第二十四駆
「どうだい少年、今日のコンディションは?」
海の日を含む三連休の初日の土曜日。
私と少年、そして檀家の田中さんが彦根港に集まった。
少年はもちろん本番で使う自転車で、私は今日のために知り合いの自転車屋に無理を言って電動自転車を貸して貰った。そして田中さんが大きな車を出してくれた。
重い荷物や万が一の時に自転車二台を積めるくらいの車を田中さんが自家用車で持っていて、たまたま都合があったので同行してくれる事になった。鈴木さんも来たがっていたが急な仕事で来られなくて悔しそうだった。
そんな状況で私は自転車に乗る前のアップをしている少年に声をかけた。少年は笑顔で
「体調は万全です。いざ始まるってなると不安な気持ちにはなりますけど……」
「少年、楽しんでいこう。
今日は下見だからね。ビワイチ完走ができなくても今日は良いんだよ。大事なのは練習でできなかった事を更に鍛えて本番で同じミスをしない事だからね。
今日は天気もとても良い。雨の心配もない。あっ、熱中症の危険はあるから絶対に無理しないで体調が悪かったり足をつったりしたら直ぐに言うんだよ。
怪我したりするのが一番ダメだからね。」
「わかりました。住職も気を付けてくださいね。」
「まぁ、私は電動だしね。疲れたらすぐに田中さんに拾って貰うよ。」
「このイヤホンみたいなので会話したりできるんですよね?」
「ああ、何か問題があったり暇だったら話しかけてくれて良いよ。私も声をかけるし田中さんとも繋げておくよ。よし、そろそろ時間だね。
本番当日と同じ8時ちょうどに出発するよ。
たぶん私は遅いから置いていってくれて大丈夫だからね。」
「わかりました。」
「休憩所が近くなったら連絡は入れるし、無音で走るのが辛かったら音楽とか聞いてても良いからね。」
「はい。」
少年が返事をして、腕時計のストップウォッチ機能に手を向けた。私も自分の時計を見ながらストップウォッチ機能の準備をする。時間の計測は田中さんもしてくれているのでおおよそズレが無いようにと計画している。
「よし、じゃあカウントダウンするね。
10秒前…5,4,3,2,1スタート。」
私の掛け声ととも「ピッ」という電子音がなり少年が勢いよくスタートした。今日は二人きりだからスムーズに出発できたが当日はたくさんの人が並んだ状態からスタートするので最初の位置取りやスタートダッシュの勢いも考えないといけない。マラソン大会とかでスタート直後に周りの人とぶつかったり足を踏まれたりするのと同じような事はきっとこの大会でもあり得る。
他の参加者の隙間をぬいながら自分のペースをしっかりと作れるかという所もスタート地点の課題としてはありそうだ。そんな事を考えているとイヤホンから田中さんの声がした。
「住職、考え事も良いけど少年がどんどん離れてるよ。
追いかけて!」
「了解!」
私は少し急ぎ目でスタートダッシュをした。少年は順調に走っていて確かにどんどんと離れていく。
小さくなっていく少年の背中を誇らしく思いながら私はあれに追い付けるのか?しっかりと最後まで走れるのか?と不安になった。ここで私は先ほどの自分の言葉を思い出した。
『楽しんでいこう。』
そうだ、私は完走が目的じゃない。少年と共に走り、彼の今後の課題を見つける事が目的だ。
そこに思い至った私は少年に追い付くためにペースを上げたのだった。




