第45話 賭博と政争
カシムの平謝りタイムが終わって、漸く本題に入ることができた。
生徒会室のテーブルにアナリーゼ、三成、ヴェロニカ、ディアーヌ、そしてカシムが着席する。五人の前には紅茶が置かれていたが、最初の一口を飲んで以降は誰も手をつけることはなかった。例外はアナリーゼで一人だけ勢いよく飲み干してお代わりを要求していた。
「カシム先輩。平民出身の生徒が破産したり、深刻な被害を出してるゲーム部の賭博行為が見逃され続けてる原因って、なんなんですか?」
お代わりの紅茶を飲み干しながらアナリーゼが本題に切り込んだ。
「……約束だったからな、ちゃんと話そう。ディアーヌ殿下には変態元教諭の逮捕劇に続き、我が校の恥をさらすようだが」
「どの学園にも問題の一つや二つありますよ。知ってますか? フォーマルハウト魔法学園って生徒の自主退学率と在学中の自殺率が大陸中の王立学園でナンバーワンなんですよ?」
ディアーヌはにこやかに言ったが、目はまったく笑っていなかった。静かな怒りすら滲んでいる。
「ああ。学校内でも等級差別が酷いんだっけ? どこもかしこも闇が深いわね」
ヴェロニカがうんざりしたように言った。
なまじ貴族制度がないせいで、フォーマルハウト魔法学園の実態は現代日本にも通じるものがあって、アナリーゼにはより生々しく感じられる。
「さて。ゲーム部の放置されている理由は、実はかなりシンプルでね。一言で言うと強力なバックがついているからだ。黒幕と言い換えてもいい」
「ば、バック!? ま、まさか時の大王陛下とか!?」
アナリーゼは反射的にこの国の最高権力者がそうなのではないかと邪推する。散々暗君呼ばわりされていた王なら、そういうことをやっていても不思議ではないという考えからだった。だがカシムは首を横に振って否定する。
「惜しいな。大王ではなく副校長のほうだ」
「……副校長、か」
三成の目が鋭いものとなる。アナリーゼは副校長といっても入学式で長々と中身のない挨拶をしていて、ヴェロニカとミランダの口喧嘩に慌ててやってきた人という印象しかない。要するに当たり障りのない普通の人というイメージだった。だがそれがこんな極悪人だったとは。
「そうだ。副校長は顧問という名目でゲーム部の賭博の胴元として、莫大な利益を懐に収めている」
「な、なんで副校長がそんなことを!?」
そんな普通な印象の人がなんで学生賭博の胴元なんてやっているのか気になったアナリーゼは、強い口調で尋ねた。だがカシムから返ってきたのは、壮大でもなんでもない平凡な動機だった。
「別に大した理由じゃない。単に自分の財産を蓄えるためだ」
「ざ、財産って……」
「学園生活くらい普通に送りたかったのに、なんでその細やかな望みすら許されないのかしら」
ヴェロニカが心底うんざりしたように息を吐いた。
「細やかな望みを成就させるのは簡単だ。目と耳を塞いでしまえばいい。君は何も見なかったし、聞かなかった。これで全ておしまいだ」
「お生憎様。私は記憶力はいい方なの。今から目と耳を塞いでも遅いわ」
知ってしまい、それが自分でどうにかできることなら、どうにかしてみせる。それがヴェロニカのスタンスなのだろう。気質は覇王だがヴェロニカは主人公らしい善性の持ち主なのだ。
「副会長。さっきから副校長を悪党の如く言うが、確認するが副校長は本当に不正をしているのか?」
「どういうこと三成さん? 学校で賭博なんて不正に決まってるじゃない?」
「なぜ決まっていると決めつける。副校長がゲーム部で賭博を主催し、胴元となって金を貯える。この行為が違法と定められているのならばいいが、もしもそうでないなら合法ということになる。そこを確認しておきたい」
三成の説明でアナリーゼにも理解できた。例え道徳的・倫理的に悪いことであっても、ルールとして明文化されていないならそれを罪として裁くことはできない。それが法治主義というものだ。
「流石に目の付け所がいいな。もし副校長のやっていることが、明確にルール違反なら俺もここまで苦労しなかった」
「というと?」
「直接金銭や宝石貴金属などの貴重品のやり取りをする公営以外の賭博行為は法律で禁じられている。だがゲーム部はやり口が巧妙でな。金ではなく『ペン』を賭けて、賭博をしているんだ」
「ペン?」
ディアーヌが首を傾げる。
