第10話 裁きと屁理屈
時は少し遡る。
エカテリンブルク村では一揆の指導者でもある村長のトレヴァーがある決意を固めていた。
「公爵から権限を引き継いだ公爵令嬢アナリーゼと石田三成って男の政治は真っ当で、食えない連中には食糧庫を解放して、当面の金も配っているって話だ。こうなりゃ一揆を続けることは意味がねえどころか、公爵領の民百姓にとって有害でしかねえ。俺は出頭するぜ」
トレヴァーがあげた白旗を見て、僅かな護衛と共にエカテリンブルクへ来ていたヘンリーはほっと一息ついた。
ヘンリーにとっては一揆が終わることもそうだが、なにより幼馴染がこの騒動に巻き込まれずに終われたことが嬉しかった。これでめでたしめでたしである。
「ありがとう村長。これで血も”最低限”しか流れない」
だがユメリアにとっては、そうではなかった。
「最低限って、ねえヘンリー! 村長は、村長はどうなるの!?」
「アナリーゼ様は血が流れることはお望みじゃなかったから、たぶん一揆の指導者だった村長を処刑して、他の参加者については減刑って形に収めるんだと思う」
それはヘンリーの想像に過ぎなかったが、正解だった。
ヘンリーは知る由もないことだが、三成は村長が自ら出頭してきた場合は、そういう風に沙汰を出すよう準備を進めていたのだ。
トレヴァーは微笑む。元より自分の命を捨てて決起した男だ。今更ジタバタするようなことはない。
「俺の命一つで皆が助かるんなら安いもんよ。アナリーゼ様は俺が一人で他の連中を扇動して、皆は詐欺師の俺に騙されただけって言おう。悪党は俺一人だけでいい」
「ま、待ってよ! 村長の言ってるようにすることが一番丸く収まるのは分かるよ? で、でも……なんとかならないかな!?」
「なんとかと言われてもなぁ。こればっかりは……」
ユメリアだけではなかった。一揆の参加者も非参加者もなく村人全員が悲愴な表情でヘンリーのもとへ殺到してくる。
「頼むヘンリーさん! アナリーゼ様にお願いしてはくれんかね!?」
「村長は私たちみんなのために戦ってくれたのよ!」
「そうだそうだ! 村長一人に責任を負わせたりしねえ!」
「村長が死ぬなら俺も死ぬぞ!」
村人たちは跪いてヘンリーに懇願してくる。トレヴァーは「お、お前ら……」と感動で涙を流していた。
この光景はトレヴァー・アイアンモアという男がそれだけ多くの人間に慕われているという証左だろう。もしアナリーゼが強硬に鎮圧してトレヴァーが戦死していれば、強い禍根を残したかもしれなかった。
「ヘンリー! 一生のお願い! せめて村長の助命嘆願だけでもアナリーゼ様に伝えて!」
敏いユメリアは村長の命を救うことが無茶だと頭では分かっていたので、助けてとは言わなかった。
ヘンリーは嘆息しつつ頷く。
「分かったよ、俺からアナリーゼ様に頼んでみる。だけど期待はしないで欲しい」
「うん、ありがとう」
そう言いつつもヘンリーは内心で頭を地面に叩きつけてでも、村長の助命を請おうと決めていた。
憎からず思っている幼馴染に頼まれたからではない。あれだけ多くの村人に慕われるトレヴァーという男を、ヘンリーもまた好きになったからだ。
そうして時は戻る。アナリーゼは任務を終え帰還したヘンリーを出迎えていた。
評定の場には三成は勿論、ハレーを筆頭とした文官たちも勢ぞろいしている。
「トレヴァー・アイアンモア村長は全ては自分が扇動したことで、責任も全て自分にあると証言しています。…………それとこちらは村民からの助命嘆願の署名です」
ヘンリーは老若男女問わず全ての村人の名前が記された署名をアナリーゼに手渡した。
同じ筆跡で書かれた名前が幾つかあるのは、文字が書けない村人のために誰かが代筆したのだろう。
「一揆の首謀者を称えるのは宜しくないことですが、トレヴァー・アイアンモアという男は気骨ある人物のようですな。ともかく彼を大々的に処刑して、他の参加者については死を免じ、一揆についてはこれで解決でいいでしょう」
ハレーの言葉に居並ぶ文官たちと、三成も頷く。だがこの誰もが丸く収まる決定にヘンリーが反論した。
「アナリーゼ様。都合の良いことは重々承知です。ですが! トレヴァー・アイアンモアの命を、どうか……どうか! お助け下さることはできませんでしょうか!?」
群臣たちは「気持ちはわかるが流石に無理だ」という目でヘンリーを見る。
どんな理由があろうと一揆は公爵家に対する反逆だ。従っただけの者はまだしも、首謀者すら処刑せず許したりしては、どうせ殺されないと高をくくってまた一揆を起こす者が現れるだろう。
そう、真っ当な者なら考えるところだがアナリーゼ・アガレスはまったくもって真っ当ではなかった。
「ね、ねえ三成さん……ヘンリーもこうお願いしているし、なにか助ける方法はないの?」
アナリーゼにとっての最優先は死亡フラグを破壊すること。そのためにも攻略キャラであるヘンリーの恨みを買うことは避けたいという事情があった。
だがそれ以上にアナリーゼ・アガレスに転生した少女は、人が死ぬのがたまらなく嫌なのだった。例えそれが会ったことすらない赤の他人だったとしてでもである。
「そうだな、ないこともない」
「本当!?」
純粋に公爵家のためを思えば、三成は断固としてトレヴァー・アイアンモアの処刑を主張していただろう。けれど今の三成はアナリーゼ個人に仕えているのであって公爵家に仕えているのではない。三成が第一とするのは、アナリーゼのデッドエンド回避である。それ故に三成は三成らしからぬ意見を出した。
「罪状からいってトレヴァー・アイアンモアに死刑宣告することは避けられない。だが死刑を宣告することと、実際に死刑を執行することとはまた別のことだ」
「ど、どういうこと?」
「裁判で死刑宣告だけしておいて、執行はせず牢に収容しておけばいい。そしてなにか吉事が起こったら、大赦でも出して死刑を免除してやればいいのだ。そうすればトレヴァー・アイアンモア一人を特別扱いしたことにはならないし、死刑宣告はしたわけだから法を捻じ曲げることにもならん」
三成の意見はもはや詐欺に等しかった。けれどこれにアナリーゼは全力で乗る。
「それよ! その案こそ私的にベストオブベスト! トレヴァー・アイアンモアに即刻死刑を宣告しなさい!」
「わ、分かりました」
アナリーゼの決定にロート・ハレーが頷く。その目はアナリーゼよりも、人情ある沙汰を出した三成に仰天しているようだった。
「………………三成殿。お口添え、ありがとうございます」
ヘンリーは三成に深くお辞儀をする。ヘンリーは三成のことが好きではなかったが、それで受けた恩を蔑ろにするほど不義理な男ではなかった。
そんなヘンリーに三成はそっけなく対応する。
「お前やトレヴァー・アイアンモアのためにしたわけではない。礼を言われるには値せん。感謝ならアナリーゼにしろ」
「無論お嬢様には絶対の忠誠をもって恩を返す所存です。ですが三成殿、貴方への御恩も決して忘れません」
こうしてアナリーゼ・アガレス最初の難所である、エカテリンブルク一揆は無事に収束した。
もし宜しければブックマークと、下の☆☆☆☆☆から評価を入れて頂けると大変励みになります!