Ⅱ
4
線路の両側には、どこまでも砂丘が続き、遮る物のない太陽が、強く地面を照り付けている。
列車の中は空調が利いていたが、熱せられた窓からは、うだるような外の暑さが伝わって来た。
焼け付く砂山を幾つか越えると、やがて私の目前に、打ち捨てられた村の廃墟が現れる。 村の入り口には、放射線委員会による警告の看板が立ち、その向こうには幾重もの有刺鉄線が張り巡らされている。
*
列車は寂れた商店街のアーケードの下を走る。
線路のの両側には、放棄された商店が立ち並んでいる。
ブティックの店先に立っているマネキンが、ボロボロに破れた服を着ながら、笑みを浮かべ、手を伸ばしている。
薬局の薬の瓶は、床に落ちて砕けている。床の上には、様々な色の錠剤が転がり、瓶から溢れた液体が方々で染みを作っている。
花屋の花は枯れ果て、肉屋の肉は腐って干涸びている。いたる所に放棄された自転車が転がり、乳白色のビニール袋が風に舞う。
散髪屋を示す円筒形の看板は、無人の店の前で、倒れながらもくるくる回って、三色の色を混ぜている。
アーケードの屋根は所々崩れ、そこから、眩い直射日光の光の柱が差し込んでいる。
*
アーケードを抜けると、そこに広大な農場が現れた。
砂漠の上にスプリンクラーが張り巡らされ、地平線の果てまで、作物の緑の列が続いている。
作物は、地面に並べられた人間の頭蓋骨を突き抜けて伸びていて、人間の背丈程の所に大きな赤黒い実を付けていた。
赤く染まった空の下で、顔色の悪い痩せ細った人々が、ふらふらしながら働いている。 防護マスクを付けて銃を担いだ、完全防備の人間達が、遠巻きに彼等の働きを監視している。
ここは刑務所の管理する農場で、凶悪犯が強制労働をさせられているのだ。
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AZ635。
砂漠地帯の多いエウロパでは、食糧を十分に確保するために、さかんに作物の品種改良が行われている。
過去にも政府の指導で様々な植物の改良が試みられたが、主に味の問題から、そのほとんどが市場に受け入れられるなかった。
その中で、この赤黒い大きな実を付ける植物は、栄養価が高く、安価で、味もそれほど悪くないため、そう言った新植物の中ではもっともましな作物だと市民に評価れている。 しかし、この植物は放射能の高い条件でしか、大きな実をつけないと言う難点があった。 そこで政府の食品局は、放射線委員会の協力を得て、こうして人工的に放射能の強い場所を作り、大規模な栽培を行っているのだ。
*
強制労働に従事している男が、立ち上がって列車の方を睨んでいる。
列車の外壁は、放射線を防ぐ素材で作られているので安全なのだが、野外にいる彼等は、ここに送られて半年位で死んでしまう。
エウロパでは、随分前に死刑が廃止された。 その代わりに考案されたのがこの刑だ。
残酷なような気もするが、最後に人の役に立つ形で死んで行くのだ。
電気椅子で無駄に死ぬよりは、社会にとってましな最後なのかもしれなかった。
それに、ここにいる彼等は死んだ後も役に立つのだ。
この植物は、カルシウムを栄養源として成長するので、彼等の屍は肥料として畑の中に埋められる。
頭蓋骨だけが地面に置かれるが、それはこの植物の芽が、頭蓋骨のカルシウムの匂いを感じて、地上に向かって伸びるからだと言う事だった。
*
農場の外れに、大きな黒い十字架が建てられていて、隣にある石碑に祈りの文字が刻まれている。
囚人の家族は、ここから死んだ身内の為に祈るのだと言う。
そして、彼が身を挺してエウロパの食糧事情の改善に役立った事に誇りを持ち、政府が彼に名誉回復の機会を与えた事に、感謝する事になっているのだ。
凶悪犯人がこう言う形で死ぬ事は、本人はともかく、周囲の人間にとっては非常に救いとなっているのだった。