「そう、金銭ではなく学用品であるペンを賭ける分には校則違反にはあたらない。俺も友人と食券をかけて軽いゲームくらいしたことがあるしな。だが性質の悪いことに学園の直ぐ近くには、表向き学園とはなんの関係もないということになっている換金所があり、そこでペンと現金とを交換しているんだ」
「ぶーーー!」
思わずアナリーゼは噴き出した。
「それってパチンコじゃない!?」
それは現代日本でパチンコ店が法律の網をかいくぐるために生み出した三店方式と呼ばれる形態そのものであった。
ただパチンコを知らない他の面子からすればアナリーゼがいきなり下ネタ発言をしたようにしか思えなかった。
「ちょ、アンタ! なにいきなりち、チ〇コとか言ってるのよ!」
顔を真っ赤にしながらヴェロニカが怒った。
「ち、チ〇コじゃなくてパチンコよ!」
「パがついてるだけでほとんどチ〇コじゃない!」
「文字にするとそうだけど、意味は全然違うわよ! アガレス家じゃそういう手法のことをパチンコ式って呼ぶの!」
「だからなんでパチンコなんて卑猥な名前つけたのよ!」
「パチンコの語源なんて知らないわよ!」
「淑女が二人して男の目の前でチ〇コ連呼しないでくれ!!」
顔を真っ赤にしたカシムが立ち上がり叫んだ。
ぜーぜーと肩で息をするカシム。三成は困惑していて、ディアーヌは気になる同性たちが卑猥な言葉を連呼する光景を楽しそうに眺めていた。
「んんっ! ……話を戻すぞ。俺は学園正常化のためにも、このゲーム部を叩き潰したい。……協力してくれないか?」
「私は自分の通う学校でそういうことが起きてるのは嫌だし、構わないけど……」
アナリーゼはチラッと他の面子を見る。三成は自分がやると言えば必ず協力してくれるので問題はない。となると後はヴェロニカとディアーヌだ。
「手を貸したい気持ちはあるんですけどねぇ。ベリアル王国の王太女の私が関わると、内政干渉ってことになって逆に大ごとになっちゃいそうなのでパスさせてください。ごめんなさいね」
ディアーヌはやんわりと断った。
そういう事情ならば仕方ないとカシムも特に気にした様子はなかった。
「いえ、ディアーヌ殿下の仰ることはもっともです。話を聞いていただきありがとうございました」
「では名残惜しいですが、私はこのへんで失礼します。協力はできませんが、応援してますよ副会長さん」
そう言うと立ち上がったディアーヌは生徒会室を出ていった。
ベリアル王国の王太女であるディアーヌは王立学園内でヴィクトリスに匹敵するほど特別な存在だ。ヴィクトリスが王位継承の可能性が低い第三王子であることを考慮するとヴィクトリス以上かもしれない。しかしだからこそ自分の意思だけで自由に動くことが出来ないのだろう。アナリーゼはディアーヌが背負う王太女の重さをほんの少しだけ理解できたような気がした。
「話を戻すが、潰すといっても方法はあるのか? 一番手っ取り早いのは武装蜂起して副校長を斬ってしまうことだが、まさかそんなことをするわけにいかんだろう」
「当たり前だ。そんなことをしたら、こちらが犯罪者で学園追放だ。だが方法はある」
「どのような方法だ? 副校長のやっていることは法に違反しているわけではないのだろう?」
「なら違反にしてしまえばいい。今の俺たちに法律を変える力はないが、校則を増やすくらいはできる。生徒会が校則の付け足しを提案し、教師と生徒の過半数が合意すればいい」
それなら例え法律がどうであろうと、シリウス王立学園においては三点方式のギャンブルも校則違反ということになり、大っぴらには出来なくなるだろう。だがそれにも問題はあった。
「学園内での賭博はどうにかできるかもしれないけど、連中が学園の外でやり始めたらどうするの?」
ヴェロニカが問題点を指摘する。
「俺たちは生徒会で学園内での自治がその役目だ。学園外は憲兵の仕事だ。生徒が学外で賭博をして破産しようと破滅しようと最悪自殺したとしても、俺達生徒会には関係ない。その生徒の自業自得だ」
カシムは冷然と切り捨てた。
言い方はきついが学園の外の賭博問題は国が対処すべき問題であって、どう考えても学園の生徒会の管轄ではない。カシムの主張はぐうの音もでない正論そのものだった。
「でもゲーム部って学園で一番部員数が多いんでしょう? 生徒の過半数なんてとれるの? ゲーム部の人は当然そんな校則ができることに反対するだろうし」
