第31話 真実と裏切り
ベリアル王国で過ごす最後の夜、アナリーゼたちはディアーヌの夕食会に招かれていた。
所狭しと並ぶベリアル王国料理の数々。王太女主催の夕食会だけあって並んでいる料理はどれも高級そうであった。
「お嬢様と三成様はともかく、ただのメイドの私まで同席してしまって宜しかったんでしょうか?」
アナリーゼや三成と一緒に席に座っているアスールが居心地が悪そうに言った。
「ただのメイドなんて自分を下げるものじゃないですよ。アナリーゼが異国であるここベリアルまで同行させたということは、貴女はアナにとって大事で信頼に値する家臣である証拠なんですから。ですよね、アナ?」
「今グッドなこと言った!! そうよアスールは私の大事なメイド兼護衛! ものすごーい信頼をもってるの!」
メイド兼護衛のアスールは年齢が近いこともあって、アナリーゼは一方的に友達のように思っていた。
残念ながら主君とメイドという立場の壁があるから本当の友達になることは中々難しいが、抱いている親愛の情は嘘ではない。
そう言うとアスールはなにやら感動して「お嬢様……」と目頭を熱くさせていた。
「さ、それじゃあ乾杯をしましょうか。なにに乾杯します? やっぱり無難に両国の王に? それとも私たちの出会いに?」
「なら”平和”になんかどうでしょうか?」
出来ればこの平和が長続きして、動乱なんて起こらないようにという願いをこめて言った。
ディアーヌも特に反対はないようで頷く。
「では両国の平和に――――乾杯!」
『乾杯』
ディアーヌが音頭をとるとアナリーゼ含め夕食会にいた全員がグラスを掲げた。
そうして始まった夕食会。高級で美味しそうな料理は、口に入れた途端に高級でとんでもなく美味しい料理に評価を変えた。
だがアナリーゼとディアーヌが談笑しながら食事を楽しむ中、三成だけは何かを考え込んでいて料理に手をつけようともしない。気になったアナリーゼが三成に声をかけようとすると、
「――――そこのディアーヌ王太女殿下に仕えるクラリッサ・モンテール殿、と言ったな? 確かベリアル王国軍で将軍をしているだとか」
「ええ、そうですが私になにか?」
三成が視線を向けていたのは、女性でありながら2mもの高身長を誇る女傑だった。
こういう席なので帯剣しておらず纏うのも甲冑ではないが、女性物のドレスではなく動きやすいズボンを着用しているのは、有事があっても直ぐ対応できるよう備えた軍人らしかった。
「反魔法派というのがベリアル王国にいると聞いた。それはどれくらいの規模なのだ?」
「……へぇ。何故それを私に聞くんで?」
「道を尋ねるならその土地の者に尋ねるのが一番だ。貴殿が一番事情を知っているだろう? だから貴殿に声をかけた」
「――――――ふっ、そういうことかい。流石だね」
「?」
クラリッサはなにか察したような顔をしていたが、三成はクエスチョンマークを浮かべていた。
だがクラリッサは額に手をあててくつくつと笑っていたせいでそれに気付いていない。
「はははははははははははは! 反魔法派ぁ? 分かってる癖に白々しい! そんなのどこにもいないよ!」
『え!?』
アナリーゼもディアーヌも、その場にいた全員が驚愕した。
自分の家臣である女将軍の突然の告白に、ディアーヌが困惑しながら口を開く。
「けど私は今日確かに反魔法派のテロリストに襲われましたよ?」
「それはフェイクですよ。……石田三成。切れ者という評判はデマじゃないようだね。夕食にも手を付けず、真っ先にこの私にそんな質問をぶつけてくるなんて、もうアンタには事の真相が全て見えているんだろう?」
「……………」
三成は何言ってんだこいつ? と思ったが都合のいい勘違いをしてくれているようなので、黙っておくことにした。
三成に全てを見抜かれていると勘違いしたままのクラリッサは、開き直ったように続けた。
「殿下の質問に答えたいところだけど、ここはちょいと人目があり過ぎる。どうか殿下、人払いをお願いしても構いませんか?」
「いいでしょう。使用人たちは全員退室しなさい」
「そ、それじゃあ私たちも……」
「待ってくださいアナ。これは貴方の家臣である三成殿が切っ掛けのこと。どうか同席して下さい」
ベリアル王国内の大事な話が行われるようなのでと立ち上がったアナリーゼを、ディアーヌが制した。
