第21話 沼地の奥へ
少し悩んだが、僕はひとまずギルド酒場デビューするのを見送った。
受付嬢の話はとても為になったのだが……。
お世辞にも僕は社交力がある方ではないし、そもそも僕の能力が他人と比べてどれ程のものなのか、僕自身まだよく分かっていないからだ。
で、あるならば、まずはサリャーマ達と同じく共同依頼に参加して、他人の力を知ることが先決だと思った。
「それでいいんじゃないか」
ガボは随分とあっさりとしている。
パーティを組むも組まないもどちらでもよい考えらしい。
最終的に僕が強くなりさえすれば……ということだろうか。
昼のギルドで次の依頼を探していると、冒険者達の噂話が耳に入って来た。
「なぁ聞いたか?」
「北部戦線の話か?また魔族が出たが、ドラクシア公爵が追い払ったらしいな」
「あぁ、有名な竜騎士様か。槍の一振りで大型魔物の首も飛ばすらしいな」
「ひぇ、人間技じゃねぇな」
「あぁ。ただ、撃ち漏らした魔物がある程度各地に被害を与えたそうだ」
「北部はほんと、住めたもんじゃねぇよな……」
「ほんとな。だからこそ、聖都の北を守るドラクシアは唯一の公爵位なんだろうさ。他三領は伯爵位だからな」
また魔族が出たのか。
サリャーマ達、大丈夫かな。確か共同依頼で北部の魔物討伐に行っていた筈だ。
無事だといいけど。
「……なんだこりゃ。おいサツキ、これを見ろ」
ん?
ガボに言われて、掲示板に張られた一枚の依頼書を見てみた。
「E級依頼だね。内容は……近郊に出る害獣の討伐か。これがどうかしたの?」
「報酬をみてみろ」
「んー?報酬1万ゴールド……と、赤い……金属片!?」
「あぁ、端金の更についでみたいに書いてあるが、金属片は存在が希少品だから、普通こんなふうに報酬に載せることはまずない。現に、安い報酬が人避けになって誰も注目していない」
「意図的にこうしてあるってこと?」
「多分な。罠の可能性もあるが……依頼人の名前は……セバスチャン・ワーンズ、か」
「どっかで聞き覚えがあるような」
どこだっけ。
「紅影草の依頼の依頼主の名だ」
あぁそうだ。
「よく覚えてるね」
「俺は忘れるという機能がないんでな」
便利だなぁ。
「……もしかすると、同類かもな」
ガボの声色が変わった。
「僕たちと同じ、金属片を扱う召喚術士ってこと?」
「あぁ、チップには色があるようだ。俺たちは赤色が使えたが、もしかすると依頼主には使えない色なのかもな。でなければ頭が狂ってなければ即使うだろう」
「逆に言うと、不要なチップで僕たちを誘い出してる?」
「……かもな。だが貴重なチップの情報だ。……どうする、サツキ」
「どうって?」
「危険が伴うかもしれない。今回はスルーするのも手だ。もしくはアイリスに協力を頼むのもいいかもしれない。多分喜んで協力してくれるだろう」
ガボが僕に意見を聞いてくるのも珍しいな。
「お前はなかなか勘が鋭いところがありそうだからな。今回はお前の意見に任せるよ」
「そっか、わかった」
意見を尊重されて、悪い気はしない。
どうするべきか。
最初に依頼書を見た時に感じたこと……。
悪意は、ゼロではないかもしれないが、大きくはない……気がする。
「受けよう、ガボ。アイリスはきっと一生懸命に魔法の研究中だ。今回は巻き込まない」
「巻き込む……ね。ま、なんとなくそう言う気はしてたよ。オーケー、依頼を受けよう」
「さすがガボ」
こうして僕たちは3つ目の依頼を受けた。
依頼の場所は、南部と東部の境に広がる、マンダレイ山地を抜けた先にある内陸湿地帯で、モルドレイ湿森という。西から吹く湿った風が山地にぶつかり、雨が多く、海に辿り着かなかった河川が窪地にたまって沼田を作っている。
つまり、あまり人が寄りつかない場所だ。
依頼主との待ち合わせ場所は、そんな沼地のさらに深部となっている。
「十分に備えていこう、サツキ」
「うん」
リュックに5日は凌げるだけの食糧を詰めて、湿地の毒蛇に噛まれた場合に備えて道具屋で解毒薬を買い、僕たちは街を出て沼地へと出発した。
徒歩で山を越えていては日がかかり過ぎるので、イース村へ行くトランソンさんの知り合いの行商に途中まで護衛を兼ねて乗せてもらってから下山し、沼地へと到着した頃には既に日が暮れかかっていた。
夜に沼地奥へ足を踏み入れるのは危険だと判断し、川沿いで野営し、翌朝から僕たちは沼地に入った。
「うぇ、レッグユニットがぐちゃぐちゃだ。ガボ、濡れても大丈夫なの?」
(問題ない。それより毒蛇には気をつけろよ)
(うん、気をつける)
ぬかるむ地面は双脚ユニットといえども歩きづらく、機動力は大いに削がれていた。
途中に現れる動物といえばいかにも毒々しい蛇や蛙やピラニアばかりであり、食糧の足しになる野生動物にはなかなか出会えない。
(ここでもし魔物と出会ったらどうする?)
