第44話 覇王令嬢と公爵令息
そうして二限目の授業はロウィーナに“閣下”という渾名が定着したこと以外は、平穏無事に終了した。なお魔法実技は性格は腐っていても成績は首席のミランダ・ラウムが最優秀だった。
「どうだヴェロニカ、思い知ったか! 私の優秀さを!」
ミランダはこのようにヴェロニカ相手にマウントをとっていたのだが、
「ねぇ、次の授業ってなんだったかしら?」
当のヴェロニカの方はミランダのことなど眼中にもないようで、完全にスルーだった。
しょんぼりするミランダ。ここまでくるとミランダが少しだけ哀れだった。
「えーと……なんだったかしら、三成さん」
「歴史だ」
選択授業の魔法実技と違い、歴史は必修科目なのでディアーヌとヴィクトリスの両殿下が合流してくる。二人以外にもシリウス王立学園は魔法を至上のものとしていないので、魔法の才能がない生徒が他にも十数人ほどいた。
「前の授業はいきなりあんなことになっちゃいましたが、魔法実技のほうはどうでしたか?」
ディアーヌがそう聞いてきた。
「とっても面白くて良い先生だったわ! えーと、そっちは?」
するとヴィクトリスとディアーヌが揃って渋い表情を浮かべる。
「こちらの選択授業は音楽だよ。教授も素晴らしい実績を持つ音楽家だった。だったのだが……」
ヴィクトリスが言いにくそうに顔を歪めた。
「ど、どうしたの?」
「名選手は名監督に非ずの典型例な感じでした」
「そりゃ災難だったわねぇ。お互いにとって」
ディアーヌが答えると、ヴェロニカが嘆息する。
ロウィーナは教えるのも上手な天才肌だったが、残念ながら音楽の先生はそうではなかったらしい。
そして鐘が鳴って、三限目の歴史の先生が入ってくる。
歴史の先生は『ケイ・バレンタイン』と名乗った。果たしてバレンタイン教授の授業はどうだったかというと、
「ここのところは定説だとこうなっているけど、私が見るにここは実は~~~~~こうなってて~~~~だと思うんだ」
歴史に関する独自解釈と脱線と無意味な雑学が多すぎる上に、纏まりがなくてとっちらかっていて、恐ろしく難解な授業になっていた。授業内容についていけるのはヴェロニカやディアーヌにミランダなどの数人足らずで、その数人にとっては面白い授業だったらしい。アナリーゼには意味不明であったが。なおヴィクトリスは寝ていた。
全ての授業が終わり放課後。
アナリーゼたちは中庭に集合していた。
「さ。じゃあ生徒会へ行きましょうか!」
「放課後デートですね!」
ヴェロニカを狙ってるディアーヌが、洒落にならない発言をした。
「ヴェロニカだけじゃなくて私と三成さんもいるわよ?」
「私は構いませんよ? 重婚の二つや三つ、王なら普通ですし」
「ホワッツ!?」
「なんてジョークですよジョーク。あはははははは! 半分は冗談ですって」
「そ、そう。冗談半分……半分?」
「はい半分は♪」
つまり半分は本気ということなのだろう。
将来は王様だけあってディアーヌは恋愛には豪快だ。チャンスさえあれば全員抱いてやるくらいは本気で思っているのだろう。
「重婚かぁ。女として複数の良い男を侍らせることに憧れる気持ちがないわけじゃないけど、やっぱり私は愛する異性は一人がいいわねぇ」
一方でヴェロニカは意外にも乙女だった。乙女ゲームの主人公の面目躍如である。
「ほう。つまり同性なら何人でも可と?」
「ちゃうわよ」
「………………」
女三人が色恋についてあーだこうだと語り合う中で、ポツンと佇む男一人、石田三成。いつもはヴェロニカと一緒にいるバジルは、危機回避能力が高かったのか、この場にはいない。三成は早く生徒会室に行きたかった。
そうして生徒会室のプレートのあるところまできた四人は、代表して言い出しっぺのアナリーゼがノックをする。
どうぞ、と声がしたので生徒会室生徒会室の扉を開けると、静かな空気が一変した。
重厚な木製の机と壁に並ぶ書類の棚が、厳粛な雰囲気を醸し出している。
「お、お邪魔しまーす」
「ようこそ生徒会へ。……おや?」
出迎えたカシムの視線がヴェロニカに止まった瞬間、敵愾心を露わにする。
「ヴェロニカ・ウァレフォル……よりにもよってお前が俺の前に現れるとは、どういうことだ?」
「なにが?」
「エリゴス家とウァレフォル家は代々不倶戴天の間柄。更に言えば嘗ての戦争で、お前の父が父上による自爆作戦を王に提案したこと、忘れるものかっ!」
冷や汗をダラダラと流すアナリーゼ。
よもやヴェロニカとカシムにそのような因縁があったとは知らなかった。こんな肝心なことどうしてもっと悪質にネタバレしてくれなかったのだと、ネタバレ糞レビューアーに心の中で文句を言った。
「一族と親の業は私には関係ない……とは言わないわ。私もウァレフォル家を相続する身だしね。負債も引き継いでこその相続だもの。でもその業の一つは、私の手で払ってきたわ」
「むぅ」
冷静にヴェロニカが応じると、カシムは押し黙る。
その隙にアナリーゼは三成に助けを求めた。
「(み、三成さーん! この空気なんとかして! デンジャラス!)」
嘆息した三成は、頼まれるがままに口を開いた。
「カシム副会長。俺の知る大逆無道の輩に家康という逆賊がいるのだが、彼の息子の結城秀康殿は礼節を知る立派な武人だった」
「……イエヤスやユウキヒデヤスは知らんが、言わんとすることは分かった。確かにここは俺が狭量だったようだ」
「気にしないで。カシム・エリゴスが副会長と知ってアポなしできた私も悪かったわ」
するとひょいと後ろにいたディアーヌが顔を覗かせる。
「あのぉ。ギスギスタイムは終わりました?」
「なっ! ディアーヌ殿下!?」
その存在に初めて気づいたカシムは、ギスギスタイムから一転、平謝りタイムに突入した。
どうやら緊張は完全に解けたようであった。




