第十一駆
お寺というものは、よほど観光資源的な要素がなければ人が来る事もない。お墓参りやお墓の掃除に来たり花を供えに来る人がいるくらいだ。
だから、夕方からとはいえ少年が来ているのは非日常な事だ。少年が来るようになった事で、少年を気にする檀家さんが様子を見に来たり聞いていったりと人が増えたように感じる。
昔はお盆の時やお彼岸にお祭りをしたりもしていたが、今では金銭的な理由や檀家さんの減少でそこまでの物的、人的な余裕がないために行わなくなった。
つまり、何が言いたいかというとこのお寺の昼間の時間に人がいるのは珍しいという事だ。
お参りに来たわけでもお墓の方に行くわけでもなく、その人は少年がいつも自転車のトレーニングをしているあたりを眺めているだけだ。
「こんにちは、そちらで何をされているのですか?」
私はしびれを切らして直接聞いた。
四十代くらいの女性で身なりもしっかりとしているので不穏な事を考えているようには見えなかった。
ボーっとしていたからなのか何か考え込んでいたからなのか私に声をかけられるまで私の存在に気づいていなかったようだ。
「あっ、すみません。」
女性はそう言って帰ろうとしたので、
「何か考え込んでおられたようですが、良ければお話を聞かせて貰えませんか?坊主なんてそれくらいしかできませんが。」
私はできるだけ冗談まじりに話している感じで言った。
「…それでは少しお伺いしたいのですが…」
女性は真剣な表情で切り出した。
「何でしょうか?」
「こちらで高校生くらいの子供がお寺の境内を自転車に乗って走り回っていると聞いたのですが本当ですか?」
私は答えに困った。確かにお寺の敷地内で自転車をこぐ練習をしているからこの人の言うことにも誤りはない。
だが、この人の言い方ではヤンキーが校庭にバイクとか車で侵入して騒いでいるような批判的なニュアンスがある気がする。私の沈黙を肯定ととらえたのか女性の顔が青ざめた気がしたので、言い方を考えて
「まぁ、確かに走ってはいますが別に迷惑行為をされてるわけでもないですからね。」
「じゃ、じゃどう言うことなんですか?」
女性が食い気味に聞いてくる。
「9月に自転車の大会があるでしょう?
少年はそれに参加するために自転車の特訓をしているんですよ。私はまぁ、少し速く乗れるくらいの素人だったんですが、彼にコーチを頼まれましてね。
それでお寺の敷地内で練習したりしてるわけです。」
「そうでしたか。でもそれは住職のお仕事じゃないですよね?」
「そうですね。でも、頼られたら何か力になりたいと思うものじゃないですか。」
「でも…それでも不公平になりませんか?
住職が誰か一人に肩入れするような事は…」
「う~ん、他に大会に参加したいと言う人がいませんからね。複数人がいるなかで少年だけに指導しているなら不公平とかの話になるかもしれませんが、いないので問
題ないでしょう。もし他に参加したい人がいて私に指導を受けたいと言う人がいればお連れください。みんなでやった方が楽しいかもしれませんしね。」
「そうですか。もし指導をお願いするならお礼はどれくらいでしょうか?」
「いやいや、私はプロではないですからね。
お礼なんて要りませんよ。」
「でも、さすがにお時間を使っていただいているのですから…」
「そうですね~、もしもお金が払いたいとかそんな話になるなら、賽銭箱に百円を入れて貰いますかね。
それで十分ですよ。」
女性はあまり納得していないような顔だったが改まって言った。
「そうですか。指導を頼みたい人がいたらそう伝えときますね。」
女性はそのまま帰っていった。
まぁ何となくあの人のしたい事も心配していた事もわかるが、今は特に何もしないでおこう。
少なくとも少年には黙っておこうと私は思った。




