザリガニ釣り! 道具は錬成魔法でちょちょいのちょいで作れるし、ザリガニならいくらとっても問題にならないし、お金もかからないわ!」
「しかし田んぼでザリガニは、貴族出身の生徒から文句が出るのではないか?」
「大丈夫よ! これはヴィクトリス殿下にもマルグリットにも大好評だったし、二人が婚約する切っ掛けもこのザリガニ釣りだったのよ!」
アナリーゼの勝算とはこれである。
変わり者とはいえ国の第三王子と、その婚約者である伯爵令嬢の二人ともが熱中したザリガニ釣り。ならば他の貴族にも案外と受けるのではないかと考えたのだ。
「そういうエピソードがあるなら、反対意見も抑えられるか。特に貴族の子女はそういう話に弱い」
「他に意見はないか?」
会長が促すが他に意見もなく、ザリガニ釣りへの反対意見もなかったので、シリウス王立学園の記念すべき一学期の新イベントは田んぼでザリガニ釣り大会に決定した。
一学期の学校行事が『ザリガニ釣り』に決まったことは、噂話が大好きな生徒によって瞬く間に拡散して学校中の話題となった。
当初は田んぼでザリガニ釣りなんて貴族のやることなのか、という批判意見が多く見られたものの、ヴィクトリスとマルグリットのエピソードが一緒に流れ、更にヴィクトリス自身が噂は事実であると発言したことで一瞬で鎮火した。そして誰が言い始めたのか『男女ペアでザリガニ釣りをすると結ばれる』という出来立てほやほやの都市伝説が囁かれ始めたことが盛り上がりの決定打となった。
王立学園の生徒は15~18歳の一番恋愛に興味津々な年頃。別に都市伝説を本気で信じている生徒なんて誰もいない。ただ都市伝説は学生の恋が始まる切っ掛けとしては十分すぎる。
「男女ペアでカップル誕生だって!? こりゃ逃す手はないね!」
ヴェロニカによくつっかかる現役悪役令嬢のミランダまでもが、噂を聞いて気合を入れ始めた。だが一番この都市伝説を聞いて盛り上がっていたのは誰かというと、
「飛び級に次ぐ飛び級を重ね最年少でシリウス王立学園教諭にまで上り詰めたロウィーナ先生十六歳。そんな私の履歴書の汚点! 彼氏いない歴=年齢を消し去るチャンスがここに到来!?」
そう、それは生徒ではなく先生閣下こと教師のロウィーナだった。
ロウィーナは休み時間にアナリーゼ達の教室へやって来ると、アナリーゼたちにザリガニ釣りのペア探しの協力を求め始めた。
「じゅ、16歳で彼氏いないくらい普通ですよ閣下!」
「そうよ。変な男と付き合ったとかより、ずっとクリーンよ」
アナリーゼとヴェロニカがそうフォローする。事実、17歳で事故死した前世のアナリーゼも彼氏いない歴=年齢だった。
「そうか? 女子で十六なら、普通に結婚していてもおかしくない年齢だろう」
だというのに三成が余計な口を挟んできた。
「ほら、石田くんこんなこと言ってる!」
「それは三成さんが頭戦国時代なだけだから! 私もヴェロニカも彼氏いない歴=年齢ですから! 閣下とおそろい!」
「ま、童貞は卒業したけど」
「何言ってんの!?」
ヴェロニカの衝撃発言にアナリーゼは噴火した。
「ロウィーナ先生は素晴らしい先生ですし、きっといつか素晴らしい男性に巡り合えますよ。ほら、歴史のバレンタイン先生とかどうです? 確か独身らしいですし」
おどおどしながらマルグリットがフォローする。しかし彼氏候補として出した人選が悪かった。
「嫌です! 何が悲しくて花の十代なのに、三十歳超えのオッサンとカップルにならないといけないんですか!」
「三十歳はまだ若いと思う」
ロウィーナの叫びに実年齢が四十代の三成がショックを受けていた。
「くぅぅ! 私が学生ならガツガツいけたのに、教師だから積極的に生徒を誘うなんてNGですし、私はどうしたら……」
「三成さん。私、今回は我慢するから、先生閣下を誘ってあげたら?」
「嫌だ」
「即答ですか! 酷い!?」
「俺は今回真剣に優勝を狙っている。足手纏いは不要だ」
「え、なんでそんなにガチになってるの?」
「アナリーゼの発案した行事だからな」
「………………」
石田三成という男は、実に反則な男だと思う。
顔がにやけるのを抑えることは出来なさそうなので、かわりにアナリーゼは思いっきりのドヤ顔を浮かべておくことにした。
先生閣下はキレた。
「ええぃ! 先生の前で見せつけて、嫌味ですか! 爆発しちゃってください!」
「…………あと三十歳はオッサンということだし。ヨンジュウダイノオレハジジイカ?」
三成がボソッと呟いたが、それを聞いていたのはアナリーゼだけだった。どうもロウィーナの発言にわりとダメージを受けていたらしい。
「うーん、どうしようかしらねえ」
その時、アナリーゼに強烈な閃きがあった。
アナリーゼはちらりと視線をマルグリットに向けて、そして教室の反対側で、男子生徒と談笑するヴィクトリスを見る。
本来攻略キャラの一人であったヴィクトリスは、ヴェロニカと出会う前にマルグリットと婚約しラブラブな関係になることで、フラグをぽっきり折れた。もはやヴェロニカがヴィクトリスと結ばれる可能性はゼロに等しいだろう。
これを対ヴォーティガンと対カシムにも応用できるのではないかとアナリーゼは考えた。
次にアナリーゼは愛すべき先生閣下を見る。先生ではあるが年齢は十六歳。現二年生の殆どと同い年。
(それに……)
アナリーゼは最初の授業、変態教師が憲兵に連行された直後のことを思い出す。
『え~というわけでメリル先生は豚箱へ異動となったので、今日のこの授業は二年生首席の"ヴォーティガン"くん! 君に決めた!』
『先生、俺も学生ですよ?』
『だいじょーぶだいじょーぶ! ぶっちぎり首席の"ヴォーティガン"くんなら一年生の授業くらい余裕でこなせちゃいますから! じゃあ任せましたよ!』
『はぁ、やれやれ今回だけですよ』
そう、ヴォーティガンだ。ロウィーナは生徒のことは全員苗字で呼ぶというのに、ヴォーティガンだけが苗字のリドルではなく名前呼びだった。
これは脈ありに違いない。たぶん恐らくメイビー。
「私に任せて下さい、閣下! 必ずや閣下に相応しいカップリングを成立させてみせます!」
「ほ、本当ですか!? あといい加減、閣下はいいですから!」
「はい閣下! この恋愛伝道師アナ&ミッチーにお任せを! 行くわよ三成さん!」
「みっ、ちー?」
困惑する三成の手を引いて教室を出ていく。
目指すはヴォーティガンのいるところだ。




