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悪役令嬢と石田三成  作者: 孔明
立志編
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第38話  石田三成と佐和山城

 ソロモン大陸には成人年齢について特異な伝統がある。

 それは爵位持ちの貴族が成人と認められるには王立学園を卒業するか、満三十歳にならなければいけないという規定だ。

 ソロモン大陸にある全て王立学園の校長は、その国の国王ということになっている。もちろん国王としての仕事をしながら校長としての職務はできないので名目上のものに過ぎないが、これが王権を高めることに一役買っていた。

 なにせ王が卒業を承認しなければ、三十歳まで成人ができないのだ。成人できないということは、成人としての権利を認められないということである。当主の正式な継承はできなくなるし、婚約はできても結婚もできない。貴族にとって余りにも大きすぎるハンデだ。

 事実、王の不興を買った貴族の次期当主が、そのために王立学園の入学を認められずに、結局その前に当主が死んでしまったため当主の地位を従兄に奪われてしまったという事例がある。

 そしてバエル国内の王立学園でもシリウス王立学園は、ソロモン大陸最高学府の一つである。

 多様性を重んじる校風から、魔法偏重……というより魔法学園しかないベリアル王国からの留学生も多い。

 この学園に推薦入学が許されるのは、伯爵以上の大貴族に限られそれ以下の爵位の貴族は、騎士階級や平民階級と対等の条件で厳しい入学試験をクリアしなければならない。

 そして入学できれば、平民や下級貴族も大貴族と同じ教室で勉学に励み、大貴族とのコネクションを得るチャンスがある。

 この学園で王族に見染められ妃になった平民や、官僚として出世し爵位を得た平民も多い。

 それ故にシリウス王立学園はバエル王国中の人間からの憧れであった。

 貴族の子弟は言うまでもなく、ブルジョアな平民の子供もこぞってこの学園の入学を人生の中継地点として設定するので、毎年の倍率は軽く1000倍を超える。

 石田三成が突破しなければならない試験とは、つまるところそういうものだった。


「はーい、そろそろ試験開始時間ですから参考書の類はしまってくださいね」


 試験会場に入ってきたのは、黒いローブにこれまた黒い円錐形の尖った帽子を被った少女だった。

 試験官のようだが随分と若い。三成にはアナリーゼと同い年かそれよりも年下に見えた。だが試験官として現れたということは、彼女も王立学園の教諭なのだろう。


「……!」


 試験会場に一人、試験官の言うことも聞かずに……というより耳に入らずに、血走った目で参考書を睨むように読み続ける者がいた。

 試験官の少女が嘆息すると杖を一振りする。すると浮かび上がった参考書が試験官の手に収まった。


「あぁ! お願いします、もうちょっと! もうちょっとだけ!」


「駄目です。規則ですからね」


 ひょいと再び杖を一振りすると、裏側にされた試験問題が受験生一人一人の前に現れた。

 ここにアナリーゼがいたら、ファンタジーの魔法学校のようなやり取りに感動していたことだろう。


「王立学園でのカンニングは『犯罪』なので、くれぐれもやらないでくださいね。その場で憲兵に引き渡す規則になっていますから。カンニング防止魔法で全員を把握しているので、バレなければいいは通用しませんよ」


 魔法についてそこそこ齧った三成だが、試験問題と答案用紙からは魔法の痕跡のようなものは確認できない。

 三成程度では尻尾すら掴めないほど高度な魔法がかかっているということだろう。

 時計の針が試験時間になる。


「では、始めてください!」


 試験官の声を合図に受験生が一斉に問題と答案を表側にした。

 石田三成にとって、ある意味では最初にして最大の試練が始まった。




 そうして一週間後。試験結果がアガレス領に届いた。


「…………73位か。どうにかぎりぎりひっかかったか」


「いや、ぎりぎりひっかかるだけでも凄いですからね」


 ヘンリーが珍しく心から称賛した。

 ソロモン大陸最難関のシリウス王立学園の試験を、異世界転移してきて三年にも満たない三成が突破するというのは、もはや偉業といえた。

 しかも三成の場合は政務をこなしながら、である。三成の頭脳でなければ不可能だっただろう。


「ええと点数の内訳は……算術は満点で他は合格者平均より軒並み下ですね」


 アスールが返却された答案用紙を眺めながら言った。

 あと三年でも勉強に専念する時間があれば首席も狙えたと思うと、表情には出さないが三成は少しだけ悔しかった。


「ちなみに試験を受けなかった私だけど、同じ問題用紙で試してみたら不合格だったわ!!」


「入学まで政務関係はしなくていいから、勉強しろ」


「はーい」


 何故か自信満々で言うアナリーゼを窘める。

 ただよくよくアナリーゼの答案を見ると全体的には不合格ではあるものの、幾つか合格者平均に達している科目もあった。


「ちなみにノアっち。首席は誰だったの? ヴェロニカが試験を受けてたらヴェロニカが一位確定みたいなものだけど、私と同じ公爵令嬢だから試験は受けてないはずだし。ミニマム気になるわ」


