第16話 悪役令嬢と覇王少女
そうして王都に到着したアナリーゼは意気揚々と先頭を歩いていた。
護衛のアスールが慌ててそれに追従し、三成は街並みやそこに住まう人々を一々確認しながら歩く。
「お嬢様。随分とご機嫌ですが、ハインリヒ・クロムウェル殿を登用する策でもあるのですか?」
「ふふふふ。よくぞ聞いてくれたわね! ええ、我に秘策ありよ!!」
「そ、それは一体?」
「やっと私の現代知識が役に立つ時がきたってことよ!」
「げんだいちしき?」
キョトンとするアスール。そんなアナリーゼと疑いの目を向ける三成に、アナリーゼは過去最高のドヤ顔で宣言した。
「三顧の礼よ! 劉備が孔明を口説き落とした時みたく自ら三度訪ねて礼を尽くせばたぶん味方になってくれるわ!」
「それは現代知識ではなく、三国志の知識だ」
三成がなにやら細かい指摘をしてきたが華麗にスルーする。
それにアナリーゼが三国志を知ったのは学校の図書室の漫画からである。ならば広義の意味での現代知識といっても過言はないだろう。
「しーかーもー! 私は皇帝の姪! これを略すとコウメイ! もう三顧の礼やるっきゃないわ!」
「お前が孔明になってどうする? だが……悪くはないな。賢者を迎えるのに最大の礼儀を尽くすのは基本だ。若き頃の太閤殿下も、同じように半兵衛を自らの軍師にしたというし」
そう、アナリーゼも考えなしに三顧の礼をしようと思ったわけではないのだ。
アナリーゼの武器はこのバエル王国で王位継承権すらある公爵令嬢ということ。三顧の礼は勧誘する側が権力者であればあるほど効果を発揮する。公爵令嬢のアナリーゼにはうってつけの策ということだ。
だがクロムウェル勧誘の障害はまったく予想外のところから現れた。
「へぇ。アンタもハインリヒ・クロムウェルをスカウトにきたの? あの顔で家臣を選り好みしたアンタが。心を入れ替えたって話は掴んでいたけど、まさか本当だったのかしら」
「っ! 誰だ!?」
アスールが反射的に槍を構えるが、
「武器を下げな、立派なボインなお嬢ちゃん。王都でやりあったら”お互い”公爵令嬢の家臣だってただじゃすまねぇぜ」
黒い眼帯をした歴戦の風格のある男に制された。アナリーゼにはさっぱりだったが、アスールのほうは強者としての本能で、瞬時に相手が自分と同等かそれ以上の猛者であると感じ取った。
だがそれよりもアナリーゼには男の言葉が気にかかった。
「お互いに公爵令嬢……? ってことはまさか!」
眼帯の男の隣にはアナリーゼが前世に公式サイトで見た、エネルギッシュさが全身から滲みだしている少女がいた。
「もしかしなくても貴女はヴェロニカ・ウァレフォル!?」
「なに初対面みたく驚いてるのよ。ふざけてるの?」
(あわわわわわわわわ! こんなところで主人公と遭遇するなんてまったく想定外よ! イレギュラーよ! オーマイゴッド! ということは隣にいる眼帯の人は、攻略キャラの一人であるバジル・フェニックス!? あわわよ、もうあわわしか言えないくらいあわわよ!)
