第13話 生き汚さと武運不足
アナリーゼの命が発せられると、公爵領は慌ただしくなり始めた。一揆の鎮圧とは違う、本当の戦である。
討伐軍の総大将として任じられたのは、他ならぬ三成だった。
「大丈夫なんですか? 前回の俺も大概でしたけど、文官の貴方が軍を率いるなんて」
心配するヘンリーに三成は堂々と答えた。
「俺は文官ではなく武士だ。武将として八万の軍勢を率いたこともある」
「八万!?」
ヘンリーが驚愕するのはさもあらん。八万といえばバエル王国という大国が、敵国に戦争を仕掛ける総軍に等しい数だ。
バエル王国でそれだけの軍勢を率いて戦をした将となると先代国王か、その先代国王の忠臣として知られたエリゴス大将軍くらいだ。ヘンリーの三成を見る目に畏敬の念が混ざり始める。
なお三成が八万の軍勢を率いた戦というのは言うまでもなく関ヶ原の戦いのことであり、その勝敗もまた言うまでもなかった。
「いくら反乱を企てているとはいえ、ヴァンダール子爵のような一門を、証拠もなしに即捕縛斬り捨て御免なんて思い切りましたね、三成殿」
行軍中に三成に話しかけたのは、亜麻色のショートヘアの女性だった。
彼女は今回の討伐軍の副将のラウラ・フォルティス男爵である。一門貴族の多くが反三成でヴァンダール子爵と連合する中、三成の支持に回った珍しい人物であった。
「変に時間をかけて、他所の貴族や王が仲介に出てきたら面倒だからな。ヴァンダール子爵が王家に助けを求めて、王家側がいいように言いくるめられて、この俺を罷免せよと命じて来れば公爵家としては俺を処分せざるをえないだろう」
「そうでしょうか? お嬢様なら王家に真っ向から逆らってでも三成殿を守ると思いますけどね」
「…………」
三成は否定しなかった。アナリーゼの事情を本人を除いて最も知る三成は、その光景がありありと想像できたからである。
「それにいくら合理的に正しい判断でも、普通はこう思い切った行動には出れませんよ」
「だろうな。俺も昔はそうだった。だが普通の判断をした結果、好機を逃して死んだ……のはいいとして、主家を滅ぼす切っ掛けとなってしまった。だから二度目は普通ではない判断をする」
三成が思い出すのは元の世界でのことである。秀吉死後、徳川家康は急速に豊臣政権内での権力を拡大していっていた。それを脅威と見た三成の家臣である島左近は、度々家康の暗殺を訴えていた。だが三成は暗殺という手段を卑怯であると却下してしまったのである。
歴史にたら・ればを言っても仕方ないが、アナリーゼからその後の歴史を聞いた三成は、もしも左近の進言に従っていたならばと思わざるを得なかった。
(一体どういう人生を歩んできたの、この人)
三成の様子を伺いながらラウラは口元に手をあてて考え込む。ラウラたち群臣には、三成が遥か東方の異国から来た人間であると、アナリーゼからは聞かされていた。
それを疑問に思う者は少なくないが、過去を語る際の三成の真に迫った様子を見れば嘘とは思えない。
「ところで三成殿、話は変わりますが……」
「なんだ?」
「三成殿は一門の力を削ぎ落して、公爵家による中央集権化を進めておられますね?」
「ああ」
「ゆくゆくは私のフォルティス家も同様に、と考えておられますか?」
「そういうところに頭が回るお前が当主のうちは安泰だろう。後継者をよく教育することだ。お前の如し者が永遠に続けば永世安泰だ」
「ま、この場は信用しておきますよ」
ラウラ・フォルティスは公爵家の一門として、公爵家に対する忠誠心はある。公爵家に代々官僚としても仕えていたからヴァンダール子爵の決起には誘われなかったが、もし誘われていたとしても拒否して、公爵家に密告していたことだろう。
だがそれはアナリーゼと三成の側のほうが勝つだろうと見ていたからだ。反乱が成功する可能性のほうが高ければそちらについていただろう。
忠誠心はあるが、あくまで第二。自分の家の安寧が第一。
ラウラ・フォルティスは理知的であるが、そういう一般貴族的な女であった。
「石田様、ヴァンダール子爵家が見えました」
兵士の一人が三成に進言してくる。三成は『大一大万大吉』と記された軍配を振り降ろし号令する。
