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第36話  食事会と創世神話

 ジゼル・アスモデウスが夕食の席として用意したのは、街で一番の宿泊施設だった。当然のように貸切りである。

 そして夕食の席に並んだのはアナリーゼにとっては見慣れた、だがこの世界に来てからは一度も目にしたことのないものだった。


「さぁさ! どうぞ、召し上がりください!」


(う、嘘! 和食!? ジャパニーズ味噌汁!?)


 ご飯に味噌汁に焼き魚に冷奴に、テーブルに所狭しと並ぶ和食の数々。

 マルグリットの領地で米が収穫されていたように、この世界にもパン以外に米はあるし米を使った料理はあるが、このような和食となるとアナリーゼは初めて見るものだった。


「珍しい……料理ですな。この……我が国では見ない」


 動揺しながら三成が言うと、くたびれたような青年――――彼がクロムウェルの友人のフェアファクスなる将軍らしい――――が答えた。


「『東方の帝国』より我が国に伝わった料理です。アガレス嬢や石田殿のお口に合えば良いのですが」


 フェアファクスはソロモン大陸では馴染みのない料理に不興を買うことを警戒していたが、それは杞憂だった。アナリーゼ(と三成)は久々に食べる和食に興奮しきりだったのである。


(おっみそ汁! おっみそ汁! 久しぶりのおっみそ汁♪)


「……美味い」


 転生前のアナリーゼは特別和食が大好きなわけではなく寧ろハンバーガーとかの方が好きであったが、やはり久々に食べる故郷の味というのは格別であった。みっともなく顔が綻ぶ。

 三成は流石にアナリーゼほど醜態を晒さなかったが、それでも口元が綻ぶのを抑えることはできなかった。


「東方といえば……石田殿は創世神ソロモンの創世神話はご存じですか?」


「ああ」


 三成は首を縦に振る。この世界で生きていく上に絶対に押さえておかなければ不味い一般常識の一つに、創世神話はあった。




 この世が誕生する前、まず神がいた。創世の神ソロモンである。


 神は自分一人では寂しいと、新たにもう三人の自分を生み出した。


 だが神は全て同じ存在であったために、寂しさを埋めることは叶わなかった。


 そこで四番目の神が思いついて言った。


「そうだ。私をバラバラにして、このなにもない世界に撒こう。そうすれば大地に還った私の欠片が、やがて生命を生み出し、いつか私に近い知性ある存在が誕生するはずだ」


 他の三人の神は頷いて、四人目の神をバラバラにして世界へ撒いた。


 するとやがて植物が生まれ、動物が生まれ、そして人間が生まれた。


 三人の神はやっと知恵持つ生命体が生まれ、孤独から解放されると喜んだ。


 そして三人の神は人間として大地に降りた。


 だが全員が同じ名前だと紛らわしいので名前の後ろに姓を名乗ることにした。


 即ち――――


 バエル王国初代国王ソロモン・バエル。


 アスモデウス王国初代国王ソロモン・アスモデウス。


 ベリアル王国初代国王ソロモン・ベリアル。


 ソロモン大陸三王家の歴史はこれより始まったのだ。




 これが三成の調べたこの世界の創世神話であった。

 ソロモン大陸に生まれた人間なら、子供でも知っている一般常識である。


「それでその創世神話がどうされたんですか?」


 ご飯の上に沢庵を乗せて頬張りながらアナリーゼが言った。


「我が国では創世神ソロモンの創世神話に面白い説が最近囁かれていまして。ずばりバエル、アスモデウス、ベリアルの初代国王は東方人だった!

 神なんて実在しないし、神が実在しないなら三国の初代王が同じ名前のはずがない。ならソロモンというのは名前ではなく姓であった! ……というのがその根拠だそうで」


「なるほど。確か東方では姓の次に名がくるのでしたな。面白い説ですが、危険ではないですか?」


 ノアの言う通りである。この世界では国王が神の末裔ということになっているので、宗教組織が王国以上の権威と権力を持つなんていうことは起きてはいない。かといって聖職者の力が皆無というわけではないのだ。

 こんな信仰を愚弄するような説、真面目に神を信じる聖職者には不快だろう。


「だから囁かれているのです! 表立ってはおりません! が、神が分身して四人目をバラバラにして大陸にバラまいた……というよりは現実的な話ではありませんか?」


「どこの国でも創世の話はあやふやなものです。敢えてほじくり返す必要もないでしょう」


「ええ……仰る通りです。まことに」


 冷や汗を流しながらフェアファクス将軍が三成に同意した。

 アナリーゼは彼からバジルやテレーゼと同じ臭いを感じた。


「そうそう石田殿も東方出身だとか! アガレス殿は本当に素晴らしい家臣を得られましたなぁ! アガレス領の改革ぶりはこのジゼルの耳にもよ~く届いております! 名奉行石田三成、コップ一杯無駄にせず、余計に絞らぬと!」


