第29話 謁見と旋風
反魔法派を名乗る集団をビームで倒したアナリーゼは、ディアーヌにお礼をしたいと言われて自宅に招かれ、その父親と会うことになった。
それだけならよくあるイベントである。だがディアーヌがベリアル王国の姫、自宅に招かれるということは即ち王宮に招かれるということで、父親と会うということは王と謁見するということになるのだ。自宅と父親のスケールがビッグ過ぎである。
招かれたベリアル王国の宮殿は、魔法学園よりも面積や大きさでは負けていた。だが宮殿の壮麗さは魔法学園以上であったし、なによりも宮殿を覆う城壁はテッペンが見えないほど高く警備も厚い。宮殿というよりも装飾華美な要塞であった。
ディアーヌと共に宮殿の玉座の間へと進んでいく。すると玉座には既に金髪の偉丈夫が待っていた。
整えられた顎鬚に贅肉のない引き締まった肉体、彫刻のように彫りの深い顔には冷然さと陽気さが同居している。
「ベリアル王国国王サイモン・ベリアルだ」
威厳のある声。それだけでこの人物がバエル王国国王のような盆暗ではない、本物の王なのだと分からされた。
緊張しながらもアナリーゼは精一杯公爵令嬢として恥ずかしくないよう挨拶を返す。
「アガレス公爵家次期当主、アナリーゼ・アガレスでございます。こちらはアガレス家の一門で奉行を務める三成さ……石田三成男爵です」
「アガレス家家臣、石田三成でござる」
短い口調で完璧な礼儀作法を見せる三成。流石に三成はアナリーゼなどと違い堂に入っている。
「今日は客として招いたのだ、楽にしてくれ。話は聞いた、今回は我が娘ディアーヌが世話になったそうだな」
「いえ。私一人のビームぶっぱで殲滅できるくらいでしたし、たぶん王女殿下についてる腕利きの護衛なら簡単に追い払えたかと」
「いやいや、そういうことではない。助けたことは勿論だが、私は私の娘を助けようとしてくれた心意気に感謝しているのだ。本当にありがとう」
「こ、心意気……ありますか、私?」
「ある。天晴だ!」
朗らかにベリアル国王は言った。
アナリーゼも一国の王に褒められて悪い気はしない。三成に褒められた時はもっと嬉しいが、それとはタイプの違う嬉しさだ。
有り得ないことだが前世で総理大臣あたりに褒められたら、同じような気分になっていたかもしれない。
「(やったわよ三成さん! ベリアル王国の国王の心象がいい感じだし、もし私が破滅して公爵令嬢の地位を追われても、亡命を受け入れてくれるかもしれないわ!)」
「(ベリアル王国は亡命先として落第ではなかったのか?)」
「(ええ! でも命のほうが大事でしょ!)」
亡命先に拘って死ぬくらいなら、どんな亡命先だろうと命の安泰を優先する。それがアナリーゼの生きる道だった。
「なにか礼がしたい。なにか入り用なものはあるかね?」
「なにを仰います、サイモン国王陛下! バエル王国とベリアル王国は友邦同士! 困ったときはお互い様ではありませんか! ええ『困った時』は『お互い様』です!」
「そうかね」
困った時はお互い様を念押しするように言う。ベリアル国王の表情からはアナリーゼの意図を分かってくれたのかどうかは掴めない。
ただ少なくともこちらに好意的な様子なのは確かだった。一先ずそれで良しとするべきだろう。
そんな王との謁見の様子をじっと観察していたのは、他ならぬディアーヌ・ベリアルだった。
ディアーヌはゲームの本来の主人公であるヴェロニカの対等のライバルとして設定されていたのは伊達ではなく、魔法が使えないだけでそれ以外の能力は軒並み図抜けている。
故にバエル王国の現状を正しく理解していた。
そう、弱体化する中央政府と、反対に力をつける地方政府――――その果てに何が起こるのかまで正確に。
だがディアーヌはその潮流を止めようとは思っていない。ベリアル王国の王太女であるディアーヌにとって極論バエル王国が滅びようと対岸の火事に過ぎないし、そもそも止められるような立場でもないからだ。
もっぱらディアーヌが考えるのはバエル王国で火災が起きた時、それがベリアル王国へ燃え広がることを防ぎつつ、それによる二次災害を乗り切ることである。
ディアーヌがヴェロニカと仲良くしているのは友情は勿論だが、いざという時のための打算もあるのだ。
そんな中、急に頭角を現してきたアナリーゼ・アガレスという公爵令嬢。更にはその公爵令嬢に仕える謎の男、石田三成。
ディアーヌにとってバエル王国で最も気になる二人であった。
「(姫殿下。アナリーゼ嬢は良くない噂も多い方でしたが謙虚で素晴らしい方のようですね)」
礼をしたいというサイモン・ベリアルに対して丁重に断りを入れたアナリーゼに、近衛騎士であるエレノアが感嘆の声を漏らした。
だがディアーヌはエレノアほど素朴には受け取らなかった。
庶民同士ならいざ知らず王族や貴族にとって”無償”ほど厄介なものはない。
この”無償の恩義”に対してどれほど高値をつけるかで、王族貴族としての格が決まるからだ。無償の恩義を言葉通り無料としか思わない者は、恩を売ってもなにも返ってこないケチな輩と見做されてしまう。
どうやらアナリーゼ・アガレスは無償の価値を、正しく理解している人物のようだ。
「(ええ。素晴らしい方ね。きっとヴェロニカと彼女が、バエル王国に旋風を起こすことになるわ)」
「(旋風……?)」
エレノアはなにも分かっていない様子だ。だがそれでいい。エレノアの役割はあくまで護衛であり、国の未来について考えるのは王太女であるディアーヌ・ベリアルの仕事なのだから。
そして王太女として先ず果たすべき仕事は、
(アナリーゼ・アガレス…………彼女とは”お友達”になっておくべきね)
利害関係だけの友人で終わるか、ヴェロニカのように本当の友情も混じった親友になるかは分からないが。
ディアーヌ・ベリアルは鷹のような目でアナリーゼ・アガレスを照準した。