パニックになりながらもアナリーゼは全力で頭を回転させる。
公式サイトにあったヴェロニカの紹介文句の一つは人材マニア。先の言葉も合わせて、まず間違いなく王都にはハインリヒ・クロムウェルのスカウトにきたのだろう。
だとすればアナリーゼのとるべき行動は一つ。ヴェロニカよりも先にクロムウェルのところに辿り着くこと。
「三成さん! アスール! 走るわよ! ダッシュダッシュ! ヴェロニカよりも先にクロムウェルのところに突撃するの!!」
前世でのアナリーゼは100m走は13秒台の俊足。陸上部にスカウトされたこともあるほどだ。
ベストなスタートを切ったアナリーゼはクロムウェルの私塾に向かって疾走を始めたが、
「おっと。ヴェロニカの命令なんで、ここ通行止めな」
流石にこの世界トップクラスの豪傑を出し抜けるほどでもなかった。あっさりと眼帯の男――――バジル・フェニックスに回り込まれてしまう。
「なっ! 走塁妨害よ! コリジョンルール違反! ずるい!」
「なにルール違反だって? まあ落ち着いてくれや。別にとって食いやしねぇよ」
「ほ、本当? 殺したりしない? 嫌よ、いきなり即殺なんて」
「あのね。こんなところでアンタを殺して、私になんの得があるのよ。すぐに私も捕まって終わりじゃない。アンタの命のために私は私の人生棒に振る気はないわよ」
「お嬢様。ウァレフォル様とそこの大男にこちらへの敵意はないようです。取り合えず落ち着いてください。先ほどから行動が支離滅裂です」
「そ、そう?」
ヴェロニカに呆れられて、味方のアスールにまで駄目だしされたことで漸くアナリーゼも冷静になる。
考えてみればアナリーゼが死ぬのは恐らくは物語の後半戦になってからのはずで、こんなところでヴェロニカがアナリーゼをいきなり殺しにかかるはずがない。
「……ウァレフォル殿。主君アナリーゼが無礼を働いた。以前もなにか無礼な真似をしてしまったようなら、謝罪させて欲しい」
まだ動揺の残るアナリーゼに代わって三成が謝意を示した。
「別に大したことじゃないわよ。精々なんかのパーティーで一緒になる度に、呼んでもいなければ会いたくもないのに勝手につっかかってきては、王位継承権は私のほうが上だから敬えだの、私の取り巻きの一人に加えてやるからありがたく思えだのと言ってきたくらいね。実害はなかったわ。不快だったけど」
「ごめんなさいごめんなさい!! 私も若くて当時はアホだったのよ! なんなら二度と絡んだりしないから許して!」
主人公に不快感を抱かれていて良いことなんて一つもないのに、ひたすら平謝りを敢行するアナリーゼ。
ちなみに例え王位継承権が上だろうと、同格の公爵令嬢相手――――いや、例え爵位が下の侯爵令嬢や伯爵令嬢相手だったとしても、転生前のアナリーゼの振る舞いは論外であり、眉を顰められる類のものである。
何故なら相手は自分の家臣ではなく、同じバエル国王に仕える爵位持ちの貴族で、ある意味では対等な関係だ。つまり互いに礼儀を払ってしかるべき相手であり、居丈高に振舞っていい相手ではないのである。
「…………」
ヴェロニカは平謝りするアナリーゼのことを、まじまじと凝視していた。
「あ、あのー」
「別に、謝る必要なんてないわよ。アナリーゼでいいの?」
「え、ええもちろん! じゃあ私もヴェロニカ呼びでいい?」
「ふーん、そっか。ええいいわよ。ウァレフォル公爵令嬢なんて呼ばれるより、名前で呼ばれる方が好きだし」
心の中でガッツポーズをするアナリーゼ。
いきなり主人公と邂逅してしまった時はどうなるかと思ったが、これは良い流れである。
(ま、まさか主人公と名前交換ができるなんて思いもしなかったわ! 名前を読んだら友達になれる的なことをどっかの魔法少女が言っていたし、今日から私は悪役令嬢から乙女ゲーの友達キャラに転職! そして乙女ゲー、ギャルゲーに関わらず友達キャラというのは基本生き残るもの! これで私大勝利! 希望の未来へレディーゴー!)
