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第05話 修行と竜

 家が完成してから、ひと月ほどが過ぎた。

 魔王うんぬんの話は触れたくもないのでひとまずは放っておくことにした。ガボの人違いとか、早とちりの可能性もあるし。

 あれから、家づくりに使っていた時間は全て修行に割り当てられた。


 ガリガリだった身体は、イノシシや川魚などの良質な肉をふんだんに摂取して朝から晩まで鍛錬に時間を費やした結果、見違えるほどに筋肉がついた。人間、変われば変わるものだ。


 今は、山の上層で狩り尽くしてしまったイノシシに代わって豊富に存在するシカを狩るために、レッグユニットの鍛錬中だ。

 腕全体を密に覆っていたアームユニットと違い、今は腰から足先までを薄く覆う流線型のフォルムとなっている。あくまで右足のみではあるが。

 ただし強化された脚力は凄まじく、一歩地面を蹴れば、身体は裕に10メートルは滑空する。

 だから問題は着地だ。

 生身の足ではいくら鍛えても、ごく一瞬だけだとしても、衝撃には耐えられない。だからショックを吸収するアブゾーバーが左足関節のみに装着されている。

 地面に左足が触れた瞬間、アブゾーバーが低く唸って衝撃の大半を流し、磁性流体の再配置とやらにより僅かな時間ではあるが方向を微調整するだけの余裕が生まれ、また右足が大きく地を蹴る。


 (シカの群れに追いついた!)

 (いいぞ、蹴りで仕留められるか?)

 (やってみる!)


 追いついてしまえば無理な跳躍も必要ない。

 僕はなるべく歳を経たであろう一頭のシカの首筋に手を伸ばしてつかまった。


「ピー!」

「ごめんね」


 後ろ足を暴れさせるシカの側頭部にナイフの柄を強く叩きつけて、軽い脳震盪を起こさせる。

 僕は左足で地に立って、右足で思い切りシカの首筋を蹴り上げた。それでシカはすとんと崩れ落ちた。


 鹿の肉はイノシシほどの脂味はないが、クセがなく淡白な味わいで、これまたとても美味しかった。




 剣の鍛錬は、ナイフで削って作った大きな木刀を使って行っている。なぜ武器がナイフなのに剣を練習するのかとガボに聞くと、いずれ剣を用意する予定だからだそうだ。

 ガボは基本的には彼単体では非力なのだが、獣の爪のような刺又を装備して、頑張ってコーチ役をしてくれている。

 カン、カンと、互いの武器が打ち合う音が森に響き渡る。

 

「足を浮かせるな!重心半歩後ろ!相手は魔物だぞ、まともに撃ち合おうとするな。滑らせていなすんだ」

「はい!」


 剣の鍛錬の時は、もはやガボは師匠だ。

 なんでガボに剣術の知識がこれだけ豊富なのか聞いたことがあるが、「俺はなんでも知ってるんだ」が返答だった。はぐらかされたような気もするが……いろいろと僕のためを思って行動してくれているのは分かるので、それ以上は追及しないことにした。


 ひとしきり汗をかいた後、僕たちは水浴びに川に降りた。イノシシやシカの皮で作った服を脱ぎ、冷たい水を全身に浴びる。とても気持ちが良い。

 最近は熊の事をそれほど気にしなくなった。まだ戦った事はないし、勿論油断はしていないのだが、レッグユニットに慣れつつある今、逃げるだけなら容易であるからだ。


 視線をやや下流に向けると、成体の熊が沢の魚をとっている姿が見えた。なかなか大漁だ。

 しばらく呆っと眺めていると、さらに大きな、顔に傷のある黒熊が猛然と走り寄り、驚くことに成体熊を追い払って獲物を横取りしている。


「大きい……」


 凶暴な黒熊は立ち上がれば4メートル近いだろう。鋭い爪と、強い膂力で腕を振り、魚は串刺しだ。僕の胴体もなんら抵抗度合いに変わりはないだろう。


「サツキ、あれを近接戦で相手にするのに最適な形態は?」

「――動きはなんとか目で追えるから、両腕がアームユニットなら近接でも勝てるかもしれない。でも今は、向こうに両腕で掴みかかられたら負ける。だから正解はレッグユニットで撹乱し、相手の射程ギリギリを保って蹴りか高周波ナイフでいきなり首を狙うか、腕をまず無効化する」

「いい読みだ」


 褒められた、嬉しい。

 出来ればあんな怖いのを相手にしたくはないけど……。


「レッグユニット、つまり足は身体を支える支柱でもあるために、俺の強制操作による緊急対応力はアームユニットに比べて数段落ちる。そういう意味ではアームユニットの方が安全だがな。お前の言う通り、両側から挟まれたら最悪相打ちしかなくなる」

