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第28話  魔法の理想郷と非魔法のディストピア

 馬車に揺られてどれほどの時が経っただろうか。アナリーゼ一行は漸くベリアル王国首都フォーマルハウトに到着した。

 王都の中心部には王宮以上の規模があると評判の王立フォーマルハウト魔法学園が聳え立っている。

 所謂魔法使い育成の専門学校である魔法学園はバエル王国やアスモデウス王国にもあるが、中でもフォーマルハウト魔法学園は魔法学校の最高学府であった。ベリアル王国のみならず、バエル王国やアスモデウス王国からも優秀な魔法使いの卵がこぞって入学してきて、年度によっては生徒の半数以上が留学生の時もあるという。

 そしてその学校の敷地内にある王立図書館は、魔導書の貯蔵量はダントツの一位だとか。これもアナリーゼの目的の一つだった。


「まさか魔法を学ぶものなら一度は入学に憧れるフォーマルハウト魔法学園に入れるなんて思いませんでした! お嬢様様様ですね!」


 メイド兼護衛としてついてきたアスールが興奮しながら言った。


「ふっ。一般開放されていないフォーマルハウト魔法学園の大図書館も公爵令嬢の立場があればフリーパスよ! 権力万歳!」


「ヘンリーさんは血の涙を流して悔しがってましたけど、私で良かったんですか、お付き?」


「従者としてはあらゆる全てでヘンリーが勝るが、武力という一点においてのみお前が勝るからな」


 三成が淡々と言った。


「でもアスールの強さが必要になる時なんてあるの? アスモデウス王国旅行なら覚悟がいるけど、ベリアル王国って友好国でしょう?」


「お前が信長公だったとして、家康の領地を護衛もなしで歩けるのか?」


「…………覚悟が必要ね」


 アナリーゼは別に三成のように徳川家康が悪の権化で、あらゆる全ての陰謀に糸を巡らせる黒幕だなんて思ってはいない。

 けれど家康は信長の絶対に裏切らないずっ友で裏表のない聖人君子なんて思うほどにおめでたくもなかった。


「これはこれはアナリーゼ様。よくぞお越しくださいましたな」


 そうこうしていると魔法使いらしいローブを羽織った老人が現れる。

 アナリーゼはバエル王国の王位継承権第五位の公爵令嬢。旅行に行きたいとアポイントメントをとったところ、案内の者を寄越すとベリアル王国側から返事があったのだ。


「皆さまを案内するよう命じられたフォーマルハウト魔法学園教授のバルザードじゃ。宜しくお願いいたす」


「教授というと、なにを研究されているんですか?」


「通常の魔法とは明らかに別格の、神の御業にも等しい奇跡をなす超魔法。その原理の探求をしておる」


「本当ですか!?」


 まさか三成を元の世界へ戻せるかもしれない超魔法の手掛かりと、こんなところで出会えるとは思ってもみなかった。

 アナリーゼは興奮気味に尋ねる。


「じゃあピンポイントで指定した時間と座標にタイムスリップできる超魔法とか知りませんか!」


「……アガレス家出身の君に言うのは釈迦に説法というものじゃが、超魔法とは三王家含め開闢以来の名門『七十二家』にのみ継承される秘伝。基本的に主である王にですら秘匿されるもの。そういう魔法もあるかもしれぬが、少なくともわしの知る限りは知らぬ」


「では超魔法でなくてもいいから、時空を超えて人を呪殺する魔法を知らないか?」


「み、三成さん……」


 三成のことだから徳川家康を呪殺しようというのだろう。いや三成のことだから念入りに後継者の徳川秀忠や徳川の譜代の家臣も纏めて殺そうとしているのかもしれない。

 もしもそんな魔法があったとしたら、日本史は滅茶苦茶になるのは確定だが、幸いにもバルザードは首を横に振った。


「そんな魔法は知らぬし、あっても教えぬよ。わしは人殺しの罪に耐えられるほど、精神が太くないのでの」


「だろうな」


 三成も別に期待していなかったのか、あっさりと引き下がった。

 それはそんな凄まじい魔法があるのなら、戦争が起きる前に互いの国で呪殺合戦に発展していることだろう。


「ではアナリーゼ殿は王立図書館の見学がご希望でしたな。案内するのでこちらに」


「はーい」


 バルザードに案内された王立図書館は、前に訪れたバエル王国の王立図書館に匹敵する規模であった。

 しかしバエル王国のそれが多種多様な本があったが、この国の王立図書館はその殆どが魔導書であった。浅く広くのバエル王国に対して、狭く深くのベリアル王国といったところだろうか。


