第22話 遺物
「あんたは召喚術士じゃないな」
ガボはログハウスをくるりと一回りしてからそう言った。
そうか、彼は、連れていないからか。
こんな魔物が出るかもしれない場所に、召喚術士が丸腰で単身やってくるとは到底考えられないものね。
「そうですね、私は召喚術士ではありません。あなた方の同類に当たるのは、私の雇用主の方です」
「俺たちに接触するためだけに、わざわざ害獣だなんて虚偽の依頼までしてこんな場所まで呼び出したのか?」
ガボの口調は強いものだったが、執事はどこ吹く風といった調子で、
「虚偽だなんてとんでもない。ちゃあんと害獣は片付けて行ってもらいますよ」
にこにこと答えた。
「その害獣はどこにいるんですか?」
「話が早くて良いですね、サツキ君。ええ。この高台は実は、洞窟になっていましてね。螺旋階段とは反対側から中に入れるのですが、中には小さなほこらがあります」
僕たちはセバスチャンさんに引き連れられて、祠の中へと足を踏み入れた。
「寒……」
一歩、洞窟に踏み入った瞬間、冷気を感じた。まるで氷の魔女の棲家にやってきたかのようだ。
「キュイ!キュイ!」
バフォックスの群れがいた。
以前にサンダース牧村近くの山で見たように、身体が淡く光っている。
そしてあの時と同じように、何か祠のようなものの周りをそれらは楽しそうに取り囲んでいる。
背後でカチリと小さな音がした。
見ると、セバスチャンさんが不思議な形をした弓に矢をつがえているところだった。
「ああなった奴らは存外に危険です。お手伝いします」
僕はこくりと頷き、右半ユニットの形態をとり、広間へと歩み出た。
「キュ?」
可愛らしかった狐は、侵入者たる僕達に気が付くと、一斉に踊ることを辞めて、二足歩行の姿勢をとった。そのうちの一体が、ととと駆け寄って来たかと思うと、まるで人間のように後ろ足で飛び跳ね――。
ザスッ
僕目掛けて飛び掛かってきたところを、セバスチャンさんが放った鋭い矢がその頭蓋を貫いた。
矢とは思えない、凄い反応速度だ。
「キュギャァァァ」
その形相はまるで、魔物のようだ。
合計10体はいるだろう、血走った狐たちはいっせいに飛び掛かって来た。
ナイフを正中に構える。
なんとなく、こいつらと僕の戦闘スタイルは似ている気がする。鋭い爪と牙のどちらかで、僕の首を掻き切ろうとしているのだ。
だから首を守る様に構えたナイフを突き出し、同じようにバフォックスの喉元を貫いた。まとめて襲い掛かってきた三匹は、高周波の刃でバラバラにした。一匹に肩に噛みつかれたので、すかさずそれもバラした。魔物革はかすかな痛みすら通さなかったが、首筋に嚙みつかれていたら危なかったかもしれない。
六匹目はセバスチャンさんの矢が仕留めて、残る三匹は僕が倒した。
それで、洞穴はまた静けさを取り戻した。
「お見事。これにて駆除依頼は完了です。お疲れ様でした」
「結局手伝ってもらってすみません。ところで、あの祠は……」
「はい、お嬢様が上に別荘をお建てになられた理由が、あれです」
まじまじと祠を見る。
以前見たものと瓜二つの、金属でできたお墓のような構造物だ。
なにか文字が刻まれてある。僕は声にしてそれを読み上げてみる。
「リヴェリア紀行其の二:『嗚呼、ここでは●●の声すら聞こえない。だから●●●●●が生態系の根幹を補填しているらしい。よく廻っているものだと思う。そもそも魔物がなぜ生まれたのか分からないし魔王などもっての他だ。……歪、というべきか。しかし私は使命を果たさなければならない。私には記憶があるが、非力だ。だから同志たちと合流しなければ…………』」
なんじゃこりゃ。
「意味不明でしょう。……ガボくん、どうですか?」
「――なぜ俺に聞く?」
「この金属、世界に存在する既知のどの金属にも、質量・密度ともに一致しないのですよ。君の身体とはどうですか?同じだったりしませんか?」
「さぁな。確かめようもない。俺は何も知らない」
ガボは無表情――まぁいつものことだが――やけにそっけない返答だった。
「ふ、そうですか。まぁ、いいでしょう」
セバスチャンさんは食い下がることもなく、くるりと出口に身体を向けた。
「サツキ君、依頼は以上です。帰りは馬車で送りましょう」
「あ、はい」
僕達は彼が運転する二人乗りの馬車で街まで送ってもらうことになった。
僕は荷台の上で、一番大事なことを確認しておくことにした。
「あの、セバスチャンさん、報酬の赤い金属片はもらえるんですか?」
「ふむ、やはりあなた方は赤が必要なのですね。戦闘タイプからそうだろうと思っていました」
「というと、あなたの雇用主は……」
「えぇ、青い金属片を用いられます。直接的には言いませんが、あなたと反対のタイプですね」
てことは、遠距離攻撃タイプか、魔法使いってことだろうか。それともタンク?