「伯爵令嬢のミランダ・ラウム女史ですね」


「伯爵……? 推薦ではないのか?」


「三成殿、例え伯爵家以上の貴族家出身でも、勉強に自信がある者は箔付けとして一般入試を受けることがあるのですよ。まあ一般入試を受けて不合格になってから、推薦入学するのは恥の上塗りになるのでよっぽどの自信家でなければ選びませんが」


「なるほど」


「彼女は資料によると、余り評判の宜しくない第一王女の取り巻きのようですね。勉強はできるようですが、それ以上に性格の悪さで有名です」


「分かったわ。つまり『アナリーゼ』の取り巻きしてたようなキャラね!」


「え? お嬢様の取り巻きなんですか?」


「そ、そうじゃなくて! え、えーと私が改心する前だったら、きっとお近づきになってたかなって」


「――――――」


 下手に肯定したら不敬になるので、ヘンリーは沈黙を選んだ。


「ところで学園に連れて行ける従者は基本一人のみですが、その従者はヘンリーさんですよね。流石に」


「護衛としてはアスールのほうが優れているんだが……」


 シリウス王立学園の数少ない貴族特権である、一人限定とはいえ従者の同行。

 その貴重な”一人”を誰にするかとなれば執事長のヘンリーか、トップクラスの武力を誇るアスールの二者択一となる。

 だが三成は二者両択する秘策を用意していた。


「そこは心配しなくていい。アナリーゼの従者はヘンリーとして、アスールは男爵である俺の従者ということで連れて行けばいい。そうすれば事実上二人の従者を連れて行くことが可能だ」


「おお! さっすが三成さん! ナイスアイディア! あ、でも同性同士で私がアスール、三成さんがヘンリーのほうがいいんじゃないの?」


「アガレスの執事長を家臣の三成殿が従者にしては、アナリーゼ様の権威は落ちるし、三成殿の名誉も落ちますよ」


「やっぱ私の従者はヘンリーこそ大正義よね!」


 ノアの諫言にあっさりアナリーゼは自分のアイディアを引っ込めた。

 その時、部屋の扉が開きハレーが入ってくる。


「三成殿。例のものが完成したぞ」


「そうか」


「完成? もしかして秘密兵器かしら。それとも秘密基地!」


「いや、佐和山城だ」


 アナリーゼはずっこけた。




 佐和山城。現代の滋賀県彦根市にあった山城である。

 三成に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城と言わしめたことは余りにも有名だ。

 名城である佐和山城だが、関ヶ原の戦いで石田家が滅んだ後、井伊直政が代わってこの地を支配することになった際に、領民の三成への思慕を断ち切るために廃城されることとなったため、姫路城などと異なり現代には残っていない。

