第19話 狐と考古学者
バフォックスは夜になっても牧場に現れなかった。見張っているのを察したのかもしれない。
その次の日も僕は牧場に寝泊まりしたが結果は同じだった。
「そもそも、待ち伏せすれば数体を倒せる可能性は高いですが、根本解決にはならないかと。やはり巣を見つけて掃討する必要があるのでは……」
「うーん、そうかもしれんなぁ」
ガボの提案をそのままマカナウワさんに伝えたところ、彼は何度か頷いたのだが、
「しかしバフォックスの生態はよく分かっていないんだ。古くから人と共存してきた賢い動物、としか。言い伝えでは人に害をなしたタヌキやアライグマなどを締め出した見返りに人から食糧を受け取って、霊獣なんて呼ばれていたこともあるらしい。魔道具による罠が発展してからはその関係も失われて久しいわけなんだが」
と首を捻った。
成程、あまり掃討には乗り気ではないようだ。
そもそも今回の依頼がそこまでの要求ではなかったのは、祖先への後ろめたさがあるのかもしれない。
「そうですか。因みに魔道具による罠とは?」
「あぁ、野生の獣を感知する風見鶏でね。東部の首都ジェノバラインの名工産だ。牧場の真ん中に設置してあって、害獣が田畑を荒らしていたら鳴いて教えてくれていたんだが、今回の件ではさっぱりでね」
田畑を荒らしても気づかれない、か。
「では少し、マンダレイ山岳地帯に足を運んで調査してきますね。何か異変の手掛かりがあるかもしれないし」
「依頼の範囲外だが、大丈夫かい?すまないね、上手く行ったら追加報酬は弾むからね、気をつけていきなよ。はいこれ、お弁当」
「ありがとうございます」
僕は大きな握り飯と漬物、水をもらい、山へと出発した。
センサーユニットとレッグユニットを組み合わせた探脚ユニットで、僕たちはバフォックス達の足取りを追った。
ガボから受け取ったバフォックスの鳴き声や習性、足音を辿り、気がつけば山の随分と奥深くまでやって来ていた。
おにぎりはとても美味しくいただき、体力はまだまだある。山登りも今やお手のものだ。今日中に見つけられなければ、雨露と外部からの視界を防げる簡易の家なら高周波ナイフを使えば30分もあれば作れるので、野営の敷居はそこまで高くない。
ふと、センサーが生態情報と一致率の高い行動パターンを認識した。ちょうど大きそうな洞窟の入り口前で、複数の気配がある。
息を潜めて、岩陰から観察した。
(見つけた)
(あぁ、結構いるな)
バフォックスで間違いない。あたりを飛び跳ねながらじゃれあっている。
ただ、目を凝らすと、その身体は夕陽を受けて薄く光を纏っているように見えた。
また無邪気で可愛らしい狐たちの手には、おそらくは牧場で被害にあった動物たちの肉片が握られている。異様な光景だった。
(あれは?)
(……)
ガボに問いかけるが、返事がない。
(ガボ?)
(あ、あぁ。なんだ?)