「攻撃開始、全て捕えよ。財宝は略奪していいが、婦女子への暴行と資料の破壊は厳に罰する。違反した者はその場で首を斬る」
「はっ!」
兵士たちがやる気を漲らせる。
この時代、戦場での略奪行為は兵士にとっては臨時ボーナスであった。
そうして奇襲を受けた側のヴァンダール子爵家は大パニックになっていた。
本来なら自分たちがアナリーゼのいる別邸に同じようなことを仕掛ける筈が、まさか自分たちがやられる側になるなどとは露ほども思っていなかったのである。
「子爵様。こ、これはアガレス家の軍勢です!」
「言われないでも分かってるわ! まだ反乱を起こしてないのに襲ってくるなんてどういうことよ!」
「恐らく反乱計画が漏れていたのかと」
「ともかく応戦しなさい!」
迎撃を命じたヴァンダール子爵は、自分と背格好の似ているメイドを見つけると、護衛の兵に命じて取り押さえさせた。
「し、子爵様! なにをなさいま――――もがっ」
メイドを無視して、ヴァンダール子爵は無理やり自害用に忍ばせていた毒を飲ませる。
毒はただちに効果を発揮してメイドは眠るように絶命した。
「お前たちはメイドの服を脱がしなさい。私の服と交換して、身代わりにするわ。多少の時間は稼げるでしょう」
そう言いながらヴァンダール子爵は自分の服を脱ぎ始めた。兵士たちの目がある場所だが、下らない羞恥心より命が第一である。
服を脱ぎ終えると素早く死体から剥ぎ取ったばかりのメイド服を着せて、兵士たちはかわりに死んだメイドにヴァンダール子爵が脱いだばかりの貴族の服を着せる。
「お前たちも鎧を脱ぎなさい。この部屋に火をつけてから一緒に逃げるわよ」
「はっ!」
こういう時のためにヴァンダール子爵の側近の兵士たちは、たっぷり時間をかけて忠誠心を植え付けた者たちで構成されていた。
子爵の命令を一切迷わず実行すると、ヴァンダール子爵は夫と子供を置いて、逃亡してしまった。
こうして三成率いる反乱討伐軍はまだ準備のできていない反逆者たちを、殆ど一方的に討伐ないし捕縛して、不正や反乱の証拠を確保していった。
だが三成は今回の作戦で一つ致命的な失態を演じることになった。それは、
「まさか反乱の首謀者であるルクレツィア・ヴァンダールに逃げられてしまうとは」
頭を抱えながらハレーが苦言を呈する。
部屋に火を放ち自害したと思われていたルクレツィア・ヴァンダールが偽物だったと判明したのは、反乱鎮圧が九割がた終えた時だった。念のために焼死体に回復魔法をかけたところ、ヴァンダール子爵とは別人の顔になったことで発覚したのである。
「ルクレツィア・ヴァンダールはそれからどうなったの?」
「どうやらベリアル王国へと亡命したようです」
アナリーゼの問いに答えたのは探偵のノアだった。
「…………全てはこの三成の不徳の致すところ。処分はいかようにも」
神妙な態度で三成が言う。群臣たちも多くは三成のことが人間的に嫌いなので、三成を庇う人間はいなかった。だが、
「ま、まあ100%大成功とはいかなかったけど、99%成功したようなものだからいいじゃない? ね? そもそも反乱を察知したのだって三成さんの雇ったノア探偵なんだし」
アナリーゼが全力で三成を庇った。すると三成の性格は嫌いだが、能力と働きぶりは認めているハレーが頷く。
「まぁそれもそうですな。ヴァンダール子爵を取り逃がしたのは惜しいですが、既にこの公爵領での彼女の地盤は失われていて、今更なにをすることもできないでしょう」
するとおずおずと副将として従軍していたラウラが、発言を求めて手を上げた。
アナリーゼが許可を出すと、ラウラは気まずそうに言った。
「子爵を取り逃がした責任の一端がある私が言うのもなんですけど、今回しくじったのって武官不足があると思うんですよ」
もしも率いていたのが三成や自分よりも優秀な将であれば、子爵を取り逃がすことはなかった。そういう意味合いの発言であったが三成は特に気分を害した様子はない。
それを確認してからラウラは言った。
「優秀な武官をどうにか雇えませんか?」
将が足りない、それがアガレス公爵家の追加課題だった。
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