余り余所の国の話に首を突っ込んでいらない恨みを買いたくはなかったのだが、こうなった以上は仕方がなかった。
「分かりました」
そうして秘密の話し合いが始まる。口火を切ったのは女将軍のクラリッサ・モンテールだった。
「そもそも今日の反魔法派の襲撃、なにか違和感はなかったかい?」
「うーん……私が気になることといえば、誰も魔法を使わなかったこととか?」
アナリーゼは襲撃事件のことを思い返して、取り敢えず引っ掛かったことを言語化した。
「反魔法派なんだから、魔法を使わないのは当たり前じゃないんですか?」
「いや反魔法派は魔法至上主義とそれによる等級制度に反対しているだけで、別に魔法を全否定しているわけではない。使えるなら使うだろう」
アスールの疑問に三成が駄目だしをした。するとエレノアが納得したように頷く。
「言われてみればその通りだな。反魔法派という名前だから、勝手に魔法は使わないものだと思い込んでいた」
「で、でも素養の低い魔法を使うより、普通に剣や槍で戦うほうが強いですし、反魔法派に参加した人たちは、全員魔法の素養が低いから使わなかっただけなんじゃないですか?」
この世界では魔法は一般化していて生活にも溶け込んでいるが、それを戦闘において武器として使用できるのは才能ある者だけだ。
だからこの世界でも日本の中世と同じく兵士たちのメインウェポンは槍でサブウェポンは剣、遠距離武装は弓矢である。
なのでアスールの意見には一理あるように思える。だが、
「うーん。でも私のイメージだとそういう反対活動とかって社会的地位と余裕がある人も盛り上がるイメージがあるのよね」
「へぇ」
ディアーヌが感心したように微笑む。
アナリーゼの前世でも国や政府に対する不満を持つ者が、デモや反対運動を起こすことは多くあった。クーデターこそ日本では起きなかったが、外国では実際に政権が転覆するようなこともあった。そしてそういう運動の中心には必ず学識のある知識人や、社会的地位のある富裕層が混じっていたのだ。
もしこのベリアル王国で反魔法主義革命のようなものが起きるとするなら、それに参加するのは魔法の才能に乏しい者達ばかりではない。
階級も高く裕福な高位魔法使いの中で不遇を強いられている者たち、謂わばエリートの中の落ちこぼれ達こそが、最も熱心に平等や差別の是正という耳心地の良い理想に酔いしれて、革命に邁進することだろう。
「……アナリーゼの言うように反魔法派が偽物ならば納得できることがある。仮にあれを本当に反魔法派だとしよう。ならなぜ反魔法派は、ディアーヌ殿下を拉致しようとした?」
「ディアーヌ殿下を反魔法派のシンボルにするためだろう」
「それが解せん。ディアーヌ殿下が魔法が使えないことで不当な扱いを受けているならともかく、王太女として指名されているのだ」
「あ~。何もしないでも自分たちの希望の星が王様になってくれるんだから、動く理由がないですよね。誘拐なんてことしたら、逆に廃嫡になりかねませんし」
アスールが納得したようにポンと手を叩く。
王太子ならともかくディアーヌは王太女だ。テロリストに拉致された王太女というのは、例え何もなかったとしても大衆に下種な勘繰りを抱かれてしまう。
ディアーヌの即位に反対するベリアル王国の重臣たちに、廃嫡のための格好の攻撃材料を与えるようなものだ。
「つまりどういうことなの三成さん?」
「反魔法派という第一印象通りに魔法を使わない集団に、意味が通っているようで意味不明なディアーヌ殿下拉致計画」
「つまりこれは誘拐計画じゃなくて『殺人計画』なんでしょう、クラリッサ」
三成の言葉を引き継いで、ディアーヌが言う。クラリッサは不敵に笑った。
「仰せの通りで。反魔法派を名乗る集団に殿下を拉致させた上で、適当な理由で『殺害』し、その責任を魔法至上主義に反対する連中におっかぶせるのが今回のシナリオだったんですよ」
ディアーヌ・ベリアルが魔法至上主義に反対する反体制派によって殺害されれば、ベリアル王国内での反体制派は王妃殺害の同類と見做され、大弾圧は正当化されることになるだろう。反体制派も自分たちのシンボルを自分たちで殺めてしまったなら、振り上げた拳を降ろす他ない。
犯人特定の基本はその犯行をして最も利益をあげる者を探すことだという。その基本に則るならば、今回の事件で最も利益を享受するのは一人しかいない。
