第18話 名将と名宰相
アナリーゼにスカウトされたクロムウェルは、スカウトした張本人であるアナリーゼによって早速アガレス家の将として抜擢された。
しかし幾らハインリヒ・クロムウェルが以前のアスモデウス王国との戦役で名を馳せた名将とはいえ、外様がいきなり自分たちの上に立つのを面白くない者も多い。
名声すらなくいきなり奉行になった三成などは面白くないどころか、殺意すら向けられていたのだが、そこは三成の空気の読めなさが良い具合に作用したお陰で事なきを得たので割愛する。
ともかく三成と違って空気を読むことのできるクロムウェルがしたのは、まずアガレス家の保有する軍団の総司令官に年季だけは立派な老齢の将をつけるようアナリーゼに進言したことである。
「えーとこのクロムウェルが推挙してるホフマンっていう人の経歴を、三成さんが資料にして纏めてくれたんだけど……その正直……」
「パッとしない、でしょうか」
「うん、まあ」
レオンハルト・ホフマンは年齢は78歳。アガレス家に十八で武人として仕え、戦歴は60年を超える宿将である。
そう聞くとなにやら老練な名将という印象を受けるが、彼の実績は60年という戦歴と比べれば非常に微々たるものでしかない。ただ上から命じられたことを忠実に実行する愚直さと、余り人から憎まれない穏やかな気質が、彼を多くの戦乱の時代から生き残らせたのだ。
「あ、でもクロムウェルが推薦するっていうことは、一見地味でも実は名将っていうことだったりするの?」
「いいえ。ホフマン殿は愚将ではありませんが、かといって名将でもありません。上からの命令には忠実ですが、自分が上に立って命令するのは不得手です」
一将軍としては並み以上、大将としてはな並み以下。それがクロムウェルの評価であり、それは三成や文官筆頭のハレーも同意するところであった。
「となると……ホフマンは中継ぎってこと?」
「御慧眼痛み入ります。アガレス軍団の総司令官という職は、60年の長きにわたってアガレス家に仕えたホフマン殿の忠誠に報いるには十分な地位でしょう。総司令という名はホフマン殿に、そして私は副指令として”実”を得たく」
「三成さんはどう思う?」
「悪くない。クロムウェルがアガレス家の将として十分な実績をあげれば、ホフマン殿には年齢を理由に勇退して頂き、クロムウェルを総司令官に昇格させればいい」
三成の同意も得られたことでクロムウェルの進言は採用された。
アガレス軍団の総司令官にはレオンハルト・ホフマン、副指令にハインリヒ・クロムウェルを据える人事が公式に発表された。それでも外様がいきなり副司令ということに反対はあったものの、一応総司令官がアガレス家の宿将たる人物であったので、その声はずっと小さかった。三成の時の公爵家全体の非難の大合唱と比べれば、そよ風のようなものである。
副司令官としてお飾りの総司令官に代わり軍権を得たクロムウェルは、私塾の教え子の何人かを自分の幕僚とする一方で、公爵家に昔から仕える者を優先して要職につけていった。
外様であるクロムウェルが外部から招いた自分の教え子で幕僚を固めれば、周囲からは反乱を疑われてしまうし、そうでなくても旧臣たちからは白い目で見られかねない。それを避けるための政治的配慮であった。
またこんなことがあった。
「クロムウェル。お前が副将として抜擢したこの男だが、こちらの人物のほうが成果をあげているぞ。なぜこの者を選ばなかったのだ?」
という三成の問いに対して、
「副将に抜擢した彼は、この者より家柄も勤続年数も上だったからですよ」
「……能力で選ぶべきではないのか?」
「能力主義で家柄や出自に関係なく、人材を登用していくというのは理想ですよ。ですが理想はあくまでも理想です。例えば勤続年数も家柄も勝る彼ではなく、実績のあるこの者を副将にしたとしましょう。この部隊はどうなると思いますか?」
「優秀な者が副将になるのだから強くなるだろう」
「いいえ、副将に選ばれなかった彼と彼を慕う者たちが不満を抱き、副将に選ばれてしまった者も、上に立つことに気後れしてしまい、結果として部隊全体の和が乱れ弱体化してしまいます」
実績を上げた者が報われたのだから、他の者も負けじと奮起するというのは上の人間の願望に過ぎない。
そういう人間もいるにはいるだろうが、殆どの人間は先ず妬みから入るものだ。そして残念ながら妬ましい相手に負けてなるものかと頑張るより遥かに、妬ましい相手の足を引っ張るほうが簡単なのである。
「では俺がいきなり奉行になったことも誤りだと?」
「三成殿の能力は隔絶していましたから。和を乱すことの悪影響よりも、抜擢する好影響の方が遥かに勝っていたので例外です」
勤続年数と家柄の差で副将の地位を逃した男も、実績がより隔絶したものであったらクロムウェルはリスクを承知で彼を副将にしていただろう。だが彼の実力は、家柄や勤続年数を埋めるほどのものではなかった。
「……それは世辞か?」
「正しい評価ですよ。ヴェロニカ嬢が俺より貴方を口説くことを優先したと聞いた時は、プライドが大いに傷つけられましたが、ここにきて貴方の働きぶりを正確に知れば納得しました。貴方は正しく天下の宰相たる人物だ」
「それは過大評価だ。天下の宰相とは三監の乱を鎮めた周公や、呂氏の乱を鎮めた陳平・周勃の如き者を言うのであって、決起しながらもみすみす逆賊に敗れた俺はその足元にも及ばん」
「――――どうやら中々数奇な人生を歩んでこられたようで。是非色々とお話を聞かせてもらいたいですな。出来れば酒でも飲みながら」
「付き合おう」
ハインリヒ・クロムウェルの他にはない強味はもう一つあった。
それは石田三成という男と対等に付き合えるということである。
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