第08話 下山
僕達は山の主と呼ばれた大熊を倒し、亡骸はそのままに、体毛を一部だけ切り取った。
よく倒せたものだと思う。化物みたいな大熊だった。
あの苛烈な攻撃にどんぴしゃでカウンターを食らわせたガボの動きは、凄かった。
僕も訓練を続ければ、いずれはあれくらい上手に剣が使えるようになるのだろうか……。
そして翌朝。
まだ右腕の痛みは残るものの、僕たちは再び竜廊山を登った。最初に登った時よりも、随分スムーズに登れたものだと思う。
「ご苦労様だったな」
竜は全部見ていたのか、山の頂で僕らを待っていた。
「あの熊は手負いでな。不必要な殺傷を覚えてしまった故に山の均衡を脅かしておった。これでよい」
……人間がやったんだろうな。
竜は黄色の金属片を取り出して、僕らに差し出した。
「そらガボよ。これをどうするのだ?」
「――それでは早速、有り難くいただくとしよう」
ガボは金属片を手で受け取ると、パカっと口を開いたように胴体を割って、それを体内に放り込んだ。
バリバリッボリボリッ
「た……食べた」
おおよそ生物の食事とはかけ離れた様相ではあるものの、独特な咀嚼音を出しながら、ガボは金属片を体内に取り入れた。
そしてガボの身体はまばゆい光に包まれた。
「パンパカパーン!ガボはレベルアップだ!」
光が収まると、ガボは上機嫌でなにやらポーズを取っていた。はぁ、レベルアップとね。強くなったって事でいいんだろうな。
「ガボ、ちょっと身体大きくなった?」
「割と反応薄いやつだな……。まぁ、僅かに大きくはなったな。だがそれ以上に、構成組織密度が飛躍的に上昇しているから、これで2箇所同時にユニット展開出来るようになったぜ!」
「え、そうなの!?やったぁ!」
これで一気に戦闘の幅が広がるだろう。
「あの長年オーパーツだった金属片を、まさか喰う奴が現れるとはな……」
「じゃあな、ヴェルグロノス。もう1つの金属片も、亡くさずにとっておいてくれよ。必ず回収にくるからな」
そう言ってガボはニヤリと笑った。
そういう挑戦的なことは言わないで欲しいけどね。
「……あぁ、また来い。ゆっくりと爪でも研いで待っていよう」
どうか僕たちみたいな米粒のことは忘れておいてください。
「じゃあサツキ、帰りは双脚ユニットを試してみろ。空までは飛べないが、数秒ならホバリングが出来るようになったぞ」
「ホバリング?」
「あぁ、宙に浮かべるってことだ。重心を傾ければ移動もできる。どんなに高いところから飛び降りても安全に着地できるぞ」
「なにそれカッコいい!」
「ふふん、だろう」
それでは早速試してみよう。
「装着!」
両脚がユニットに覆われると、物凄く安心感がある。どこへでも飛んでいけそうだ。
ただ、上半身が貧相なぶん、ギャップが目につく。
「久方ぶりに心躍った礼だ、サツキ、これも餞別に持って行け」
そして竜は今度は僕を手招くと、大きな爪の先にひとつまみの宝石のようなものをくれた。僕の手のひらいっぱいの大きさのその石は陽光を受けて七色に輝いている。これは相当の逸品だろう。
「売れば路銀くらいにはなるだろう。それで装備を整えるがいい」
「竜帝様、ありがとうございます!」
僕はしっかりと頭を下げた。
怖いけど、とても人格者な竜だ。
でも絶対に戦いたくはないから、もう二度とここへ戻ってくることはないだろう。
ないようにしたい。
そして僕は後ろに振り向くと、勢いよく山の頂から飛び降りた。
宙に投げ出される身体。
浮遊感と共にみるみる落ちていく。
でもガボが大丈夫と言ったのだから、大丈夫なのだろう。
何百メートルも下の地面に激突するスレスレに、両脚のレッグユニットから無色のブレスのようなものが噴出され、僕の身体は大幅に減速した。
そしてストンと、ちょっとジャンプした程度の柔らかい衝撃が地面への着地を知らせた。
「これ、クセになりそうだ!」
「あぁサツキ、新しい自分に存分に慣れておけ」
僕は岩山から次々と飛び降りては、軟着陸を繰り返した。
そして標高3キロメートルはあろう雄大な山から、今回は数分で下山を果たしたのだった。