第04話 拠点づくり
イノシシをほぼ一頭丸ごと食べ尽くした結果、食べすぎてつらいという初めての経験をしたあと、僕たちは水源を求めて移動することにした。
「サツキが半人前くらいにはなるまでは、山からは出ない。これ以上悪意のある人間に絡まれたらかなわないし、村にはたいした仕事もないだろうからな。それより、この山は魔物も殆どいなさそうだから、ここでしっかり鍛錬してから下山しよう」
ガボの提案に異論はなかった。
確かにこの山には不思議と魔物が殆ど見られない。それでいて村人が山に近寄らないのは、ひとえに竜の言い伝えのためだ。
伝説の竜に殺されるなら、運命だと諦めもつく。
だからガボと二人でこの山で、満足するまでとことん生き抜いてみようと思った。
皮袋の中の水もだいぶ少なくなってきたが、ひとまずは遠くの山と山の間、谷になっている場所で沢を探すことにした。
「それにしても、あの山、高いな」
ガボが感心したように言った。
見渡すと、双子の山の片方は、雲が掛かるほどに頂上が高くそびえ立っている。昔から住む村人ですら近寄らないあの山、確か竜廊山は……。
「あの山のてっぺんには、竜が住むらしいよ」
僕は村で聞いた噂話を披露してみた。
「ふぅん、竜か。いつか腕試ししてみたいもんだな、サツキ?」
すると思いもよらない返答が返ってきた。
「え、なに言ってるのガボ。竜族って言ったら、魔物よりも数段強いという世界最強の種族なんだよ?僕なんて踏んづけられただけでミンチだよ」
「んー、まあな。ちょっと言ってみただけだ」
「なんだビックリした。あんまり物騒なこと言わないでよね」
しばらく歩いていると、遠くからチロチロと水流のような音が聞こえてきた。
沢が近いようだった。
「中流~下流の沢周辺は熊の縄張りだろうな。今のサツキにはまだちょっと早いだろうな」
「当たり前だよ、熊なんて出会ったら全力で逃げるからね」
「いや、今のお前の足なら逃げるほうが圧倒的にリスクだ。それよりも、すぐ石を集めて投石できる準備をしろ。石が当たれば向こうも軽傷じゃ済まないから、距離さえあれば必ず逃げ出す。もし近距離で遭遇したら、すぐナイフを持って構えろ。最悪、俺がお前を操って撃退してやる。1週間は利き腕が使い物にならなくなるだろうがな」
「う……うん。まずは、見つからないことに全力を注ぐことにするよ……」
僕達は一度だけ入念に辺りの無事を確認してから沢に降りて水を補給し、また山へと戻った。
なぜか魔物がいないこの山では、覇者たる熊が出現するのは殆ど中流以下だ。したがって、渓谷が急になるあたりまで今日は登りきる予定だ。日が落ちるまでに昇ってしまって、出来れば今後の拠点づくりを始めておきたい……と、ガボと話し合った。
幸い熊とは遭遇せずに、2日かけて獣道を上り、渓谷から近場に開けた広場を見つけたので、そこを今後の根城とすることに決めた。
「はぁー、疲れた……。昨日はあれだけたらふくイノシシ食べたのに、もうまた腹ぺこだよ……」
「お前は成長期だからな。しかし今日はもう日も暮れかかっているから、キャンプを張ることに専念して、腹は道中で拾ったクルミとヤマブドウで凌ごう」
「うん、賛成。欲張るのはよくないよね。それに、アームユニットってクルミを割るのにちょうどいい力加減で便利だよね」
「――俺をくるみ割り人形扱いするとはいい度胸だ。拠点づくりが終わったら、お前は罰としてサバイバルと平行して毎日筋力トレーニングと剣術訓練だからな」
「――え、あ、ごめん。お手柔らかにお願いします……」
ガボにも召喚獣としてのプライドのようなものがあるらしい。
以後発言には気を付けよう……。
「家が出来るまでは俺が見張っててやるから、安心して寝ろ」
「ありがとう……」
キャンプの火の傍で、僕は眠りについた。
ガボのおかげか、不思議と恐怖心はなかった。
翌朝からすぐに、僕達は家づくりに取り掛かった。
できれば熊に襲われてもひっくり返らないくらい頑丈な家を作りたい。