「凄いですね、貴重な魔導書がこんなに沢山!」


「金塊にも勝るこの国の宝じゃよ」


 アスールの称賛にバルザードは我が事のように喜んだ。


「魔法はそこまで興味はない。この国の歴史や、新聞の纏めなどが見たい。案内しろ」


「……変わった若者じゃのう」


 アスールとは反対に三成はドライだった。訝しげにバルザードは三成を案内した。

 アナリーゼもバルザードの案内で超魔法関連の書籍が並ぶ本棚へ行き、超魔法について調べる。


(この本によればこの国には昔、北の国より血を吸う不死の魔人がやってきて、それに対抗するため降臨した神が王家と貴族家含めた名門七十二家に授けたのが超魔法と。

 血を吸う不死の魔人ってたぶん……吸血鬼よね? 創作作品じゃエルフ以上に引っ張りだこの人気種族だし)


 不死の怪物に対抗するための武器が、寿命を消費する超魔法というのは中々対比的だ。

 超魔法に関しての本を呼んでいたアナリーゼはその中でふと気になる文言を見つけた。


(超魔法に負けない強靭な肉体を持つ者だけが、発動を可能とする奥義――――”魔人化”?)


 なんでも超魔法を鎧のように纏って常時発動状態にするものらしい。

 身体能力が極限まで上昇し、超魔法を自在に攻撃へ転用できるようになり、嘗てバエル王国の王子だったジュリアス・バエルは不死の魔人1000体を一人で屠ったという。

 ただし魔人化は常に寿命を消費し続ける諸刃の剣。ジュリアス・バエルは1000体の不死の魔人を屠った後、限界を超えて寿命を消費して白骨化してしまったという。


「こ、これは私には一生ご縁がなさそうね」


 ぱたん、と本を閉じた。


「三成さーん。なにか分かった? 私のほうはさっぱりよ。異世界送喚の送の字もなかったわよ」


「大体は、分かった。まずこの国の状態だが、治安も軍備も農業もそれなりだが、商業は他国に劣っている」


「えーと、なんで?」


「魔法至上主義を掲げるこの国は、他二国よりずっと優秀な魔法使いが多い。それ故だろう」


「あ~。優秀な魔法使いは自分でなんでも作れるから? それとも客層が偏り過ぎてて、幅広い商売ができないってことかしら? それとも魔法が使えないと見下されるから、商人が嫌厭しているとか」


「全部だろうな。一部の魔法関連の商売だけは他より栄えているが」


 そういえばここに来るまでの街並みも、魔道具や魔法の素材を売る商店が多かった。


「あと面白いことに国土の小ささ故に、王の直轄領だけで封建貴族が存在しないためか、貴族制がこの国では崩壊している。生まれが多少悪かろうとも、実力があれば上を目指せる気風があるようだ」


「へぇ。なんか良さそうじゃない」


 バエル王国よりもずっと現代日本に近い政治体制だ。

 もしも万が一にもデッドエンドが不可避の状況になった時の国外逃亡先候補に入れようかと脳裏を過ったところで、


「もっとも評価されるのは『魔法』の能力だけだ。魔法の才能がなければ、他のどんな能力があってもこの国では認められん」


「なんか駄目そうじゃない!」


 直ぐに却下しようとして、そういえば自分は魔法の才能だけならヴェロニカ以上であったことを思い出す。

 この国を国外逃亡先候補に入れるか真剣に悩んでいるアナリーゼを余所に三成は更に先を続けた。


「この国では魔法の実力により市民を1級から10級まで細かく分類している。優秀な魔法使い同士の子供が優れた魔法使いになる傾向が強いことから、婚姻統制も行われている。具体的には2級以上離れた相手との結婚は法で禁止されている」


「うん、やっぱり国外逃亡先としては落選ね」


 現代日本人としては貴族制よりも、そういう生々しい婚姻統制や優性思想のようなもののほうが嫌悪感が強かった。

 旅行先としてはともかく、骨をうずめる場所としては落第である。


「でも必ずしも才能が遺伝しない場合もありますよね? 例えばもし1級同士の夫婦に4級くらいの子供が生まれちゃったらどうするんですか?」


 アスールが当然の疑問を口にした。


「さぁ、それは親次第だろう。一つ言えるのは人口は三国で一番少ないにも拘らず、この国では異常なほどに養子や捨て子が多い」


「……、……」


 考えるだけでも不愉快なこの国の現状が想像できてしまった。そしてその想像は恐らく事実なのだろう。

 自分の転生先がベリアル王国ではなくバエル王国だったことに初めてアナリーゼは感謝した。


「ちなみに三成さん。中には魔法がまったく使えないって人もいるでしょう? その人はこの国ではどうなるの?」


「10級以下、人とは見做されん。そしてあろうことかこの国唯一の血統による権威を有する王家に人間以下が生まれてしまった」


「大問題じゃないですか!」


 アスールが叫ぶ。アナリーゼもディアーヌ・ベリアルが周囲から見下されているというのを、周囲から白眼視されている程度のものと思っていた。

 けれどこの国の現状を踏まえると魔法の才能がない王太女というのは、命を狙われたり、下手すればクーデターが起きてもおかしくないような事なのではないか。


「ああ。だが普通の王なら死産ということにして生まれたことを抹消しそうなものなのに、魔法が使えないことを隠そうともせず、敢えて王太女にしているところに、俺は今の王の本音を垣間見た」


