第06話 竜との約束
「ほう……お前はあの村の15歳になり立ての子供で、得たばかりの召喚獣を連れてこの山で修行をしていたということか」
「は、はい、そうなんデス……」
こっそりと後退していたのは目で咎められて、僕は今かなりこの巨大な白銀竜の近くに立たされている。
ガボ曰く、地面に足さえついていれば緊急回避は可能だという。信じてるよ……ガボ……。
「その召喚獣とやらは……もしや、お主のその右足か?」
「はい、あの、わかるんですね……」
「あぁ。なにやら、面白い気配がするものでな――。ふむ……小僧を守護する召喚獣よ。竜族の誇りにかけて決して小僧を害することはせんから、姿を見せてはくれぬか」
ガボが姿を見せるということは、僕が無防備になるということだ。
だが断ればどうなるか――僕には判断ができなかった。
(サツキ……いきなり危ない目に合わせてすまないな。だが俺を信じて待ってくれ)
そう言って、ガボはややあって、彼自ら装着を解除した。
「やぁ竜さん初めまして、俺がコイツの召喚獣であるところの、ガボだ」
「儂は銀竜族の長である、竜帝ヴェルグロノスだ。お主、ただの召喚獣ではあるまい?」
「分かるのか、さすが最強の種族と言われるだけあるな」
「これほど強い意志と知性を持った召喚獣に出会った事がないものでな。神々の差金なのか、はたまた……。――問おう、ガボよ。お前のその強い意志の先にある目的はなんだ」
「……『意志』があるのは確かに特殊だろうが、目的自体はありふれたものだよ。討伐だ。魔王のな」
「ほう……魔王のな………………そのナリで?」
途端に竜が脱力した。
えぇ、えぇ、あなたの方がうちの召喚獣よりよほど現実派です、やっぱ無理ですよねー。
「俺もサツキも、もっともっと強くなる予定だ。ところでヴェルグロノス、こちらもあなたに聞きたい事が3つあるが、いいか?」
「ム……よいぞ」
「ひとつ、あなたは今、何歳だ?かなりの最古参とお見受けするが」
「……フム、真面目な問いのようだな。お主らでいうと、産まれて千年程だろう。魔王は我が産まれた頃とおそらくほぼ同時期から存在した。それでよいか?」
いきなりひと、じゃなくて竜だけど年齢聞くとか、ガボ何がしたいんだろう……。頼むから怒らせてバクっだけはやめておくれよ……。
「あぁ……ありがとう。次だ。この山の魔物を倒しているのはあなたか」
「聡いな。我は奴らが大嫌いでな。この山では見つけ次第駆逐しておる。奴らは突発的に生まれ出るが、特有の気配を発するでな。見つけるは容易い。これまでに殺った数は100は下らんだろう」
「なるほどな。合点がいったよ。では最後だ。俺たちが魔王を倒せるまで成長するには、どうやら特殊な金属が必要なようなんだが、持ってないか」
それを聞いて竜は、少しつまらなさそうな顔をした気がした。
「そうか、お前たちがわざわざここまで来た理由はそれか。……残念ながら我が自慢の竜の秘宝は金属ではない。我が持っているのは、これだけだ」
そう言って竜が取り出したのは、3枚の薄い四角形の金属片だった。1枚は青色で、2枚は赤色だが片方は不気味な赤黒い光を放っている。
「これらはいずれも魔物を倒した際に得られたものだが……赤く光ってるものは、かつてこの地域一体を支配し血の海に変えていた、大魔獣と呼ばれた程に強大な魔物を屠った際に得られたものだ。捨て置くにも気味が悪くて持っておるが、お主これらが何だか分かるのか?」
「――――」
「……ガボ?」
急に無言になったガボに僕は声をかけた。
「あぁ、すまない考え事をしていた。それが何かは俺には分からない。だがどうやら、俺のパワーアップに必要なのはその赤い色のやつで間違いない。なぁ竜よ、それを譲ってはくれないだろうか」
「フン、譲れ、とはまた、大胆にものを言うものだ。今のお主は吹けば飛んでいきそうな、矮小な存在なのにのぅ」
ガボの返答が気に障ったらしい。竜はギロリとガボを睨みつけると、空に向かって勢いよく火焔の息を吐き出した。あんなのを直接くらったら、僕は骨すら残らないだろう。
辺り一体が熱気に包まれ、息がしづらくなる。
やばいガボって歯に衣着せない言い方というか、割と遠慮がないところあるから。
「あ、あの!すみません竜帝様、僕らに出来ることなら何でもしますから!それでダメならキッパリ諦めますので、何卒無礼をお許しください!」
僕は精一杯の大声を竜に向けて、そして地に頭を擦り付けて謝った。
「お、おい、サツキ」
「いいから君も謝って!3つも質問しておいて大事に保管してあるものをクレクレだなんて虫が良すぎるでしょ!」
「そ、そうか。すまない、あいや、すみません」
どちらが主従か分からない僕らは、共に竜に頭を下げた。
どれくらいの時間が経ったかは分からないが、ブレスの放出は止まった。
「……小僧、頭を上げなさい。別に怒っとりゃせんよ。ちょっとした交渉をしよう」
顔を上げると、竜は確かに平静だった。
「ガボ、お前は魔王を倒すとかぬかしおったな、正気か?あいつはワシら竜族が束になってもついに討伐仕損なった相手ぞ?」
「あぁ、今はとうてい無理だがな」
「いや絶対無理だって」
すかさず的確なツッコミを加えておく。
「妙な主従があったものじゃ……。まぁよい、では足がかりに、黄色の金属片はくれてやる。ただし、お前がこの山の主を倒してきたら、じゃ。顔に傷のある大型の熊じゃ。色々あって少々、凶暴になりすぎた故な」
あの巨大黒熊のことだろう。
「もう一つは?」
とすかさずガボ。
「ち、ちょっとガボまた!」
「小僧よい。クク、誘いに乗ってみただけだな。残る金属片はいわくつきでな、ちょっとはそっとではやれん。したがって、そうな……いつかお前たちがここに帰ってきてワシと一騎打ちで勝てたなら、その時くれてやる」
「よし、忘れるなよ!」
「その自信はどこから来るのさ!」
「あぁ、楽しみに待っておるよ」
かくして寿命が一年ほど縮まった気がしたが、人生初めて出会った竜との邂逅を経て、何とか僕たちは生きて下山に成功したのだった。
……ん?山の主を倒したら、また登るの?