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振り返ると、有刺鉄線の遥か彼方にある農場の上空には、白い雲が湧き上がり、綺麗な虹が掛かっていた。
5
線路は砂丘を過ぎ、青く見える岩山へ向かって伸びている。
それに伴って、風景は乾燥しきった砂の世界から、序々に緑の多い景色に変っていく。 列車は、大きな川に掛けられた銀色の鉄橋を、轟音を上げて過ぎると、次の停車駅に止まるため少しづつ速度を落とし始めた。
川沿いに作られた線路のすぐ脇には、山の急斜面が迫っている。
斜面には、張り付くようにおびただしい数の小さな水田が開かれている。
水田は折り重なるようにして上へ向けて伸びる。
やがて、山と川の間に、少し平な場所が開けてきて、民家が見えるようになって来ると、列車はブレーキ音を軋ませた。
列車は駅に止まった。
駅とは言っても、線路の脇にコンクリートの盛り上がった物を作っただけの粗末な駅だ。 私が窓からのぞくと、籠一杯の野菜を背中に背負った女が、三人ばかり乗り込んでくるのが見えた。
今日収穫したばかりであろうその野菜は、色鮮やかで、とてもみずみずしく見える。
女たちは毎日街にいって、野菜を売っているのだ。
乗り込んだ女達は、私の後ろの座席に一人づつ離れて座った。
女達が籠を背負って私のそばを過ぎると、柑橘系の果物の物らしい匂いが、私の鼻を捕らえた。
*
列車はしばらく停車したが、他に乗る人はないらしく、車掌が再び重い扉を閉じた。
扉が閉じられる。
列車はゆっくりと発進する。
*
駅を少し過ぎた所で、窓の外に鎖で縛られた虎男を見付けた。
村の男が捕獲したのであろう。
虎男は木の幹に縛られ、十人以上の男達に取り囲まれている。
男達は撲殺しようと、木の棒で何度も虎男を殴っている。
独自の言語を話す虎男は、血だらけになりながら、何かを叫んでいるようだったが、私の耳には届かなかった。
男達は構わず、虎男の体を力任せに殴り続ける。
虎男はもともと森の奥地に生息していたが、人間の農地開墾により、森での動物の繁殖が減り、獲物が少なくなったため、村にまで降りて来るようになった。
そして、食糧として、村の子供を襲うようになったのだ。
肉食の虎男の性格は狂暴だが、本来、殆ど人を襲う事などなかった。
人間の人口が今のように増える前は、住み分けがなされていた為、あまり出会う事もなかったと言う。
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私は、しばらくむごたらしい虐殺を眺めていたが、列車が速度を上げると、その光景も後方へと流れていった。
村を過ぎると再び斜面が迫り、段々畑の続く景色に戻っていった。
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山の中腹辺りで、白装束で顔まで覆った人々の列に出会った。
彼等は細い山道を本堂に向かって歩いているのだ。
私は彼等の目的地である山の上の方を眺める。彼等の進む先には長い石段があり、木立ちの間から、たくさんの赤い鳥居が覗いている。
その遥か先に、本堂の青い屋根が見えた。 彼等は最近勢力を拡大しつつある宗教団体で、機械文明を異端とする独自の教義を持っている。
そのため、彼等はこの深い山の奥で自給自足の生活を営んでいるのだ。
もちろん、太陽も異端とされる為、彼等は昼間、白装束で皮膚の露出避けた奇妙な恰好をしているらしい。
議会にも議員を送り込んでいて、事ある度に彼等の論理を押し付けようとする。面倒な集団でもあった。
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列車は唸りを上げて山を登り続け、雲の向こうにある首都を目指した。
6
列車は緑の高原に引かれた軌道を、真っ直ぐ進んで行く。
峠に近付くにつれ、標高が高くなっていく。 ちぎれたような小さな雲が風に流れ、時折、白い霧となって周囲を覆った。