「この国の王様は魔法至上主義をなんとかしたいと思ってるってこと?」


「かもしれん。魔法使いの楽園は、魔法が苦手な者の地獄だ。人材の流出も深刻だ。特に国外へ留学した者の殆どは、この国に戻ってくることはない」


 留学を選ぶということは魔法の才能が乏しいということだ。

 もし留学先で魔法以外のスキルを高めたならば、わざわざ待遇の悪い故国ではなく、その国で身を立てようとするだろう。


「明らかに国力で劣ってるベリアル王国が滅びてないのって、滅ぼすほうが面倒臭いからなんじゃないの?」


「だろうな。滅ぼしたとしても、労力に見合うものを得られるとも思えん」


「ちなみにバルザード教授はこの国についてどう思っているんです?」


「わしかね? わしは政治がどうであろうと、魔法の研究をする環境さえ十分であればそれで良い。そして今の国はその最高の環境をわしに与えてくれておる。不平不満などあるはずがない」


 バルザード教授の見解は、ベリアル王国で研究職につく人間全ての代弁でもあった。

 魔法研究者にとって最優先なのは研究環境であって、それ以外はどうでもいいのである。


「これからどうするアナリーゼ?」


「うーん。調べることはだいたい調べ終わったし一度宿へ帰りましょうか」


 バルザード教授と別れると、予め予約してあるベリアル王国で一番の高級宿へ向かう。

 その途中であった。聞こえてくる大勢の人間の怒号と、女子供の悲鳴。何事かと走って様子を見に行ってみれば、覆面で顔を隠した集団が、街中で暴れていた。


「呪われし王家より、我らが革命の聖女をお救いせよ!」


「我等に自由を!」


「平等なる社会を!」


 集団は口々にそんなことを叫びながら、護衛らしい兵隊たち相手に襲い掛かっていく。

 護衛の兵士たちは魔法で応戦するが、余り魔法の才能がないのか威力は乏しい。一方で襲い掛かる暴徒は魔法を一切使わないが、とにかく数が多かった。


「三成さん! な、なにあの連中!?」


「さっき新聞で見た。恐らく魔法至上主義に反対する反魔法派だろう。 しかし革命の聖女だと? もしや……ふむ、ここは……」


「なんだかよく分からないけど悪役令嬢的に暴徒とかはお断りノーノ―よ!」


 今こそ主人公ヴェロニカをも上回る魔法の才能を解き放つ時である。

 アナリーゼは魔法で大地の気を掌に集めると、


「喰らいなさい! アナリーゼ式土ビーム!」


 名前は微妙だったが威力は絶妙だった。周囲の被害も最小限に抑えつつ、ビームが暴徒たちを吹っ飛ばす。

 気絶させられた暴徒たちの生き残りが、一斉にアナリーゼの方へ顔を向けた。すっとアスールがアナリーゼを守るように前へ出た。


「な、何奴だ! 邪魔だてするなら……」


「やめろ! あれはバエル王国のアナリーゼ・アガレスだ! 退くぞ!」


 暴徒たちが倒れた仲間たちを起こしながら脱兎のごとく逃げていった。


「お見事でしたお嬢様!」


「ふっふっふっ。いざという時に頼りになるのは自分だもん。こういう時のために魔法の特訓は毎日欠かさないのよ。あ。大丈夫だったかしら? 暴徒にターゲットにされていた人!」


「ええ、ありがとうございます」


 どきり、とした。

 背にかかる金砂の髪に、海のように深い双眸。ヴェロニカの覇気に対して、王気というものを漲らせる姿は生命力に満ち溢れている。

 彼女のことをアナリーゼは前世で見たことがあった。


「やはり、そうか」


 三成が目を細めると、アナリーゼと同年代の少女は優雅に一礼してみせた。


「ベリアル王国第一王女ディアーヌ・ベリアル。どうか危ないところを助けられたことのお礼をさせて下さい」


(マジで!?)


 三成と違いなにも察していなかったアナリーゼは仰天した。


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― 新着の感想 ―
ランスのゼス王国とかゼロ魔のハルキゲニアとかそんなんばっか見たいな世界観…
もし原作がSLGだったら、こんな特殊傭兵団が設定されそうだ。ベリアル王国出身で、捨てられた孤児たちと、魔法至上主義に反発して逃げ出した脱走者たちで構成される傭兵団。魔法適性による差別に極端に敏感なので…
ベリアルの商業が廃れていることについて、三成が正解と認める回答を3つも上げたのは見直したぞ。 トンチンカンな事を言ってダメ出し食らうと思ったのに。
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