「でしょう! 私に過ぎたるもの佐和山の城と石田三成、よ!」


「本当に羨ましい。こんな良い家臣がどこから湧いてきたのか」


「へ?」


 表情を『笑顔』で凍り付かせながらジゼルが真っ直ぐアナリーゼを見る。

 爬虫類のようだと、アナリーゼは思った。


「石田殿の政治における手腕から故国でもさぞ素晴らしい辣腕を発揮していたことは明らかであるはずなのに、東方よりそんな大人物が大陸にきたという気配は一切なし。まるで、なにもないところからいきなりパっと現れたようです」


「え、えーと……」


 なんと答えたものかとしどろもどろになるアナリーゼに、三成が助け舟を出した。


「東方にある帝国より更に遠い場所にも国はありまする。三成はその国で徳川家康という逆賊に敗れ、無念のうちに海へ流され、この国に流れ着いた次第」


 沈黙。ジゼル・アスモデウスは固まる。

 直ぐに元のにへらっとした表情に戻るとジゼルは口を開く。


「それはお辛いことを聞いてしまいました! いやぁ石田殿ほどの人物を追い出すなど、徳川家康なる人物は見る目がない!」


「いえ見る目がなかったのは家康の下に集まった諸侯です。家康に人を見る目がなければ、三成は負けなかったでしょう」


 三成はこれまで家康の人格と行動をボロクソに貶すことはあったが、一度としてその能力を貶めたことはなかった。

 アナリーゼはふと家康が三成のことを高く評価していたという逸話を思い出す。関ヶ原で争った二人だが、もしかしたらお互いに認め合う部分もあったのかもしれない。


「ところで石田殿……三成殿と呼んでも宜しいですか? できればジゼルのこともジゼルと。実はお聞きしたいことがあるのです」


「……構いませぬ、ジゼル殿下」


「このソロモン大陸ではここ数百年。静謐な時が二十年以上続いたことはなく、必ずどこかしらが戦争を起こしています。争いのない世を作るためには、なにをどうすれば良いのか分かりますか?」


「天下の静謐を保つ方法は幾つかあります。天下を統一するか、覇者により天下を調停するか、もしくは全ての国が強固な同盟を結ぶか。

 だが、しかしベリアル王国はともかく、封建貴族という国家の中の国家がある現状、バエル王国とアスモデウス王国にはそれも難しいでしょう」


 ベリアル王国が統一の政権によって国内が統治された現代日本に似た政治体制なら、バエル王国やアスモデウス王国は江戸時代の日本のようなものだ。

 トップには徳川の征夷大将軍がいるが、将軍が日本の全てを支配しているわけではない。仙台藩の支配者は大名の伊達家であるし、米沢藩の支配者も同じく大名の上杉家だった。薩摩藩のように勝手に外国と戦争したり、勝手に外国と盟を結んだりすることもあった。そしてこれが最も重要なことだが、各大名家に仕える武士たちはその大名家の家臣であって、江戸幕府の家臣ではない。


「ならば……――――――いや」


「天下統一か、封建制の破壊かぁ。どちらを思い浮かべました? それとも両方? それとも……最初から頭にありましたぁ?」


「………………!」


 ジゼル・アスモデウスが男を誘う色香を漂わせながら蠱惑的に言った。

 フェアファクスが慌てて立ち上がる。


「ジ、ジゼル殿下! アガレス嬢の前ですぞ!」


「争いのない世を作る方法かぁ。ジゼル殿下って大河ドラマの主人公みたい! かっこいいわ! ベリークールよ!」


 だが『戦なき世を作る』という目標を語ってみせたジゼルに、肝心のアナリーゼは感動していた。

 これにはフェアファクスも拍子抜けする。


「あれ?」


「…………」


 沈黙。ジゼル・アスモデウスは固まる。

 直ぐに元のにへらっとした表情に戻るとジゼルは口を開く。


「聡明で知られるアガレス殿は、天下の静謐をどう思われますか?」


 表情を『笑顔』で凍り付かせたジゼルが、アナリーゼへ話題を振った。

 しかし瞳はアナリーゼを見定めるように鋭かった。


「そ、聡明なんて……いやぁ。でも天下の静謐なんて……」


 アナリーゼが考え込む仕草をする。

 三成も、アスールも、ノアも、フェアファクスも、そして武官故にこの席で一度も口を開いていないオルランドもアナリーゼに注目した。

 内乱前夜のバエル王国。果たして最大領地を持つ公爵家の次期当主で、王位継承権第五位の人物はこの問いかけにどういう解答をするのか。


「えーとうーんと私まだ公爵家を継いでないで勉強中なので、よく分かりません! ごめんなさい!」


「………………そうですか」


 一見するとアナリーゼがジゼルの問いに答えられなかったようなやり取り。

 だが居並ぶ者たちはそうは思わなかった。ジゼル・アスモデウスの測りを、アナリーゼが無知を装って回避したように映った。

 なお三成だけは本当に無知で答えられなかったのだと見抜いていた。


「あはははははは! つまらない政治の話はここまでにしましょう! それよりこの料理はですねぇ!」


 その後、宴会は何事もなく終わった。


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― 新着の感想 ―
いや怖いなこの会談!アナリーゼがバンピーだからセーフな気がする!
ジゼル側の発言も中々危なっかしい物が多いな 相手によっては変な言質取られかねないというか
三成とアナリーゼ以外のメンツは、どれだけ箸が使えたのだろう。
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