「ベリアル王国第一王子レイヴェン・ベリアル殿下――――恐らく犯人は彼だろう」
三成の言葉に場は静まり返る。
弟による姉の殺人未遂。歴史上では数多く繰り返されてきたことであるが、実際にその場に出くわした時の居た堪れなさは、平和な日本で生きてきたアナリーゼには想像だにしないものだった。
最初に激高して立ち上がったのはディアーヌの近衛であるエレノアだった。
「卑劣な! 例え殿下の弟君であろうと許せん! 一っ走りいってぶっ殺してくる!!」
「まーまー、落ち着いてくださいエレノア」
「し、しかし殿下!」
「一番怒ってる人間が我慢してるんですから……ね?」
「ぎょ、御意!」
ディアーヌに凄まれたエレノアは冷や汗を流して席に戻った。
そうしてディアーヌは今度は赤裸々な告白をしたクラリッサへ顔を向けた。
「ところでクラリッサはなんでいきなりベラベラ喋り始めたんです?」
「どうもこうもこの石田三成には全て見通されてましたからね。他人にばらされて裏切り者として処断されるくらいなら、派手に自白して、ディアーヌ殿下側に寝返り我が身の安寧を得るのがいいかと判断しました」
「さっすが三成さん! この陰謀を最初から最後までまるっとお見通しだったのね! よ! 名探偵! 異世界のシャーロック・ホームズ! エクセレント!」
「…………」
アナリーゼの称賛に三成は沈黙するばかりだった。
「クラリッサ。私が裏切り者だった貴女を受け入れるメリットはありますか?」
「レイヴェン殿下は私が裏切るとは思っておりません。聡明なディアーヌ殿下には、ただそれだけでも私に十分な利益を見出すことが可能でしょう?」
「レイヴェンの陰謀に真っ先に気づいた三成男爵。貴方はどう思われますか?」
「俺は貴方の家臣ではない。故に俺の意見はなんの責任も伴わぬ手前勝手な言い分だ。それでも良いと貴女が仰るなら、発言しよう」
「構いません、どうぞ」
「斬るべきだ。己の利益のために、主君を裏切るなど武士の風上にも置けぬ。世には利害を超えて通すべき義がある」
「ヴェロニカが貴方を欲しがって、アナを羨ましがった理由が分かりました」
「ふふん♪」
「嬉しそうですねお嬢様」
場が三成の忠誠を称えるような雰囲気に包まれる。だがそれだと困るのがクラリッサだ。
「冗談じゃない! 無私の忠誠なんてものは物語の中だけの幻想さ! 私から言わせりゃ家臣に忠誠を誓わせられるほどの利益を提示できない君主のほうが悪いんだよ!
ディアーヌ殿下! 私は貴女のために三つのものを用意できる! レイヴェン・ベリアルを王位継承レースから脱落させるための証拠、その腹心たちの弱味、私自身の将としての経験と知識だ!
裏切りを水に流して、将来の栄達を約束する代価としては釣り合いがとれている……と、思うんだがねぇ」
この期に及んでやることが情に訴えかける命乞いでも、裏切ったことの謝罪でもなく、開き直っての利益の提示というあたり、クラリッサも一角の人物ではあるのだろう。
三成の言うように裏切りは許さぬと処断するか、それとも利益を重視して裏切りを許すか。こうなれば後は君主の裁量次第だ。
「――――いいでしょう! レイヴェンの失脚に協力してくれるなら、貴女が私を殺そうとしたことは許しますし、大いに取り立ててあげましょう」
「はっ。これよりはディアーヌ殿下に忠誠を尽くさせていただきます」
ディアーヌが選んだのは後者だった。
「殿下! 私は三成殿の意見に賛成です! このような家臣にあるまじき者は、首を刎ねて正義を示すべきでしょう!」
「おやおや近衛騎士ともあろう者が、主君の決定に逆らうのかい? 主君の命令は絶対なんだろう?」
「くっ!」
エレノアは苦虫を噛みつぶしたような顔をする。だがクラリッサの言う通り近衛騎士にとって主君の命令は絶対。反論はできなかった。
「ではそちらもこれから忙しいだろうし、俺たちは失礼する」
「ええ、とっても有意義な夕食会でしたよ」
殆ど手の付けられていない夕食は冷え切っていた。
(勿体ないわ! 完食完食ゥ!)
そんな夕食をアナリーゼだけが、凄まじい勢いで胃袋へ流し込んでいった。
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