緑の草原では、羊飼いが羊の群れを追っている。
彼等は移動する羊の群れを追いながら、高原に点在する小屋を移動するのだ。
遠くの丸い小山の斜面に、大きな羊の群れが塊となって移動しているのが見えた。
やがて、列車は峠に差し掛かる。列車は峠の駅を目前にしてゆっくりと速度を落とし始めた。
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車掌が車両の扉を開けて入って来た。
「次の停車駅で、列車とすれ違いますので、しばらく停車いたします」
そう言って、彼はゆっくりと通路を進んで来る。
「停車時間はどの位かね」
彼が横を通る時、私は彼を呼び止めて聞いた。彼は上着の胸ポケットを探り、小さな手帳を開いた。
「8分間となっています」
彼はそう言って手帳をしまった。「まあ、時刻表によるとですがね。つまり、向かい側から列車がやって来て、反対側に下って行くまで、この列車は峠で待たなくてはいけないのです」
「ありがとう」
私が言うと、車掌は満足そうに頷いた。
列車が、時刻表とはほとんど無関係に運行されているのは、常識となっている。つまり彼にも、すれ違う列車がいつくるのかは分からないのだ。
それは8分後かもしれないし、80分後かもしれないし、あるいは8時間後なのかもしれない。それでも、正面衝突をしたくなければ、いつまでも待つしかないのだ
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峠の駅で列車を降りると、高原の冷たい空気が頬に触れた。
二つの線路に挟まれた真ん中に、駅のホームがあり、線路の向こう側に小さな駅舎が立っている。
ホームに立てられた、駅の名を示した看板は、露に濡れて所々錆び付いている。
その他にも、木のベンチや時刻表や、全ての物が露に濡れている。
私は階段を下りて線路を渡り、駅舎をくぐった。駅の周囲にはほとんど何もない。
駅の周りには広い草原が開け、彼方の峰の上に、白い万年雪が白く光っている。
視線を遮る高い木などはなく。遥か遠くまで見渡す事が出来る。
眼下には小さく首都の町並みが見えた。
首都は死火山の、巨大なカルデラの中に築かれている。
周囲を閉じられた地形の為、空気の流れがあまりなく。白く霞んだスモッグが街の上空に澱んでいるのが見えた。
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私は駅の中にあるコーヒーショップに入り、線路の見える窓際の席に座った。
先ほど村で乗り込んできた女達が、駅のベンチに腰掛けなにか話し込んでいる。
車掌もホームに下りて、運転席にいる運転手と談笑していた。
私はのどかな草原の景色を眺めながら、薫りのいい紅茶を傾けた。
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予定の時間を遥かに越えて、街の方から列車が登って来た。
銀色の車体が彼方に光り、少しづつ大きくなっていく。
私は席を立って、駅舎に戻った。
列車は轟音を立てて駅舎を揺らす。
列車がレールの継ぎ目を通る度、重たい金属音が響く。
列車は合図の音を鳴らし、猛スピードで峠を通過していった。
*
列車が過ぎ去り、私は再び線路を渡ってホームに登る。車掌は女達に早く乗るように合図をした。
私が座席に戻ると、車掌は重い扉を再び閉ざした。そして、運転手に合図を送ると、列車はゆっくりと峠を後にした。
7
線路は、急な岩場の間をうねるようにして下っていく。
列車は右や左にカーブしながら、転がるように走る。
時折、大きなブレーキ音を響かせ、慎重に減速を行いながら急なカーブを通過していった。
やがて、線路は針葉樹の森に入り、首都に続く舗装道路と並んで走る。
道路には街へ向かうバスやトラックが連なっていて、首都が近い事が分かる。
