第39話 立志と学園
日本の学校は四月から入学式だが、この世界は日本産乙女ゲーでありながら外国の日程を採用しているらしく、九月からスタートだった。
今日は8月26日、入学式は9月2日なので丁度あと一週間だ。
「いよいよ王立学園入学の時が近づいてきたわね」
「そうだな。幸い王都とアガレス領間の距離が然程でもないから、政務のほうもどうにかなりそうだ」
三成は喋りながらも高速でペンを動かして、書類を片付けている。
その手前にはヘンリーが作った柿饅頭が置かれていて、三成は仕事で消費する糖分を饅頭で補充しているようだった。
「学園生活と政務の二足わらじって大丈夫なの?」
「王立学園はその性質上、当主代行のまま学園に通う者も少なくはない。そのあたりの支援は元から充実している。問題はない」
「三成さんが大丈夫となると残る問題は……」
まだ出会っていない残る二人の攻略キャラたちのことだろう。
学園編はこの乙女ゲーの肝ともいえる部分だ。ここからが正念場なのである。
「残る『攻略きゃら』二人のことだな。どういう者たちなのだ?」
「一人は平民出身で首席のヴォーティガン・リドルよ」
アナリーゼは前世での公式サイトを見た記憶を思い出す。
風になびく長めの銀髪、目は鮮やかな青色で、鋭い視線が印象的だった。公式サイトには庶民出身と書かれていたが、どこかの王国のご落胤と言われたら素直に信じてしまう天然の高貴さというものを、イラストからも感じることができた。
要するに途轍もないイケメンである。
「他に分かってることは?」
「ないわ!」
「………………」
三成がじと目で見てくるが、知らないものは知らないのだからしょうがない。
プレッシャーに耐えられなくなったアナリーゼは話を次に移す。
「で、もう一人の攻略キャラが軍人貴族の子のカシム・エリゴスよ!」
「こっちは他に分かることは?」
「それもない……と言うと思った? 平民出身のヴォーティガンは成績が抜群だという以外に分かってることはないけど、実はカシムはそうではないのよ! なにせあのエリゴス公爵家の長男だし!」
各家に代々伝わる超魔法は、アガレス家の異世界召喚のように効果は凄まじいが使いどころが難しいものが多い。
アガレス家の『異世界召喚』なんてその典型例だ。崖っぷちだったアナリーゼは藁をもつかむ思いで使ったが、もしアナリーゼがもっと余裕のある立場だったら、寿命を消費する上になにが呼び出されるか分からない超魔法なんて試すことすらなかっただろう。
そのために殆どは王家にすら秘匿する伝家の宝刀として扱われてきた。
伝家の宝刀も一度も抜かれなければ、それが見せかけだけのナマクラか本物の名刀かは分からないからだ。
だが中には例外がある。
汎用性が高く、戦場において効果的な超魔法をもつ家は秘匿するより、逆に大々的にその力を誇示して活躍してきた。取り潰しになったバジルのフェニックス家も超魔法『再生』を活かした不死身の戦士を代々輩出することから、バエル王国屈指の武門の家柄として他国から恐れられてきた。
エリゴス家はそういう家の中でも特別中の特別。
代償寿命は残り全て、発動効果は――――”自爆”。
規模は戦略級。発動すれば最後、頑強な要塞であろうと丸ごと消し飛ばす。
その余りにも強力な威力から、エリゴス家は代々戦争の度に人間爆弾として犠牲になってきた歴史をもつ。
それと同じ分だけ、他国から目の敵にされ或いは恐れられ、暗殺を狙われたことも多いと聞く。
「バエル王国の歴史でエリゴス家ほど武勲をあげた家は他にないわ。だからエリゴス家はバエル王国によって数々の特別待遇を受けてきた。バエル王国のほぼ真ん中の領土、公爵という爵位、そして王立学園に通わずとも18歳で成人を認められる特例」
王立学園卒業をせずとも成人が認められる特例は他にもあるが、それは戦時下や国を揺るがすほどの天災の時に限られる。
平時でも特例が適用されるエリゴス家の特異性は群を抜いていた。
「人間爆弾と同じ学び舎で学ぶのは恐ろしいと、そういうわけだろう。いつからこの国は差別を特権と言い換えるようになったのだ?」
