第十三駆
「昔話ですか?」
「まぁ、私のではないけどね。」
「誰のお話なんですか?」
「真言宗の開祖である弘法大師こと空海様のお話だ。
本名を佐伯眞魚といい、現在の香川県の郡司の子として生まれたと言われている。
14歳で平城京に行き、桓武天皇の息子である親王の家庭教師をしていた叔父の元で学んだ。
18歳になると当時は一部のエリートしか入れなかった大学寮という今で言う国立大学のような所に入り学んだ。
19歳になると仏教を学び山林修行を始めた。
ここから24歳までの正確な情報はあまりないとされている。その間、空海様は全国を周り修行されていた。
幾多の苦難の中で挫折しそうになった事もあるらしい。
そんな時に訪れたのがこの摺針峠だと言われている。」
「この峠ですか?」
「そうだよ。
青年僧だった空海様は、修行の途中でこの場所を訪れた。その時に目に入ったのは老婆が石に斧をこすりつける姿だった。青年僧は老婆に尋ねた。
『いったい何をしているのか』と。老婆は答えた
『一本しかない大事な針が折れてしまったから、斧を針にするために石で磨いでいる』のだと。
木を切ったり、薪を作るための斧だったとするとそれはかなりの大きさがあり、それを針の大きさまで磨くためにはかなりの時間と労力が必要だ。
重い斧を老婆が持ち、石にこすりつけるのもかなり大変な事だっただろう。
青年僧はそれを思うと、自分の修行も同じなのではないかと思った。己の修行の未熟さを恥じてより一層の修行に励んだと言われている。
その時に空海様が詠んだ歌が
『道はなほ学ぶることの難からむ
針を斧とせし人もこそあれ』
というものだ。
そうして修行を続けた青年僧は、世間に認められ遣唐使となり、中国に渡り更なる学びを重ねて日本に戻った。
そして現在の和歌山県に真言密教の金剛峯寺を作り、その教えが現在にも伝わっているわけだ。
これは挫折を乗り越え大成した人の話だよ。
生まれが豊かだったとしても、どんなに凄い人に師事しても挫折は誰にも訪れる。
少年が挫折するのは、少年に足りないものがあるわけではなく誰もが通る通過点なんだ。
ここを越えた所に成長した自分と出会えるんじゃないな?」
「越えられますか?」
「少年が望むなら道はいつでも目の前に続いているものだよ。」
「ありがとうございます。」
「そうだ、空海様が植えたと伝わる杉の木を見に行こう。摺針明神宮のしめ縄が巻かれてる大杉がそうだと伝わってるだよ。ちなみにさっきの和歌もその若木を植えた時に詠まれたもので、この逸話からこの峠が摺針峠と呼ばれるようになったと言われてる。」
「凄い人だったんですね空海という人は。
僕もそんな人になれますか?」
「どうだろうね。すぐに功績を認められる人もいれば亡くなってから功績を認められる人もいる。
空海様も死後80年を経て醍醐天皇から認められ、『弘法大師』の名を与えられたんだ。
だから、空海様は自分が弘法大師と呼ばれているなんて全く知らないわけだからね。
認められたいと願うなら努力精進を続け、誰かの悪い所ではなく良い所を口にし自らに取り込む事が大事だろう。まぁ、誰かの悪口を言ってるような人は人に好かれず語り継がれるような器になれないからね。」
「な、なるほど。」
「よし、休憩がてら杉を見に行こう。」
私は少年と共に歩みだした。