「……ねぇガボ。前に『現状では』って言い方をしていたけど、もしかして今後、ユニットが増える可能性はあるの?」

「ンー、あるはずだ。恐らくだが、俺はこの世界のとある貴金属を身体に取り入れることで体内密度と展開パターンを増やし、構成ユニット数を拡張できると考えている」

「ききんぞく?」

「貴重な金属のことだ。そして実はな、俺の中のレーダーが、あの山のてっぺんにその反応を示しているんだ」


 そう言ってガボが指さしたのは、竜が住まうとされる双子山の高い方、竜廊山の頂上だった。

 出来れば近寄りたくないのだが……正直、ユニット拡張アイテムは喉から手が出るほど欲しい。


「お前が恐れる気持ちも分かる。だから、近寄るだけ近寄ってみるか?」

「近寄るだけ……ね。間違っても竜に喧嘩売ったりしないよね?」

「竜とやらがどれほどのものかは知らないが……しない。俺は自ら主を危険にさらすことはしないからな」

「……うん、信じるよ」


 僕達は、行くだけ行ってみることにした。

 その日は家に戻り、久しぶりにぐっすりと休んだ。


 そして翌日の明朝、腰に干し肉を挟み、レッグユニットを装着し、僕達は沢に沿って、高い高い山の頂上を目指して登頂を開始した。


 登頂自体は思ったよりもスムーズだった。

 山が急なぶん、跳躍は上方向に向いたため、着地による衝撃自体は弱かったからだ。

 通常の登山ではありえない程の速度で、僕達は登頂へと突き進んでいった。

 ……のだが、問題があるとすれば――。


「こ、怖い……」


 最初は楽しかったのだが、途中でふと振り返ったときに下の地面が殆ど見えなかったことで、僕は現実に引き戻された。


「こ、これ、昇ってくるのは簡単だったけど……ひょっとして、降りるほうがよっぽど難しいんじゃないの?」

「お、いいことに気づいたな、サツキ。だが大丈夫だ。レッグユニットを装着した足であれば、十数メートルの高さから飛び降りても片足で体重くらいは支えられる。間違ってお尻から岩山に着地しないように気を付けることだけだな」

「ひぃぃ」


 あぁ――気軽に登山なんて選択するんじゃなかった。

 しかしもはや今いる場所は断崖絶壁。ここで立ち止まっていても飢え死にするだけだ。

 半ばやけくそになって、僕は上へ上へと昇り続けた。


 そして驚くことに、日がまだ高いうちに僕達は雲の浮いている高さにまで到達し、頭上の視野が悪くなってきた。


「なんだかガボ、少し息がしにくいような気がする」

「あぁ。酸素濃度の低下だな。大丈夫、深呼吸すればよくなる」

「さんそ……?まぁいいや、わかった。僕に出来るのは君を信じることだけだ」

「それでいい、サツキ、大丈夫だ。レーダーの反応が強くなってきた。もうすぐだぞ、ユニット拡張アイテムまで」

「おぉ、よし、頑張ろう」


 そして僕達はついに、少し開けた場所に出た。

 ほぼレッグユニット越しとはいえ、酷使し続けた足や肺を休めるために僕は身を投げ出して、荒く息をついた。


「はぁ……はぁ……はぁ……ふぅ……ふーー」

「ちょっとここで休憩しながら待ってろ」


 ガボは僕の元を離れて、近くに散策に出かけて行った。


「あ……うん……」


 標高何メートルかもわからないが、とにかく獣一匹住めない岩山のてっぺんに一人取り残された生身の僕……。だがまぁ、不安がってても仕方ない。ガボに任せてたら、きっとうまくいくだろう。


「僕はこうして横になって、広くおおきな空をながめながら、のんびりお昼寝でもするか…………………………ん?」


 こんな高い山の上の空に、何かが飛んでいる。


「タカかな?にしてはちょっと大きいような……」


 ぐわんぐわんと低く風を裂くような音とともに、影は次第に大きく大きくなっていく。

 そしてその輪郭は――。


「やばいサツキ!本当に出たかもしれない!」

「え……え……ガボ?」


 こんなに慌てた様子のガボは初めて見た。


「早く装備しろ!」

「はい!装着リンクオン!」


 (なにが出たの!)

 (竜だ!貴金属、そいつが持ってたんだよ!)

 (そ、そんな!)


 ドォォォーーン!!!


 その時、山を下りようとした僕の背後で、とんでもなく大きな着地音とともに地面が大きく揺れた。

 恐る恐る振り返る。

 そこには、伝承で言い伝えられた通りの生物がいた。

 十メートルはあろうかという白く巨大な体躯、銀色に淡く光る鱗に覆われた外皮、鋭い牙、大きな双翼、太い尾……そして口元の牙。


 どこにこれと勝負して勝てる存在などいるのだろう。

 それくらい、強烈な存在感と力がその全身からあふれ出していた。


 (いいか、俺が絶対に生かして逃がしてやるからな。まずはゆっくりと後退するんだ)

 (わ……わかった。頼むよガボ。生きたまま食われるのだけは嫌だ)

 (大丈夫だサツキ――だいじょう――)


「そう怯えなくてもよい、人間」


 え?


「私は人間を食べない。食べるのなら、とっくに麓の村は滅んでいる。そうだろう?」


 どうやら、僕の目の前の竜が、僕に分かる言葉を喋っている――ようだ。


 (言葉を合わせてみろ、サツキ。どうやら、知性があるらしい)

 (う、うん。わかった、やってみる)


「は、はい。た、食べないでいただき……光栄デス!」




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