ガボ曰く、高周波――たくさん振動することらしい――ナイフの動力は一晩休めても最大3分の稼働が限界らしい。その間に、ひたすらに近くの木を切り倒していく。
欲を言えばイノシシ狩りにも高周波ナイフは使いたいが、そこは通常のナイフだけで十分だと諭されてしまった。
僕が非力なので、大きな丸太は切れても建築できなければ意味がない。アームユニットであっても転がすことはできるので、土台にだけ立派な丸太を使い、周囲を大きな石で更に固定していった。
家作りだけやっていては腹は満たされないので、午後からは獲物を探す必要がある。
もう一度イノシシ肉が食べたかったので、沢から反対方向の、どんぐりを落すナラの木が密集するあたりを散策する。とはいえそれなりに山の上のほうで傾斜も急なため、イノシシは少ない。
「センサーユニットで行こう。サツキの目や耳を強化できる」
そう言って、ガボは僕の両目と両耳を覆うスタイルに変化した。
案の定一カ所にしか装備できないので、この状態の僕はただ感覚の鋭い虚弱ガリである。
耳を澄ませると、鳥のさえずりや虫の声が聞こえる。いい声だ。やっぱ森っていいな。
(それはカットする)
カットできるらしい。
更に耳を澄ませる。
木の枝を踏む音、葉の擦れる音、特有の鳴き声。
見つけた。
僕は音のする方へと歩いていく。
100メートルほど先に、イノシシの姿を見つけた。またしても単体だ。やけに動きがゆっくりである。
(サツキ、昨日と同じだ)
(わかった)
僕はガボを利き腕に装着する。
(俺が調整しない状態で一回投げてみろ)
(え、うん、わかった)
手元に石は3つ。まず一球。
石は目にも見えない速度で、どこか遠くの方へとすっ飛んでいき、大きな音を立てた。イノシシがびくりと辺りを見渡し、目が合う。
(すぐ次だ。今度は調整してやる)
僕はまた石を投げて、今度は吸い込まれるようにイノシシの顔面に当たり、昏倒させたのだった。
食欲を満たしてから、食べきれなかった分は燻製にして保存しておいた。
日の光がてっぺんから少し降りてきたころ、拠点作りを再開した。
支柱には細めの丸太を刺し、壁と屋根は枝木を使い、樹皮とツルで固定していく。
家の骨格が出来上がった後は、泥と雑草の根をもみこんだ土壁で壁と屋根を補強する。
暗くなると野生動物に襲われる危険性が高まるため、家のすぐそばにキャンプを組む。
水がなくなれば熊に注意しながら沢まで降りて、新たに作った革袋に詰められるだけ詰めて拠点に持ち帰り、石を砕いて作った水桶に注ぐ。
この生活を僕達は、7日間もの間休むことなく続けた――。
「はぁーー、僕だけの家だぁ!」
僕は丸太の床に倒れるように思い切り寝転んだ。
天井は低いし、最低限の広さしかない原始的な家なのだろうが、孤児の僕が初めて手にした我が家だ。誰も食事を運んではくれないが、誰に掠奪されることもなく、誰にも気を遣わないですむ、僕だけの家だ。
「よくやったな、サツキ」
「ありがとうねガボ。君のおかげで僕は自分の住処を手に入れられたよ。ここで僕は一生ひとりで穏やかに暮らすんだ」
「――何を馬鹿なことを言ってるんだ。ここはあくまでもただの仮住まいだ。最低限の修行が終わったら出て行くぞ」
「えー!そ、そんな。せっかく苦労して建てたのに……」
「何事も無駄にはならないさ。俺たちにはやらなければならない使命があるんだからな」
「そういえば最初にそんなこと言ってたね。なんなの、その使命って」
「ウム……それはな……」
僕はのそりと起き上がった。
表情のないガボではあるが、なにやら声色からただ事ではない雰囲気を感じたからだ。
「俺とお前の使命は、魔王を討伐することだ。俺たち、自らの手でな」
「へー、まおうか。マオウ。……魔王。それって、ひょっとして、世界で一番強く、残忍で、魔物を作り出している張本人、つまり人類の最大の敵である……魔王のことを言ってないよね?」
「そう、その魔王だ」
「――へぇ」
……無理に決まってんじゃん。