列車が森を抜けると、なだらかな丘の上の、住宅地が現れた。
緑の芝生の上に、ゆったりとした白い家が連なっている。首都に暮らす人々の中でも、比較的恵まれた人達が住む地区だ。
列車は減速しながら、住宅地の駅を通過していく。
*
渋滞した高架道路や、その下に築かれた違法建築が並ぶスラム地域をすり抜けながら、列車は進んでいく。
スラムでは粗末な恰好をした子供達が走り回り、失業中の男が酒瓶を抱えてひっくり返っているのが見える。
たくさんの洗濯物をロープに干している女。 煙草をふかして屋根から列車を眺める老人。 雑な作りの家やビルが所せましと乱立している。
そんな雑然とした街から、列車はゆっくりと地下に潜って行った。
*
暗いトンネルの中を、列車は速度を上げながら進んで行く。
壁に埋められた白い照明が、次々に窓の外を通過していく。
やがて列車はトンネルの中にブレーキの音を響かせ、光の満ちた中央駅の一番端のホームに滑り込んだ。
女達が籠を抱えて立ち上がる。
列車が完全に停止するのを確認して、車掌はゆっくりと重い扉を開いた。
「さあ、どうぞ」
私はジャケットを着て、ブリーフケースを持ち、女達に続いて外に出た。
*
溶岩の大地をくり抜いて作った中央駅の壁には、スポンジのような小さな穴がたくさん開いている。
所々に口を開けた洞窟の横穴から、地底を駆け抜ける冷たい風が流れ込み、まるで冷蔵庫のような寒さだ。
その為か、中央駅に着いた人々は、あまり長くここにとどまろうとはせず、足早に目的地に急いでいく。
私もジャケットを着込み、更に下を走る地下鉄に乗るため、地底に伸びるエスカレーターに乗った。
*
地下鉄のホームには既に停車中の車両があった。
列車にはほとんど乗客がいない。
私が座席に着いてしばらくすると、圧縮空気の音と共に扉が閉まった。
銀色の列車はゆっくりとホームから滑り出していく。
*
数人の人々が乗り降りをした後、三つ目の駅で私は列車を降りた。
この駅に降りたのは私だけだった。
ここで降りる事の出来るのは、特別な許可が与えられた人だけなのだ。
私は身分証明のカードを取り出し、傍らにある機械に差し込んだ。
しばらくして、カードが返ってくると、上に伸びるエスカレーターのゲートが開かれた。
*
エスカレーターは地上に向けて、果てし無く続いている。
硬い岩盤を削って作った四角い斜孔が一直線に伸びていて、エスカレーターはその中をゆっくり進んでいく。
実際にどのくらいの長さなのかは良く知らない。
エスカレーターの先の方は白く霞んでいて見通す事も出来ない。
エスカレーターの壁面の岩石には、様々な化石が埋まっている。
壁面は時代によって色の事なる地層となっている。
エスカレーターは遠く遥かな古代から、現代まで、ゆるやかな時間旅行をするかのように、積み重なった歴史の中を進んでいく。
最初は何も無かったのが、やがて小さな植物の姿が見られるようになっていく。
植物は進化して巨大化していき、やがて海中生物の姿が現れる。
様々な姿に進化した後、陸上生活の出来る者が現れ、陸上動物が進化していく。
激しい淘汰の末、現在の生物に近いような姿になっていく。
現在のように人間がここに住み始めたのは、ごく最近だ。
それでも、首都の下には五層にも及ぶ村や街が埋まっている。
ある時代は乾燥でここを追われ、ある時代は戦いでここを追われた。
火山の噴火で流れた溶岩に溶けた時代もある。
しかし、もっともおぞましいのは、前の都市が滅んだ地層だ。
戦いで滅んだこの時代は、すべてが緑色の薄いガラスのような地層に集約されている。 このガラスに、建物も人間も都市の全てが溶解しているのだ。
一瞬にしてこうなったのだと言う。
*
とても長い時間をかけて、エスカレーターは王立議会の一階に辿り着いた。
巨大なドームの下にある空間には、一面緑の絨毯が敷かれている。
私は銃を担いだ衛兵に身分証を見せ、中央の階段を登った。




