第15話 メイドと古の猛将
アナリーゼと三成の二人は王都シリウスへ向かう馬車の中にいた。
王都へ行くのは王立図書館で調べものをするために一週間滞在した時以来である。
隠棲して私塾を開いている人間といえば、田舎で晴耕雨読の日々を送っているというイメージだったので、王都なんて華やかな場所でやっているのは意外でもある。だがよくよく考えたら私塾を開くなら、文字すら読めない人間のほうが多い田舎でやるより、知識階級の多い首都でやるほうが遥かに適切であった。
三成曰く、私塾はあのハインリヒ・クロムウェルが講師をしているということもあって、それなりに賑わっているらしい。
整備された街道を行く馬車が規則正しく揺れる。
アナリーゼと三成の他に馬車にいるのは、前にお供をしたヘンリーではなく、メイドのアスールだ。
「アスール。お前はメイドの本分である家事においては、ヘンリーに遥かに劣る。だが腕っぷしでは俺やヘンリーを遥かに上回る。護衛としての任、果たせよ」
「ええ、このアスールいる限りお嬢様には指一本触れさせませんとも」
他にやらねばならない仕事があったのもあるが、ヘンリーに代わってアスールがお供に選ばれた理由がそれであった。
創作界隈で戦える強いメイドというキャラは、もはやマンネリを超えて定番と化してきたが、それはこの乙女ゲームも例外ではなかった。
以前、武士である俺が女子に負けるはずがない――――という如何にもな噛ませ犬な台詞を言った三成が、アスールと模擬戦をしたところ、一瞬で吹っ飛ばされ敗北する様を目撃している。
三成よりも強いヘンリーも「アスールには百回やったとして、数回勝利をもぎ取れるかどうか」とその強さに太鼓判を押していた。
「でもなんでアスールってそんなに強いの? メイドなのに?」
ここはゲームの世界ではあるが、ゲームそのものではない。この世を構築するのはプログラムではないし、人間は全て実際にこの世界に生きている。
だとすればアスールが強いことにも、ゲームでそう設定されているからなんて身も蓋もない話ではなく、ちゃんとした理由があるはずだ。
「お嬢様。人間が強い理由なんていうのは『生まれ持った素養』『練習に流した汗』『実戦経験』の三つで説明がつきます」
アスールは身も蓋もない真理を言った。
「つまりアスールは生まれ持った素養が高くて、毎日練習で汗を流していて、実戦経験が豊富だから強いっていうこと?」
「いえ。恥ずかしながら実戦経験の方は余りありません。戦場に出れるだけの年齢になった頃には、アスモデウス王国との戦は終わっていましたから。ただ先祖の名に恥じぬよう練習だけは一日たりとも欠かしたことはありませんでした!」
メイドとして家事をしている時とは違う、確かな自信を滲ませながらアスールが言った。
「そんなに凄いご先祖様だったの?」
「はい! お嬢様も名前は知っているはずです! 私は嘗てアガレス家に仕えた伝説の豪傑、張飛の末裔なんですよ!」
「なんですとぉーーーーーーーーー!?」
図書室で三国志を読んだ者なら知らぬ者はいない。
長坂の戦いでは百万の曹操軍相手を一喝して足止めし、他にも劉備の配下として数々の武勲をあげた猛将。義兄である関羽と共に万人敵と恐れられたことは有名だ。その武勇は戦国時代の日本でも知れ渡っていて、あの本多忠勝が今張飛と渾名されたエピソードもある。同じ中国に目を向けると水滸伝の好漢である林沖の豹子頭は張飛になぞらえられた渾名だ。
三成の話からアガレス家の先祖に張飛を呼び出した者がいたのは知っていたが、まさかその末裔がこんなに近くにいるとは思わなかった。
「……待って。まさか三成さんはこのこと知ってたの!?」
「寧ろ気付かなかったのか?」
「気付くはずないじゃない! アスールの苗字だって張飛の張じゃなかったし!」
「何を言っているんだ? ちゃんと張飛の張ではないか」
「ほえ? アスールのフルネームって……アスール・ジャンよね?」
はい、とアスールは肯定した。やはりどこにも張飛の張の字もない。
だが三成は呆れたように言った。
「張飛の張は明の言葉でジャンと言うのだ。名の飛はフェイだからジャン・フェイとなる」
「そうなの!?」
幾らなんでも張飛のピン読みまでは知らなかったのでアナリーゼは驚愕した。
ちなみに明とは日本が戦国時代だった頃に中国を統治していた王朝のことである。
「待って。アスールが張飛の末裔ということは、張飛が使ってた蛇矛とかも受け継がれてたりするのかしら!?」
興奮気味に尋ねた。
蛇矛というのは刃が蛇のようにうねうねと曲がっている矛のことである。張飛や、張飛をモチーフにした水滸伝の林沖の愛用の武器として有名だ。
関羽の青龍偃月刀、呂布の方天画戟、そして張飛の蛇矛。これらは三国志の武将の武器として最も有名な三つといえよう。
「ええ、ただ庭にある巨大な鼎を持ち上げられるまでは振るうことを禁じられているので、私はまだ普通の矛を武器にしてますけどね」
でもあと少しで持ち上げられそうなので今年中にはなんとかしたいです、とアスールは意気込みを語っていた。
もしアスールが蛇矛を振るえるようになったら絶対に見せてもらおうとアナリーゼは心に決めた。
「二人とも、そろそろ準備をしろ。もう王都だぞ」
三成が言うと丁度王都の城壁が見えてきたところだった。
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