第03話 狩り
僕たちは、というか側から見れば僕ひとりなのだが、今、僕たちは岩陰に隠れて獲物を狙う狩人である。
(ほ、ほんとに大丈夫かな。逆に食べられるんじゃないかな)
(大丈夫だサツキ。お前をみすみす危険な目には合わせない。俺を信じろ)
(う、うん)
いや、心の準備段階的にはむしろ僕の方が狩られるべき立場なのだけど。
ガボの力を信じるしかない。
装着中は不思議と口を開かなくてもガボと会話できることが分かり、僕たちは堂々と作戦会議を続けた。
僕たちが狙っている獲物は、鈍足かつ力の強すぎない獲物。
イノシシだ。
いや、十分過ぎるくらい力が強いと思うんだけどね?
僕はガボに言われるままに、なるべく硬そうな拳大の大きさの石を集めた。あまり開けておらず、木が十分に入り組んだ明るい場所を勝負のフィールドとした。
(投石は腕力強化時の基本戦術の一つだ。サツキがある程度目標に向かう程度に投石動作をとったら、俺が微調整して当ててやる。ほんとは外部刺激はお前の神経筋骨格系に負荷をかけるから最小限にすべきだが、微調整程度なら問題ない。投石の良いところはそういうところでもある)
僕は草陰から立ち上がり、イノシシの全身を視界に収めた。全長1.5メートルの大人だ。地面に落ちているドングリや虫を食べるのに夢中で、向こうはまだこちらに気付いていないようだ。地に根差す前足は太く隆起しており、
一目で見て、動物としてあちらが格上なのだと分かってしまった。
僕は石を掴んだ右腕を振り上げて、重心移動のため片足を持ち上げる。
その落ち葉をかき分ける音は驚く程静かな森に響き渡り、イノシシの視線は瞬時に僕の両眼を貫いた。
「――ッ!」
金縛りに合いそうな中、僕は持ち上げた足を思い切り踏み込んだ。
その瞬間、肩から手首にかけてわずかな痛みとともに一本筋の電流が走ったかと思うと、僕の右腕全体が予定調和的な滑らかさで振り下ろされた。
放たれた石は速過ぎて見えなかった。
ヒンと短い悲鳴をあげてイノシシはひっくり返り、何度か大きく痙攣した。
「これを使え!」
僕は素早く駆け出し、ガボが排出した小さなナイフを握りしめてイノシシの横に立つと、右腕で思い切り振り下ろした。
その小さな刀身は、バターを切るよりも易しくイノシシの首元へと吸い込まれていった。
パチパチ……。
ジュー……。
日は落ちて――。
先程までとは変わって、今僕たちはよく視界の開けた場所に小枝や枯れ枝を集めた焚き火を起こして、皮を剥いで内臓を取り出したイノシシを丸焼きにしている。
「初めての狩りにしては上出来だったぞ、サツキ」
球体に戻ったガボが話しかけてくる。
火を起こしたのもガボだ。形態変化の応用で火花を散らすのが得意とのことらしく、火はあっさりとついた。
「あぁ……うん……」
なんて美味そうな匂いなんだ。
ガボの話も気にはなるが、今は目の前にあるご馳走から目が離せない。さっきから腹の虫がすごい音で鳴り続けている。
「そろそろ焼けただろう。さぁサツキ、久々のご馳走だろうから、味わって食えよ」
ガボにナイフを渡された。
見た目の割にすごくよく切れるナイフだ。
「エネルギーを蓄えておけば、高周波ブレードだから岩も切れるぞ。今はガス欠でただのナイフだから安心して使え」
コウシュウハの意味はよくわからないが、とにかく渡されたナイフを手に取り、脂を垂れ流すピンク色の肉を薄くそぐ。
柔らかいその肉を手につまみ、そのまま口の中への放り込んだ。
「……うまい」
調味料もなにもかかっていない、焼いただけの肉だ。
でも、こんなに美味いものを食べたのは、間違いなく産まれて初めてだと思う。
「うまい……うまい……」
僕はしばしの間、ひたすらに肉を削ぎ、ただひたすらに食べ続けた。
ガボはそんな僕を、そばで穏やかに見守ってくれていたように思う。
夜は、静かに更けていった。