「まあその特権については六年前の戦争で、前当主のイスマイル・エリゴス元帥が、アスモデウス王国に対して自爆作戦を遂行する対価として廃止させたらしいけど」
「代々人間爆弾とされてきた家か……文字通りの爆弾だな」
「というわけで私は私のデッドエンド粉砕のためにも、どげんかせんといかんのだけど、どうすればいいの、これ?」
「どう、とは?」
「嫌われるようなことをするのは論外としても、距離を置くべきなのか、逆に近づくべきなのか仲良くなるべきなのか、そうでないのか。
これがただの学園乙女ゲーなら、モブキャラに徹してれば死亡回避できるのに、戦乱編ってなによ! 恋愛に戦争を持ち込まないで! ガッデム!!」
「今更世界に文句を言っても仕方あるまい。だが平民出身のヴォーティガンにせよ、そのカシムにせよ人格をもつ一人の人間だ。実際にその人となりを知らなければなにも分からんのではないか?」
「むむむ。一理あるわね」
会うまでにあれこれ考えても仕方ないといえば仕方ない。
そう思ったアナリーゼは一週間後のことは一週間後に考えることにして、遊びに出かけることにした。
「お待ちくださいお嬢様。入学前にお嬢様には授業の予習をさせるようにと三成殿から仰せつかっております」
そして部屋を出て数秒でヘンリーに連行された。
「三成さんの裏切らない者~~!!」
アナリーゼの絶叫を聞きながら、くすりと笑って三成は饅頭を頬張った。
そして遂に入学式の日を迎えた。
この年、入学するのは言うまでもなくアナリーゼと三成。
そして領地内での争いを制した後、父親が『病死』したことで王位継承権が六位となったヴェロニカ・ウァレフォル公爵令嬢。
第三王子にして第二王位継承者のヴィクトリス。
ヴィクトリスの婚約者であるマルグリット・ハルファス。
入試首席の伯爵令嬢だが、悪い噂しか聞かないミランダ・ラウム。
極め付けにはベリアル王国王太女ディアーヌ・ベリアルである。
過去これほどのVIPが一度に入学してきた事例は、長い歴史の中でもそう多くはないだろう。
貴族たちが従者としてきた者にもヘンリーのような正統派もいれば、アスールのような武闘派もいて、バジル・フェニックスのような元貴族もいれば、テレーゼのような苦労人もいて様々だ。
そんな新入生を見下ろすのは二人の二年生。
攻略キャラであるヴォーティガン・リドルとカシム・エリゴスであった。
「あれが大問題の新入生か。どう思う、カシム?」
「さてな。だが気になるといえば――――彼だな」
そう言って首をくいとやって視線を向けた先にいたのは、こんな場所でも着物を纏った石田三成である。
外国から多くの留学生を受け入れているため制服などはなく、入学式にも自国の伝統衣装で参列することが許されているとはいえ、流石に着物を着て出席したのは三成が初だろう。
「アガレス家の奉行となり政務一切を取り仕切っていると評判の石田三成。彼の如き人物がアガレス家でしかその辣腕を振るっていないのは、バエル王国全体にとっても不幸なことだ。彼の如き優秀な人物こそが国政を担うべきだろう」
「概ね同意見ではある。腐った土壌にも美しい花は咲くものだ」
ヴォーティガンとカシム、二人は其々の内心を明かさぬまま三成のことを評する。
二人はこの学園において友人同士であったが、腹の底を見せ合った親友同士ではなかった。
「では続いて生徒会長の挨拶」
式が続き副校長(全ての王立学園では校長は国王なので副校長が校長に相応する)が告げると、生徒会長の男子生徒が壇上に上がった。
ベリアル王国から留学してこられたディアーヌ王太女殿下。ヴィクトリス第三王子殿下。そして新入生の皆さん、入学おめでとうございます」
生徒会長は当たり障りのない挨拶から始めると、それから自分が平民出身から苦労して生徒会長に上り詰めた苦労譚を挟みつつ当たり障りのない挨拶が続いた。そして最後に、
「これからのバエルを担っていくのは、貴方たち若い人間です。学園で多くのことを学び、多くの考えを知っていくことを願います。以上、生徒会長トーマス・ディーンでした」
