第24話 脳筋王子と伯爵令嬢
バエル王国第三王子がアナリーゼ・アガレスの紹介で、伯爵令嬢マルグリットに関心を持ったため、お忍びでハルファス領へ来る――――その降って湧いたような吉報が届いたハルファス家はお祭り騒ぎだった。
「うちの娘がヴィクトリス殿下に……じゃなくてヴィクトリス殿下がうちの娘に興味を持たれるなんて、ね、願ってもないチャンスじゃない!!」
アナリーゼから届いた、勝手に令嬢をヴィクトリス王子に紹介したことの謝罪の手紙を読みながら、伯爵家当主であるヴィクトリア・ハルファス夫人は、自分の頬を抓って夢でないか確認した。
ハルファス伯爵家は聖七十二名家に名を連ねる名門ではあるが、二大公爵家であるアガレスやウァレフォルに比べれば一段落ちる。なので王子との婚約話が来るなんて、ハルファス夫人は想像だにしなかった。
ハルファス家にはマルグリット以外に姉が一人いる。だが姉妹ともに当主が務まる器量ではなかったので、ハルファス夫人はどちらも次期当主に指名してはいない。
なので首尾よくヴィクトリスとマルグリットの婚約が成立すれば、婿入りして貰い恐らく陞爵されるであろう伯爵家の当主となって貰えばいい。
「それに想像するも不敬だけど万が一……万が一にも王太子殿下にもしものことがあれば……」
ヴィクトリス王子が代わって玉座につく可能性は大いにあるだろう。そうなればマルグリットは王妃で、ハルファス家は外戚だ。
アガレス家に絶大な借りを作るから頭は上がらなくなるだろうが、それでもハルファス家は一気にバエル王国の筆頭貴族に成り上がることができるだろう。
「マルグリット。喜びなさい、アナリーゼ様が貴女のことをヴィクトリス殿下に紹介してくださったそうよ。貴女に興味を抱かれた殿下はお忍びで、アナリーゼ様もご一緒にこのハルファス家にお越しになられるそうよ。
貴女の魅力で王子殿下をメロメロにして、これを確定事項にしちゃいなさい!」
「わ、私が王子様と……婚約っ?」
いきなり母親にそう言われたマルグリットは困惑した。
マルグリットもまた自分が王子の結婚相手候補に選ばれることなど、想像だにしていなかったのだ。だがマルグリットの場合は母親と違い、自己評価の低さも理由であった。
「私みたいに何の取り柄もなくて、ろくに運動もできないくらい病弱な女を王子殿下が婚約者に選んでくださるとは思えません、お母様。きっと幻滅されてしまいます」
「何を言ってるの! 貴女はこの私に似て美人なのだから自信を持ちなさい!」
ヴィクトリア・ハルファス夫人は若い頃は社交界の華として名を馳せた女性だ。その美貌は娘のマルグリットにも受け継がれている。
母譲りのピンクブロンドに男好きのする豊満な体つき、そして病弱さが醸し出す儚さ。王立学園に入学すれば、大勢の男子生徒の注目を集めることは疑いようがない。
「で、でも……」
「それにヴィクトリス殿下はヤンチャなエピソードが有名だけど、確か絵画の鑑賞を趣味とされる風流な一面もあるという話よ! マルグリットの描く絵はとっても上手でしょう! 絶対に興味を持たれるはずよ!」
「あれはただの趣味で……それに普通とは違うというか習い事でやってる絵とは……」
「なんでもいいわよ! さぁ王子殿下を迎えるのだから、屋敷中を埃一つないほど掃除させて、ご馳走も用意してああやることが多すぎるわ!」
やる気全開の母親はテキパキとメイドたちに指示を出していく。そんな母の様子を眺めながらマルグリットはスケッチブックとペンを手にとった。
婚約話がどういう結果に終わるにせよ、間違いなく人生の重大な1ページになるので、それを”絵”として保存しておきたかったのだ。
そうしてその日はやってきた。
ハルファス伯爵家へやってきたアナリーゼと三成を……というより主にはお忍びでやって来たヴィクトリス王子に対してハルファス夫人は完璧な礼節をもって歓待を示した。
「当家へようこそおいで下さいました、ヴィクトリス殿下、アナリーゼ様」
「出迎えご苦労。そちらがマルグリット嬢かな?」
野蛮人だ不勉強だと揶揄されることの多いヴィクトリス王子も、流石に王族だ。美しい伯爵夫人の歓待に動じることなく、視線を隣に控えた少女へ向けた。
「は、はい。マルグリット・ハルファスでございます。よ、宜しくお願いいたします」
ハルファス夫人と違いこういうことに慣れていないマルグリットは少しどもりつつも楚々とした挨拶を返した。
そんなマルグリットにヴィクトリスは豪快に笑い返した。
「マルグリット嬢! 実は貴女に土産を用意した! テレーゼ、あれを」
「……はい」
なにやら困ったような表情のテレーゼが土産の品をマルグリットへ手渡した。
包装されているので中は見えないが、それなりにサイズがある。だがサイズの割には受け取ったマルグリットは軽々としているので、重いものではないのだろう。
「殿下、これは?」
「私が王都で仕入れたふんわり枕だ! 聞くところによるとマルグリット嬢は病弱気味だそうだからな、枕は良いものを使った方がいいだろう!」
「あ……ありがとうございます……。大事に使わせていただき、ますね」
枕をプレゼントとして贈られたマルグリットは驚いていたようだったが、一拍置いてから嬉しそうに微笑んだ。
残念ながらネタバレ糞レビューアーのレビューに、ヴィクトリス王子がマルグリットに枕をプレゼントする展開のレビューなんてものはなかったので、アナリーゼにはそれが本当に嬉しいのか社交辞令なのかイマイチ判断がつかない。
「(女性への初めての贈り物が枕って、いいのかしら?)」
そう三成にアドバイスを貰おうとしたアナリーゼは、
「ふふ」
密かにドヤ顔を浮かべていた三成を見て、ヴィクトリス王子に枕をお土産にするよう助言したのが誰なのかを察した。
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