第12話 謀反と出陣
ひたすら勉強に専念するアナリーゼと別行動をすることが多くなった三成が、別邸のアナリーゼの部屋にやって来たのは夕方のことだった。
今の三成は着物に加えて腰には日本刀を差している。大方公爵家に仕える鍛冶師に頼んだのだろう。
「俺が政務にかかりきりの間、随分と派手に動いたようだな」
開口一番に平謝り巡業のことを言われた。アナリーゼは罰の悪い顔で、
「ご、ごめんなさい。私、とにもかくにも早く謝らないとって必死で」
「何故謝っているのか分からんが、こちらも幾分か仕事がやり易くなった」
てっきり不用意なことをしたな、と小言を言われるかと思っていたアナリーゼは呆気にとられた。
「お前が転生する以前の『アナリーゼ・アガレス』の我儘っぷりは、俺個人が雇った探偵によるとそれなりに有名なもので、その頃を知る者たちは俺たちの改革にも懐疑的だった。だがそれが今回のお前の平謝りで改善されてきている。新たな人材の登用にも役立つだろう」
「もしかして私って大活躍だった? ファインプレー?」
「ああ」
文字にすればたったの二文字。けれどそれは石田三成からの紛れもない称賛であった。
アナリーゼは小さくガッツポーズする。
「ふふん。三成さんもいつもお仕事ありがとうね。けど働き過ぎたら体を壊しちゃうから、ちゃんと休みもとらなきゃ駄目よ? 命令しちゃうんだから」
「俺も一日中働き続けるなど体力的に不可能だ。ちゃんと眠っているし、仕事から離れた時は、この世界のことを知るよう努めている」
「勉強時間は休み時間じゃないわよ!」
思わずツッコミを入れてしまった。しかし万が一にも三成が過労で倒れてダウンしたらと考えると洒落にならない。
三国志の大軍師、諸葛孔明の死因も一説によれば過労死なのだ。
「ねえ、休みっていうのは仕事とも勉強から離れて、友達と遊んだり趣味に勤しんだりすることなのよ? ともだ……………趣味とかはないの?」
「趣味…………そうだな、鷹狩りが好きだった。家康と被るのが、少しばかり癪だが、それを気にして己の趣味を曲げるほうが癪だ」
「へぇ。それじゃ今度、鷹は厳しいかもしれないから、鳥が沢山いるところへ行って、魔法を使って狩りをしてみたら? 楽しいかもしれないわよ! ……私は狩りとかはちょっとノーサンキューだけど。女子高生的に」
三成が野原を駆け巡って、魔法で空を飛ぶ鷹を攻撃している様子を想像してくすりと笑う。
だがそんなアナリーゼに三成は呆れたように言った。
「アナリーゼ、鷹狩りは鷹を狩るのではなく、鷹を使って獲物を狩るのだぞ」
「そ、そうなの?」
「しかし魔法で狩りというのは面白い趣向かもしれん。今回の案件が片付けば、試してみようと思う」
「案件? ああまた新しい改革案?」
ヘンリーが入れてくれた紅茶を口に含む。仄かな甘味がじんわりと広がっていく。アナリーゼの一番好きな味わいだった。
「いや、反乱が起きそうになっているからその対応だ」
「ぶーーーーーーーーーー!」
思いっきり口に含んでいた紅茶を吹き出す。
それを早く言え、とアナリーゼはたまらずツッコんだ。
反乱が勃発しかかっているという報を受けたアナリーゼは、直ぐに群臣を招集して評定を開いた。
三成にロート・ハレーを筆頭とした文官団の中に見慣れぬ男が混ざっている。
アナリーゼが三成にあれは誰かと尋ねると、自分が専属契約で雇った探偵のノアであると返ってきた。つまり彼が転生前のアナリーゼを調査した例の探偵なのだろう。
「ご報告します、三成殿。反乱を起こそうとしているのは、アガレス一門貴族であるルクレツィア・ヴァンダール子爵です」
ルクレツィアという女性名が示す通りヴァンダール子爵は女性である。
後継者が娘のみの場合、婿養子を迎え当主にするのが一般的だが、直系の一族以外を当主にするのに抵抗感があったり、その女子の才覚に期待してなどの事情で、娘に当主を継承することも決して少なくはない。ルクレツィア・ヴァンダール夫人もその類なのだろう。
「反乱の動機は三成殿の主導する改革に反対しているから……というのは理由の一つで、メインは自分たちの数々の不正の証拠を三成殿に掴まれそうになってるので、その前に三成殿を亡き者として口封じをしたいのです。死人は証言も弾劾もできませんからね」
「ご苦労」
ノアの報告に三成はなんの感情も見せずに頷く。
群臣たちは事前にここまで正確な情報を掴んでいるノアの手腕に舌を巻いた。
「探偵ノア、王都でも有名な探偵の一人だ。三成殿、よく彼を専属で雇えましたな?」
「報酬を払えば報酬分の働きをするというので、報酬を支払い雇っただけだ。特別なことはなにもしていない」
(本当かなぁ)
アナリーゼは疑問を抱いたが、三成は嘘を言っていなかった。本当に三成は報酬を支払っただけである。
ただし公爵家の奉行として得られる報酬と、アナリーゼから提供されたアナリーゼのお小遣いの殆ど全てをである。
「それで三成さん、どう対処するの?」
「俺は嘗て好機を伺う待ちの姿勢をとったことで、家康に力をつけさせてしまう結果を生んでしまった。なので俺はこういう連中はさっさと殺すに限ると思う。巧遅は拙速に如かずだ」
極端な意見に群臣たちがどよめいた。代表して三成と親しい――――わけではないが、職務上よく話すハレーが反論した。
「待たれよ三成殿。ヴァンダール子爵は一門の爵位持ちですぞ。反乱を企てているとはいえ、証拠もなしに問答無用で襲って問題になりませんか? 行動を起こし、言い訳のしようもなく反逆者となってから討伐したほうが無難かと愚考するが」
「殺した後で、無人の屋敷を叩けば良い。反乱の準備をしていたのだ。いくらでも埃は出てこよう」
「もしも巧妙に隠していて、出てこなかった場合は?」
「絶対に出てくる」
言外に三成は証拠が見つからなければ、証拠を作ると言っていた。三成のことを清廉潔白で融通の利かない官僚と思っていたハレーは、三成の権力者の懐刀らしい策謀家としての一面に冷や汗を流す。
「で、でも三成さん。いきなり殺すっていうのは……」
「奴らはこの三成を除くため動いている。生かしておけばこれからも俺を除くため暗躍するだろう」
自分と反逆者たちのどっちを選ぶのだ、と三成は目で訴えていた。
「うぅ……こんな『私とあの子、どっちを選ぶのよ』ってシチュは経験したくなかったわ」
アナリーゼは評定を一旦中断して、自室に閉じこもって四時間熟考する。
それでも三成に対する代案らしい代案が浮かばなかったので覚悟を決め、評議を再開させた。そして、
「……基本は逮捕、いい?」
「承知」
そう、許可を出した。
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