無難な挨拶に形式通りの拍手が送られる。
(ヴォーティガンと同じ平民出身だからちょっと警戒したけど、普通の生徒会長っぽいわね。ゲームだと立ち絵もないモブキャラだったのかしら)
アナリーゼは特に一枚絵がありそうもない平坦な挨拶を聞きながら、そんな風に考えた。
「続いて新入生挨拶! ベリアル王国王太女ディアーヌ殿下、お願いいたします!」
再び副校長が告げると、会場が一気にどよめいた。
在校生挨拶は生徒会長の役割だが、新入生挨拶はその年の最も爵位の高い者がするのが習わしだ。
今年は王族であるヴィクトリスも入学するが、友好国の王太女もいるということもあって、そちらに頼むことにしたのだった。
ヴィクトリスが面倒臭がって辞退したというのもあるが。
「バエル王国の皆さん、初めまして。私と同じベリアル王国からの留学生の皆さんは久しぶりの人もいますね。ディアーヌ・ベリアルです」
生徒会長の挨拶と違って、全員が見目麗しい未来のベリアル国王の話に耳を澄ませる。
(ディア……吹っ切っていい顔するようになったわね。三成さんが色々助言してくれたって手紙にはあったけど)
ヴェロニカなどはまた一つ大きくなった友人の姿に感慨深いものを感じていた。ヴェロニカは三成を見る。
「………………」
三成はヴェロニカのことなど一切気にせずディアーヌの挨拶を聞いていた。
そんな三成にヴェロニカはふっと微笑むと、
(どっちにも妬いちゃうわね)
そう心の中で零した。
さて大多数の参列者が聞き入るディアーヌの挨拶だが、何事にも例外というものは存在する。
その例外というのがヴィクトリスだった。
「Zzz……Zzz……」
熟睡である。入学式が始まって十分でヴィクトリスは完全に眠りの国の住人となっていた。
「(殿下! 殿下! 生徒会長の挨拶はともかく、今は起きて下さい! 国際問題案件ですから!)」
生徒会長の挨拶はともかく未来のベリアル国王の挨拶に寝ているというのは洒落にならない。
マルグリットは必死にヴィクトリスの肩をゆするが起きる気配はなかった。仕方ないのでマルグリットはせめていびきだけは止めるため、自分の拳をヴィクトリスの口へ放り込んだ。
そうこうしている間にディアーヌの挨拶が終わる。
「最後に! 生徒会長がさっき言った通り、学園生活は多くを学ぶチャンスに溢れてます! 私はベリアルの王太女ですが、この学園に入学した以上は一人の生徒として勉学に励みたいと思います! 一緒に頑張りましょう!」
「殿下、ありがとうございます。では最後に国王陛下にかわって副校長である私から」
それから副校長の話が始まる。副校長の話を参列者がまともに聞いていたのは五分間で、半数が居眠りしたりヒソヒソお喋りを始めた。
マルグリットも自分の拳をヴィクトリスから引き抜く。
そして長い入学式が終わった瞬間、これまで幾らゆすっても起きなかったヴィクトリスが突如覚醒した。
「夕方には歓迎パーティーが開かれる予定ですので、欠席する方はあらかじめ――――」
「はい!! 先生、質問がある!!」
「……なんでしょう、ヴィクトリス殿下」
司会進行をしていたローブを纏った教師が狼狽えながら返す。
「夕食会に食材の提供は可能か? 活きのいい猪があるし、なんならマルグリットやアナリーゼと一緒にこれからザリガニを釣りに……」
「恐れながら殿下。食材の提供は不可となっております」
「そうか……残念だ……」
しょぼんとするヴィクトリス。だがそこに救世主が現れた。アナリーゼである。
「はいはーい! いい考えがあるわ殿下! 学園主催のものとは別に、プライベートで二次会をやっちゃえばいいのよ! プライベートならイノシシの肉もザリガニもなんでもありよ! フリーダム!」
「――――――! アナリーゼの言や良し! テレーゼ!」
「駄目です」
今度はヴィクトリスとアナリーゼが二人揃ってしょぼんとした。
なにはともあれ、シリウス王立学園での日々が始まったのである。
立志編 完
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