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第30話  無能王女と天才王子

 ベリアル王国国王との謁見が終わったアナリーゼに、王太女のディアーヌが柔和な笑みで話しかけてきた。


「アナリーゼ様、少しお時間宜しいですか?」


「様なんて恐れ多いことです。アナリーゼで結構ですわ、王女殿下」


「なら私のこともディアーヌって気安く呼んでください! 来年からは同じ王立学園の学友になるんですし!」


 ベリアル王国唯一の王立学園はフォーマルハウト魔法学園しか存在しない。

 なのでベリアル王国の王族で魔法適性が低い者は、もっぱら他国の王立学園に留学するのが慣例となっていた。

 アナリーゼはディアーヌの提案に頷くと、


「分かったわディアーヌ!」


 満面の笑顔で返事をした。


「……アナリーゼ。本当にいきなり呼び捨てにする奴があるか」


「いいんですいいんです。同い年の学友同士で敬語なんて堅苦しいじゃないですか! うちの国の魔法学園と違って、シリウス王立学園には等級制度はないんですから」


「確かに等級制度はないけど、シリウス王立学園には貴族特権がそこそこあったはずだけど」


「ええ、そうですね。でも平民や下級貴族だからって露骨に差別されたり、待遇に格差があるわけではないでしょう?」


「そ、そうですね」


 乾いた笑顔で返答する。残念ながらアナリーゼは勉強に忙しくて、シリウス王立学園の校内の雰囲気までは分かってはいなかった。


「あ、それとそちらの方はアガレス領の名奉行と評判の石田三成男爵ですよね!」


「はっ。アナリーゼが家臣、三成でござる」


「……私、ウァレフォル公爵家のヴェロニカとは国を越えた友人で、よく連絡をとりあう仲なんです」


「そうですか。それで、それがなにか?」


「ヴェロニカが貴方に結婚を申し込んだというのは本当ですか?」


「まことです。断りましたが」


「ええ、ヴェロニカも貴方ににべもなく拒絶されたと手紙に書いていました。悔しさを滲ませつつ、どこか楽しげな文面で」


 ディアーヌは三成に対して隠しきれない嫉妬の念を向けていた。

 だがそんなことにまったく気付きもしないアナリーゼは「ヴェロニカとディアーヌって凄い仲が良いんだなぁ」と呑気に考えていた。


「ディアーヌってヴェロニカと仲いいのねぇ。所謂マブダチってやつなのかしら? ベストフレンド!」


「ご存じの通りベリアル王国とウァレフォル公爵領は隣接していてます。生まれた国こそ違えど、年齢も誕生日も一緒の私たちは幼馴染として濃密な時間を過ごしました。

 だからよーく知ってるんです。あの子の溢れんばかりの才能も上昇志向の強さも。そして空虚さも。私が一番、知ってるんですよ」


 メイドのアスールですら気付く嫉妬の念を露わにしたが、相変わらずアナリーゼはなにも察していなかった。


「いいわねぇ、幼馴染。私も友達はいたけど、幼馴染はいなかったから羨ましいわ。三成さんは?」


 というようにアナリーゼは何気なく三成に話題を振って、


「幼馴染などそう良いものではないぞ。俺は幼馴染に屋敷を襲撃され、殺されかけたからな」


 思いっきり地雷を踏み抜いた。


(そ、そうだった。忘れてたわ……)