このいかにも敬虔なる従者は聞いても教えてくれなさそうだったので追及するのはやめておいた。
「金属片は、ちゃあんと差し上げますよ」
その後、セバスチャンさんは街まで送ってくれて、僕たちは労せず帰還することができた。
「あそうそう、サツキ君にひとつ情報提供です」
別れ際のことだった。
「はい?」
「近々、魔族側に不穏な動きがあったようでね、街を離れる場合は十分注意してください」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
「うんうん、素直でいいですね」
そう言い残して、セバスチャンさんは去っていった。なんだか不思議な安心感というか、包容力があるというか、そんな人だった。
あんな人のご主人になる人は、きっと人格者なんだろうな。
宿に戻る前に、ギルドカウンターに顔を出した。
受付嬢から10000Gと、本当にちゃんとチップを受け取った。これで3枚目だ。
「おめでとう。これであんたはD級に昇格だ。他所の街でも依頼が受けられるようになったけど、魔物討伐が可能なC級になるには報酬単位に加えて昇格試験が必要だ。一人で突破するのは相当難しいから、それまでには仲間探しときなよ」
おお、昇格か。
首からかけていたドッグタグを渡し、代わりに錆びた薄鉄のドッグタグを受け取る。
本来は5つ分の依頼達成が必要な筈だから、どれかで色をつけてくれたのだろう。
受付嬢に礼を言って、僕たちは宿に戻ることにした。
「ねぇガボ、これからどうする?」
「そうだな、今の所この街にはチップなさそうだし、移動してみてもいいぞ。どこか行きたいところあるか?」
「……それなら僕、海を見てみたい」
「海か。まぁあっち方面は比較的安全らしいから、チップ探しにはいいかもしれないな」
宿に戻ると、女将さんが忙しそうにしていた。
「あらおかえりサツキ君。明日で30日目になるけど、延泊するかい?」
「いえ、街を離れてみようと思ってて」
「そうかい」
「えーお兄ちゃんとガボちゃん、もう行っちゃうの?」
女将さんの一人息子のボンズ君だ。ガボの奇抜な姿もウケてか、よく懐いてくれていた。
「うん、また戻って来るよ。その時はお土産買って帰るからね」
「ほんと?約束だよ!」
僕たちは指切りをして再会の約束を交わした。
その日の夕飯は、いつもよりお菜が豪華だった。
⭐︎★⭐︎
「どうだった、フリードリヒ。あの召喚術士は」
「おや、私めはセバスチャンですが……」
「そういうのはいいからさっさと報告しなさい」
「はぃ……」
柔和な笑みがしょぼくれた執事だったが、すぐに元々の無表情に戻った。
「まだまだ、力も経験も、てんで弱いですな。暗に警告もしましたが、どうもここを離れてセレノスに向かう算段のようです」
「そう。西か……。紅影草を使ってドラクシアから得た情報では?」
「魔族の動向としては、北西がキナくさいようですな」
「間の悪いやつらね。魔族の襲撃に巻き込まれたら?」
「十中八九、死ぬでしょうな」
「はぁ……仕方ないわね」
金髪赤眼の少女は、小さくため息をつくと、壁に立てかけてあった等身大程もあるライフル銃を手に取った。
「出られるので?」
「えぇ、しばらくドラクシアに動きはなさそうだから。私もたまには運動しないと、腕が鈍るし、ね」
そう言って少女は窓を開き、素早くその大きな銃の引き金を引いた。
ジュッ
放たれた光は、空で何かを黒焦げにした。
「間諜ならぬ、間鳥ですか」
「ええ、最近多いわね」
「さすがはお嬢様。しばしの間、羽を伸ばしておいでください」
執事はにこにこと微笑んだ。
ややあって、窓の外からぼとりと音がした。
「羽ね、伸ばせるといいけど」
暗がり空を見る令嬢の顔は、憂鬱げだった。