「あ、そうだ。謝る必要はないって言ったけどさ。これから私のほうが謝るようなことするから、先に謝っておくわ。ごめんね」
「へ?」
「そこの貴方。あの石田三成でしょう?」
「……如何にも」
ヴェロニカの視線は真っ直ぐにアナリーゼの側に控える三成へ注がれていた。その目は最高のお宝を目の前にした海賊船の船長のように、らんらんと輝いている。
どうしようもない嫌な予感がアナリーゼを襲った。だがヴェロニカはそんなアナリーゼに構わず続ける。
「貴方ったら貴族社会じゃ凄い有名よ。素性も定かではない優男が、アガレスの姫をたぶらかして、政治を好き勝手にしているって」
「知ったことではない。俺は奉行としての職務を果たしているのみ。誰が俺をどう噂しようとどうでもいいことだ。噂がアナリーゼを悪く言う類のものであれば、対処せねばならんが」
「そうね、どうでもいいわ。噂という虚だけで人を図って、成果という実をみない連中はね。事実は一つ。奉行として、貴方はどうしようもなく腐りきっていたアガレス領を急速に復興させてるということ」
そう言ってヴェロニカは三成に手を差し出した。自信に満ち溢れた覇者らしい笑みで。
「ねぇ三成、私のものにならない? アガレス公爵家以上の待遇を約束するわよ」
「な、な、なーーーっ!?」
オブラートに包むことのない、余りにもストレート過ぎる引き抜き宣言にはアナリーゼも絶句する。
アナリーゼばかりではなくアスールと、ヴェロニカ側のバジル・フェニックスまで「おいおい、まじか」と唖然としていた。
「お断りする、俺がこの世界で仕えるのはアナリーゼただ一人だ」
だが三成は一切動じずにキッパリと宣言した。
「やったーーーーーー!」
これにはもう隠す事もせずにアナリーゼはガッツポーズした。
「うーん、いい条件だと思ったんだけどね」
「お戯れを、ウァレフォル様。そもそも三成様はアガレス家の奉行として、アガレス家の全権をほぼ手中にしておられます。これ以上の待遇など不可能でございましょう?」
「そうでもないわよ? 奉行としての職はあっても、爵位はないのでしょう。ならこういうのはどう? 私が貴方と結婚して婿に貰う。そうすれば貴方は公爵そのものにだってなれるわよ」
今度こそ三成含めた全ての人間が絶句した。
もはやただの引き抜き話ではない。ヴェロニカは石田三成にプロポーズしているのだ。私自身をやるから、お前の全てを寄越せと。
「おい! 何言ってんだヴェロニカ!」
これには誰よりもヴェロニカの側にいるバジル・フェニックスが慌てる。だがヴェロニカはまったく気にした風もなく続けた。
「アガレス公爵領の改革は、ただの仕事としてやった改革じゃないわ。改革案一つを抜き出しても血肉がこもっていた。全てに石田三成という人間の面影が垣間見えた」
「………………」
「私は空っぽの器。貴方がその中身を満たせばいい」
その言葉でアナリーゼが何故覇王とかいうとんでもない個性を持つヴェロニカが、乙女ゲームの主人公たりえるのかが分かった。
ヴェロニカには自分の名を遥か未来まで残るよう刻み付けたいという野心はある。だが具体的にどういう風にそれを叶えたいかという”野望”が欠けているのだ。
だからきっと彼女は攻略するキャラクターによって、その野望を如何様にも変化させるのだろう。
「貴方が私の中身になれば、貴方の理想は私の理想よ。私の全てを使って、貴方の理想を遂げてみせるわ。どう?」
もうアナリーゼにもアスールにも、ヴェロニカを止められない。
特にアスールはこんな滅茶苦茶過ぎる条件を出された以上、三成は引き抜かれることは確定したものだと覚悟した。
「断る」
だがアスールの懸念は、三成の一言であっさり雲散霧消した。
「結構破格な条件を出したと思ったんだけどね。断った理由、聞かせてくれる?」
「俺にも人並に理想はある、我欲もある。だが武士にはそれらを超えて尽くすべき義がある。例え百万諸侯がアナリーゼの敵に回っても、この三成が立つのはアナリーゼの側だ」
堂々たる三成の宣言に、アナリーゼは思わず目頭が熱くなるのを感じた。
自らの完敗を悟ったヴェロニカは薄く微笑むと、
「これ以上は野暮ってものね。帰るわよ、バジル!」
「え、クロムウェルはどうすんだ!? クロムウェルを勧誘しにここまで来たんだろう?」
「王都での私の勧誘は失敗した。そういうことよ。じゃあねアナリーゼ、三成、それと……名前聞き忘れたメイドの子。またいつか会いましょう」
言いたいことだけを言い終えると、嵐のようにヴェロニカは去っていった。
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