第19話 令嬢の都合と大赦に値する男
クロムウェルが副司令官になって一ヵ月。
たったそれだけでは弱卒がいきなり精鋭になったりはしないが、変わり始める兆候のようなものは見え始めていた。きっと二、三年もすれば立派な精鋭軍団に生まれ変わっていることだろう。
「いやぁ。クロムウェルを味方にできて良かったわねぇ」
部屋に三成以外は誰もいないからだろう。アナリーゼはベッドで寝転びながら報告書を読むという、公爵令嬢とは思えないだらけきった態度で言った。
「ああ。クロムウェルは刑部殿を思わせる見事な人物だ」
三成の言う刑部殿とは大谷刑部少輔吉継のことだ。秀吉をして百万の軍を指揮させたいと言わしめた名将である。関ヶ原の戦いでは家康に勝てないと悟りながら三成の友情で西軍に参加し、壮絶なる戦死を遂げたとされている。
つまり三成のクロムウェルの評価は最上級ということであった。
「だが懸念はある。クロムウェルはお前の言う『攻略きゃら』の一人ではないのか?」
「違うと思うわ。公式サイトの登場人物のところにも名前がなかったし。……けど今時主人公と攻略キャラと一部主要キャラだけで、サブキャラの紹介がないなんて公式サイトとしてどうかと思わない?」
「知らん。ああ、それとヴェロニカと一緒にいたバジルという男はどうなのだ? あれは『攻略きゃら』ではないのか?」
「いいえ、攻略キャラよ」
バジル・フェニックスは今の身分こそ平民だが、元はフェニックス侯爵家の次期当主だった男だ。
だが六年前のアスモデウス王国との戦いで、当時のフェニックス家当主が敵国と内通していたのが発覚。フェニックス家はお家取り潰しとなり、フェニックス家当主は処刑。
「それでまだ幼いバジルは助命されて、紆余曲折あってヴェロニカに拾われたとかネタバレ糞レビューアーが書いてたわ」
「元高位貴族ということは超魔法も使えるのか?」
「ええ、フェニックス家の超魔法は”再生”。死んでも寿命を消費して無限に甦る魔法らしいわ。いや寿命分って限界があるから、オシリスの天空竜と同じで無限の限界があるんだけどね」
「おし、りす? それより何故フェニックス家の超魔法を知っている? 超魔法は王家にすら秘匿されているのではないのか?」
「(私の家も含めた)殆どの家はそうだけど、フェニックス家みたいに戦場でバリバリ使ってたりとか、特に有用だからとかで公表してるところもあるらしいわ」
「……成程。確かに”再生”という超魔法は、他の超魔法のように実質寿命の消費という欠点が存在しないようなものだからな。隠すことにも余り意味はないか」
そうなのだ。アガレスの異世界召喚は寿命を最大十年間消費してしまう。他家の超魔法とて似たようなものだろう。
その中にあってフェニックス家の”再生”の超魔法は例外だ。なにせこの超魔法が発動するのは、術者の死亡時のみ。超魔法を発動しなければそのまま死ぬだけなのだから、寿命消費のデメリットもなにもない。
だからフェニックス家は敢えて超魔法を公表し、不死身の戦士の家系として名を馳せてきたのだろう。
「しかしそれほどの重要人物なら、どうしてヘンリーのように警戒しないのだ?」
「必要ないからよ。ネタバレ糞レビューアー曰く……」
こほんと咳払いしてネタバレ糞レビューアーのムカつく声色を再現する。
『バジルのことを一言で表すと”都合の良い男”でしょうねぇ。魔法のステータスは低いですが、武力ステータスはトップクラスで”再生”の超魔法まで持ってます。寿命が尽きるまで何度でも肉壁として利用できるタフさは基本的に腐るってことがありません。
なによりこのゲーム、他の攻略キャラとフラグをたてないと、自動的にバジルルートへ進む仕様になってるんですよねぇ。攻略キャラ以外のルートに入った場合、選ばれなかった攻略キャラと敵対する展開になるのですが、バジルにはそれすらありません。ヴェロニカが誰のルートに入ろうと、バジルは絶対にヴェロニカ陣営から外れることはありません』
ギャルゲーや乙女ゲーに稀にいる、誰の好感度も個別ルート入り要件に達せないと、バッドエンドの代わりに突入する救済個別ルート。それを担当するのがバジル・フェニックスという男なのだった。
なおネタバレ糞レビューアーによれば、突き抜けた一途っぷりのせいで、バッドエンド相当な攻略キャラにも拘らず一番人気らしい。
「というわけで私と接点がない上に、最初からヴェロニカ陣営で確定しているから、警戒に値しないというか、警戒し続けることが確定してるというか。まあともかくこちらから関われる余地はないのよ」
「さしずめ奴は家康にとっての本多忠勝か。なるほど調略は無意味だ」
「ところで三成さん。話は変わるけどクロムウェルをゲットしたことって、私にとってはとっても喜ばしいことよね? ベリーハッピー!」
「ああ。まだやる気はない癖に誇りだけ一人前の連中は、不満を抱いているが、あの手腕で兵を調練すればじきに収まるだろう」
「じゃあクロムウェル仲間入りを祝して大赦出しちゃいましょ!」
「……その発想はなかったな」
アナリーゼが決定すれば、三成がそれを素早く実行する。直ぐに大赦が出されたことはアガレス領全体に伝わった。
大赦――――なにか吉事が起きた時、それを祝して罪を免じたり、減刑することである。
だがそれは新しい公爵が就任しただとか、領主かその後継者が結婚しただとかの場合に出されるものである。家臣一人を迎え入れて大赦が発せられるなどというのは前代未聞のことであった。
「それに値するほどの傑物、ということか」
これまでクロムウェルを侮っていた者たちも、大赦まで出されては認識を改めざるを得なかった。
そしてそれは周囲の者ばかりではない。クロムウェル本人の意識をも変えた。
「あの大赦以来、部下たちの俺を見る目が如実に変わった。アナリーゼ様の援護射撃、これに応えなければ男じゃない」
奮起したクロムウェルはより一層、もはや自分の魂を注ぎ込む勢いでアガレス家のために働くことになる。
なお当のアナリーゼに深い考えはなかった。
「よかったよかったぁ。村長さんがまだ死刑のまんまだったから、早く出したかったのよね大赦!」
これは余談だがこの時の逸話から『大赦に値する』という故事成語が誕生することになる。
その初代”大赦に値する男”クロムウェルは、正にその通りの活躍をしていくことになるのだった。