僕は突然ガボに問われた。
どうするか。
まだ昼間だから活性化はしていない筈だが、足場が悪い中、前みたいにあっさり逃げられるとは思わない方が良いだろう。
木は点在しているが、木々の間を跳んで移動できるかというと、そんな自信はない。
僕はもう一度ぐるりと霧立つ沼地を見回した。
存在するのはぬかるむ地面と、点在する木、そして沼。そればかりだ。
そういえば、何度か深い沼に落ちそうになった時、ガボが自動でホバリングをかけてくれてたな。
(センサーユニットで地形を探り、深い沼におびき寄せて落とす)
(グッドだ。特に、霧に紛れるのがいいだろう。ただし、センサーユニット使用中はホバリングできないからな。お前が落ちないように予め地形を把握しておく必要があるからな)
(そんな余裕あるかな……)
(相手が四足歩行型なら木に隠れるのもありだ。二足歩行型なら難しいな。もし飛行型なら、その時は……)
飛行型の魔物はまだ見たことがない。
伝え聞くには、他の種と比べると体格はマシだが、いかんせん戦い難さとしては最悪に近いとのことだ。
(その時は……?)
ごくりと生唾を飲み込んだ。
(例によって、俺が全力でお前を生かすさ。ただし、一ヶ月は寝込むと思っておけ)
(ひいぃ)
一ヶ月寝込むことより、一ヶ月動けなくなるほどの激痛が怖すぎるよ。
そして僕らは何とか魔物と遭遇することなく沼地を奥へ奥へと進み、依頼書に記されていた場所へとたどり着いた。
やたらと大きな黒い岩が鎮座しているそのそばに高台があり、人が住んでいる証に螺旋階段が敷かれている。僕は階上へ登った。
高台の上には開けた平地が広がっていて、一軒のログハウスがぽつんと立ち、周りにはため池や畑があり、植えられた花が色とりどりに咲いている。
派手さはないが、どれも丁寧に誂えられているのが分かる。
更に、恐らくは魔術刻印であろう石柱が家の周りを取り囲み、害獣の侵入を防いでいるものと思われた。
毒々しい沼地の中にあって、ここだけがポッカリと切り取られたかのように、静穏を保っていた。
「ごめんください」
僕は何度かドアをノックした。
「どうぞ、お入りください」
中からは男性の物静かな声が返って来た。
僕はナイフをしまい、しかしガボを装着したまま、ドアの中へと入った。
「遠路はるばるようこそいらっしゃいました。冒険者のサツキ・ノーマン様。今回、依頼をさせていただいたセバスチャン・ワーンズです」
恭しくこうべを垂れたその男性は、執事の格好をしていた。それも汚れ一つなく整っている。
泥だらけの僕と比べて、はたしてどちらが場違いなのか混乱してしまう程に、執事の所作には澱みがなかった。
「ど、どうも」
ようやくそれだけを返した僕に、執事はにこりと笑みを返してくれた。
「二度も依頼を受けていただき、ノーマン様にはご縁があるようです」
穏やかな執事の所作だが、しかし僕の警戒心はアラートを鳴らし続けている。
「あの、依頼にあった害獣とは何でしょうか」
「まぁ、そう警戒なさらず。『装着』を解いてお茶でも飲みましょう」
「……やっぱり、同類か」
装着を解いたガボは、警戒を全面に出して執事に問いかけた。
しかしセバスチャンと名乗った執事は、
「おや。あなたは喋られるのですな。これはこれは、ふむ、驚きましたな」
なぜか感心した様子の執事に、僕たちはいくらか毒気を抜かれたのだった。