 七将襲撃事件。秀吉死後、五奉行の一人として政務に携わっていた三成に不満を持っていた、三成の幼馴染でもある加藤清正や福島正則らが、三成の屋敷を襲撃した事件である。

 幸い三成は難を逃れ命こそ助かったが、奉行としては失脚することになるのだ。

 そして三成と加藤清正・福島正則らが和解することは遂に死ぬまでなかった。


「そ、それは……お労しいことで」


 これにはディアーヌも先ほどまで漂わせていた嫉妬の炎を鎮火させて、同情を露わにした。


「………………………………親友、だったのだがな」


「げ、元気出してくださいよ! きっと良いことありますから! ほら! 人間は無限大! 新しく芽生えるかもしれない友情も無限大ですよ!」


「ディアちゃんいいこと言った! そうよ三成さん! 過去に色々あったけど、私は三成さん大好きよ!! 他の人も……他の人は……」


 ヘンリー、アスール、ハレー、ラウラと。思い浮かぶ名前は全員三成のことを苦手にしていた。


「私は好きよ!!」


 アナリーゼは誤魔化した。


「…………そうか」


 アナリーゼとディアーヌが揃って三成を慰める光景に、ディアーヌの近衛であるエレノアは、


(なんと。殿下の評価がジェラシーを感じる相手から一瞬にしてお労しい人に変化した! 凄い……これが石田三成か!)


 などということを考えていたが、当然アナリーゼがそれを知ることはなかった。

 三成だけは何故だか失礼な評価を受けた予感を感じ、苦虫を噛みつぶしたような顔を浮かべたが。


「え、えーと……そうだ! 来年から同じ学園に通うことになるわけですし、親睦会を兼ねて夕食を一緒にどうですか?」


「夕食! ええ、喜んでご馳走になるわ! ね、三成さん!」


「食事か……ああ、喜んで……」


 その時だった。


「ほう、夕食ですか」


 宮殿の廊下から現れた男が声をかけてきた。

 アナリーゼは声の主を見て、言葉を失う。長い茶色い髪を後ろで結っていて、背はすらりと長い。立ち振る舞いと所作からは気品が滲んでいる。年齢はアナリーゼより若いが、年に似合わぬ落ち着きを感じる目をしていた。

 絶世。そうとしか形容できない美男子がそこにいた。


「あ、あのー。こちらの方は?」


「……ディアーヌ姫殿下の弟君であるレイヴェン殿下です」


「ということはこの国の王子様!?」


 完全にノーマークだった重要人物の登場にアナリーゼは仰天した。


「あ、レイヴェン! 貴方も久しぶりに一緒にどう? みんなで食べるほうが、きっと食事も美味しいよ」


「お断りします。私は一人静かに食べる食事が好きなので」


「分かるわ! みんなでわいわい食べるご飯もいいけど、一人でぐーたら漫画見たりスマホを見たりしながら食べるご飯もいいわよね!」


 前世の経験からアナリーゼは同意した。

 皆で食べる食事が美味しいということを否定するつもりはない。だがそれは決して一人で静かに食べる食事を否定するものではないと思うのだった。


「どうやら貴女とは気が合いそうですね。改めて名乗らせていただく。私はレイヴェン・ベリアル。ベリアル王国が第一王子です。アガレス嬢は我が国にはどれほど滞在されるので?」


「あんまり領地を空けるわけにはいかないし、明日には帰国する予定よ」


「そうですか明日……。いや、それは残念です。私もアガレス嬢とよく話してみたかったので」


「ならレイヴェン様も一緒に夕食どうですか? 皆で食べる飯があるからこそ輝く一人飯もありますよ!」


「魅力的な提案ですが、執務がありますので。ではまた……」


 そう言ってレイヴェンはアナリーゼに会釈すると、姉の方へは一瞥もせず去っていった。

 レイヴェンの後ろ姿を見送りながら三成が口を開く。


「……………王女殿下、弟君とは仲が良くないのですか?」


「仲良くしたいと思ってるんですけどね。私は魔法が使えないのに王太女で、レイヴェンは魔法もそれ以外も優秀なのに、父上はあの子を王太子に選ばなかったから」


 ディアーヌは寂しげに言った。


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― 新着の感想 ―
おいたわしや、三成殿…
優劣じゃなくて王様の思想から魔力ナシの王女を選んで立太子させてるっぽいのがなぁ これは国内荒れるやつや
幼馴染との絶交はコミュニケーション不全によるものなんだろうなと思わされる本作の三成。嫉妬していても、出て来るエピソードが重すぎると冷水をかけられてしまいますよね。
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