「それはどうかな。確かに生徒会が提案しただけでは廃案になる可能性が高いが、君たち二人が俺の主張に賛同してくれたら、どうだ? バエル王国二大公爵家の意向に歯向かうことになるんだぞ。貴族の生徒は賛成票を投じざるを得ないさ」
「じゃあ教師陣は? 先生たちが一丸になって廃案に動き出したら不味いんじゃないんですか?」
「それはもっと簡単だよ。副校長は教育者として論外で、商人としても三流だ。優秀な商人とは自分だけが稼ぐんじゃなくて、自分の周囲にも稼がせる者を言う。だが副校長は金を集めても、それを配ることをしなかった。俺たちが手にしたゲーム部の金の流れの資料を見れば、妬みやら正義感やらなにやらで簡単にこちらに転ぶだろう」
アナリーゼの質問にすらすらとカシムは答えていく。
「そんな資料、どこで手に入れたの?」
今度はヴェロニカが質問するが、
「教頭がこちら側でね。この一件で副校長を失脚させれば、次の副校長の席が回ってくるという寸法さ」
「そして新しい副校長を味方にしたことで、生徒会の権力も高まるって作戦? 正義の副会長と思ったら中々狸じゃない」
挑発するようにヴェロニカが言った。
「否定はしないよ。正しいことをするには、権力が必要だ。俺は正しいことをするために、力が欲しい」
ヴェロニカが笑みを深める。どうやらヴェロニカはカシムのことを気に入ったようであった。少しだけ焦るアナリーゼ。もしかしたらこのままヴェロニカがカシムルートに入ってしまうかもしれない。
そんなアナリーゼの内心を察した三成が口を挟む。
「副会長。校則を新たに作り、ゲーム部を廃部へ追い込み副校長を失脚させる切っ掛けを作るなら、俺にいい方法がある」
「…………なにかな?」
「風紀委員長のヴォーティガンと協力すればいい」
「!」
一瞬カシムの表情が険しいものとなる。
三成の意図を察したアナリーゼは全力でそれにのっかることにした。
「グッドアイディアね三成さん! ヴォーティガンさんは今日も手際よくHENTAI教師を追放とかしてたし、味方にすればすっごく頼りになるはずよ! 大賛成!」
カシムのいる生徒会だけでこの件に対処してしまえば、功績もヴェロニカの好感度も全てカシムに集中することになる。しかしヴォーティガンを巻き込んでしまえば、功績も好感度も二等分に分散されてしまう。
それが三成の秘策だった。
「ふーん。そう、面白いことを言うわね、三成。私も万全を期すためにはヴォーティガン風紀委員長の協力を仰ぐべきと思うわ」
ヴェロニカが純粋に勝算を高める意図で同意する。それが決定打となった。
「…………そうだな、確かにそれが合理的だ。反論はないよ。明日ヴォーティガンと話してみよう。俺はあいつとは友人同士だし、あいつも不正を憎む男。必ず手を貸してくれるはずだ」
「ええ! 生徒会と風紀委員の友情パワーで悪の副校長をけちょんけちょんよ!」
こうしてカシムと協力して学校内の賭博に挑むことが決まった。
それからアナリーゼ達が去った後、生徒会長のトーマス・ディーンが戻ってきた。
ディーンは深刻な表情でカシムに声をかけた。
「……三成に一杯食わされたな」
「ええ。副校長失脚の功を独占して、アガレスとウァレフォルの二大公爵家を引き入れようと思ったんですが、三成に梃子を外されました」
二人の支持のもと大々的に副校長を退陣に追い込めば、周囲は二大公爵家はカシム・エリゴスの派閥に近いと認識するようになるだろう。実際がどうかなど関係ない。周りがそう思うだけで十分なのである。
もっともウァレフォル家はヴェロニカが生徒会室に来たことがイレギュラーだったのでおまけのようなものだが、アナリーゼ・アガレスについては入念な準備をして本気で引き入れる算段であった。
「……ヴォーティガンをエリゴス派に引き込むことはできないのか? 平民でありながら首席の特待生。こっちの思想に近いだろう」
「誘いはしたが断られました。『自分の力でどこまでやれるか試したい』と、やんわり」
「そうか。次の生徒会選挙、俺はお前を会長にしたい。そして候補者でお前に匹敵するスターはヴォーティガンだけだ。……分かるな? この意味が」
「平民や貧乏貴族出身者はヴォーティガンに、武門出身者は俺に入れる。勝敗を分けるのは貴族の子弟の票。分かってます。分かっていますよ、会長」
カシム・エリゴスとヴォーティガン・リドルの次期生徒会長の座を巡っての権力闘争。それはアナリーゼ達が入学する以前より早くから既に始まっていたのだった。