 そんな幻の名城・佐和山城が今、この異世界に現実のものとしてアナリーゼの前にどんと現れた。


「わぁお。まさか中世ヨーロッパ風異世界で、ジャパニーズお城を目にすることになるとは思わなかったわ」


「魔法があるとはいえ、日本の城をここまで再現するとは、この世界の職人も中々に仕事ができるようだ」


「三成さんの着物に鎧に日本刀に、今度はお城まで。アガレス家の職人凄すぎじゃない?」


 なお日本の城なのは見た目だけで、中身は普通らしい。


「しかし三成殿。この石田領はアガレス公爵領の中でも辺境で、余り良い土地とは言えませんよ? ここで本当に良かったのですか?」


 ハレーの言うように三成が領地として希望した石田男爵領は僻地だ。

 飛びぬけて駄目というわけではないにしても、公爵家の奉行である三成なら(内乱未遂で多くの土地が余っていたこともあって)他に良い土地を希望することはできた。

 だが三成は敢えてここを選んだのだ。


「俺は奉行としてアガレス領の全権を握っている。その俺が良い土地に荘厳な城を建てれば、良からぬ噂が流れるだろう。

 辺鄙な場所にこの国基準では奇抜な城。俺はこのくらいで丁度いい。多少無理を言って和室のようなものを作らせたので俺は満足だ」


「けどこうして石田男爵家も本格スタートしたわけですから、三成様もご自分の家臣を雇わないとですね」


 三成に感心しつつもアスールが指摘した。


「今更だけどノアっちはアガレス公爵家所属で良かったの?」


 探偵のノアはアスモデウス王国からの帰国後、私立探偵から正式にアガレス家の家臣となっていた。


「俺も石田男爵家に仕える気だったんですが、三成殿に咎められましたね。シンリョークンの轍を踏む気はないとかなんとか。シンリョークンって誰なんでしょう?」


「中国……三成さんの来た国のお隣の国の偉人よ。王様の腹違いの弟で、三千人も食客がいて外国にも声望があって、戦争にも滅茶苦茶強かったの。

 それで個人で国以上の情報網を持ってたんだけど、そのせいで王様のお兄さんに恐れられて国政から外されちゃうのよ」


「理解しましたよ。確かに個人が国を超える情報網を持つのは危険極まりないことです。しかしアナリーゼ様はよくそんなことをご存じでしたね?」


「み、三成さんに聞いたのよ!」


 前世で同郷だったと言えるはずがないのでアナリーゼは誤魔化した。


「で、結局どうするんですか三成様? 三成様は普段、アナリーゼ様とご一緒に政務を取り仕切っておいでなんですから、城代を務められる家臣は絶対に必要ですよ」


「こんな時、兄上がいれば」


「お兄さんがいたんですか! てっきり天涯孤独の身の上かと」


「ああ。誇り高く実直で、素晴らしい兄上だった。だが最期は小早川秀秋に攻められ……」


 そこで三成が固まる。


「………………………」


「三成様?」


 アスールが怪訝になって顔を覗き込む。その時だった。


「おのれ小早川秀秋! 約束を破り、合戦中に裏切りを働いた武士の風上にも置けぬ卑劣漢め!」


 三成が爆発した。思い出し笑いならぬ思い出し怒りであった。


「どうどう! 落ち着いて三成さん! 小早川秀秋なら関ケ原の後、すぐ死んだから!」


「死んだ? なんで?」


「なんでと言われても、それがよく分かってないのよね。病死したとか、小姓を切り殺そうとして返り討ちにあったとか、農民に股間を潰されて死んだとか。あ、三成さんとか大谷吉継呪殺説もあったわよ」


「何故大名の死因がそんなにあやふやなのだ? 小早川秀秋の家臣は主君の死すら記録に残さなかったのか?」


「さあ」


 そんなことを現代JKに聞かれても困るのだ。

 一応アルコール依存症による内臓疾患が最有力説らしいが、はっきりしたことはアナリーゼも知らない。


「コバヤカワだかコバンザメだかの話は置いておいて、今は三成殿の家臣でしょう」


「そうだなノア。では俺に仕えてくれそうな人間に心当たりがあるものは、挙手して欲しい」


「でしたら私に推薦させてくれませんか? 三成殿は私の元クライアントで、アスモデウス王国まで態々助けに来てくれた恩人でもある。最後にサービスさせて下さい」


「どういう人物だ?


「戦に強く、政治にも明るい女です。カーナ・ドーリッシュ。元々はさる貴族家の次女でしたが、親の決めた縁談を勝手に破棄して勘当されてからは、傭兵隊長として名を馳せています。

 一か所に留まることを嫌う女ですが、三成殿であれば口説き落とせるやもしれません」


「なんで三成さんなら口説き落とせるの?」


「簡単ですよ。私を口説き落とした御方だからです」


 アナリーゼの問いにノアはにやりと笑って言った。

 なるほど、と納得する。確かにそれはその通りだとアナリーゼは思った。




 その後、カーナ・ドーリッシュは無事に三成の家臣として迎え入れられた。

 なお三成がカーナ・ドーリッシュを迎え入れるにあたって、男爵領の殆ど全てと佐和山城は彼女のものとなり、三成は佐和山城の居候となった。

 そのことを聞いたアガレス家の家臣団は流石に仰天したが、アナリーゼだけがくすくすと笑ったと後世の史書には残っている。



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― 新着の感想 ―
何で記録が全然ないんでしょうね、秀秋。記録を残すのもアレな死を遂げたんでしょうか… 城をあげちゃうとか三成はカーナを左近と近しいものと見たのかな。
アナリーゼの転生と三成の召喚からいつの間にか1年以上経過していた!? 部下の貴族には自分の領地を分けて与えるのがソロモン大陸の仕組みなんですね。大盤振る舞いに領地を分け与えて親分の領地が一番狭くなる…
小早川秀秋に関しては三成も悪い 総大将として手柄を立てなければ秀次のように処断されかねないので頑張ったのに「総大将の器にあらず」と言われて左遷減封されたら恨むよ
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