ガボの様子が少し変だった。
バフォックスも変だ。なんというか、違和感がある。
ガボにそれを聞こうとしたとき、群れは楽しそうに洞窟の中へと入っていった。
(……後をつけよう)
ガボの言葉に頷き、見つからないように息を殺して、慎重にその後を追った。
洞窟は広く、地下へと向かってなだらかに勾配が降っている。硬質なレッグユニットの足音が響かないよう、木のツルで簡易の草履を被せた。
「キュイ、キュイ♪」
群れの鳴き声が、彼等が洞窟深くで立ち止まったことを知らせた。再び岩陰から顔を覗かせた。暗いし、警戒のため地上の時より随分距離が離れているが、センサーユニットであれば観察できる。
(あれは……)
それは僕の声だったのか、それともガボの声だったのか。
狐たちは洞窟深くにぽっかりと開けた空間で、淡く光る身体でその中心を照らすかのように輪になって踊っていた。
中心には、祭壇があった。
祭壇という言い方が正しいのか分からない。それは金属質な鈍い光沢を放ち、墓石のように鎮座していた。その外表は極めて平坦で美しく、なんだか狐達と同じく淡く光っているように見える。
もう少し、近くで……。
(出るぞ、サツキ)
(え?あ……うん)
ガボに静かに促されて、僕は急に眠りから醒めたような気分になって、洞窟から外に出た。
(埋めよう。それで、狐たちを殺さず一網打尽にできる)
なんだか思考が覚束ないので、ガボの言う通りにすることにした。
双腕ユニットで、ちょうどおあつらえ向きに入り口の横に転がっていた巨大な石を転がすと、洞窟はいとも簡単に、完全に、封鎖された。
「ふぅ、お疲れさん、サツキ」
ガボの装着を解除すると、僕はその場にへたり込んだ。
とんでもなく緊張していたらしい。全身にびっしり汗をかいていた。
「あぁ、ガボ、あれ、一体なんだったんだ?」
「俺にも本当にわからん。ひとつ分かるのは、俺たちはああいう怪しい魔術的なやつに関与すべきじゃない」
ガボが言うのだからそうなのだろう。
僕も、あのまま止められなかったら、どういう行動をとっていたか分からなかった。
「帰ろう。一応、依頼は達成したから」
入り口の塞がった謎の洞窟を見る、
引っかかる思いを断ち切るように僕は立ち上がった。
「帰り道は木に残した印に沿えば問題ないはずだ」
「だね」
その日は既に日が落ちたために小屋を作って野営し、翌朝僕たちは印を頼りにサンダース牧場へと戻った。
マカナウワさんの家には客人が来ているようだった。
「ただいま戻りました、サツキ・ノーマンです」
ドアの外から声をかけると奥からドタバタと足音と共にマカナウワさんが迎えに出て来てくれた。
「よくぞ無事で!それで……?」
「依頼達成の報告に参りました」
そう言うと、マカナウワさんの表情はパッと明るくなった。
「ありがとうサツキ君。君は恩人だよ。ささ、どうぞ。客人がきていますが、同じ要件なのでお気になさらず。さぁ、どうぞ」
通された客間には、一人の男性がソファに腰掛けていた。
長いトレンチコートに、革のハットを被った、珍しい銀の長髪に、すらっと長身の青年だった。歳は20代前半くらいだろうか。柔らかい表情でにこりと笑みを浮かべられると、同性なのに思わずドキリとしてしまった。
「考古学者のヴィンセントといいます」
「ど、どうも。サツキ・ノーマンです」
「サツキ君、ヴィンセントさんは世界各地で見られる獣の異変を調査している聖都直属の考古学者さんだ。君が出発したすぐ後に来られたんだよ」
「恐縮です。私などしがない学者の一人ですよ。それでサツキ君、バフォックスの巣は見つかったのかい?」
ヴィンセントさんに問われて、僕は改めてことの顛末を報告した。
「ふーむ……金属の祭壇の周りで踊る狐達、か。とても興味深いね。バフォックスが家畜を襲ったことに関係している可能性は高そうだ。その祭壇への行き道は分かるかい?」
「印がまだ残っていれば追えるかもしれません」
「そうか、貴重な報告をありがとう、サツキ君。実は他の地方でも似たような報告はあってね。私は私で、ここらの異変を探ってみることにするよ。これでも魔術には多少の心得があってね」
「ありがたい!よろしくお願いします!ヴィンセントさん!」
「いえいえ」
獣害に困っていたマカナウワさんは渡りに船といった調子で喜んでいた。
その後はしばらく雑談が続いた。
まだ見ぬアーカルナ王国の聖都ルミナリアについて、いろいろと華やかな話をいろいろと聞くことができたのは楽しい時間だった。
涼しげなヴィンセントさんの佇まいと聖都像が完全にリンクして、正直憧れる思いが高まった。
いつか必ず行ってみたいもんだ。
「サツキ君、今回は本当にありがとう。また困ったときは頼むよ。今回は報酬、弾んでおくからね!」
「はい、楽しみにしてます。ではまた」
「君とはまた会いそうな気がするよ。また宜しくね」
笑顔のヴィンセントさんに握手を求められた。
「はい、こちらこそ」
応じると、女性みたいな顔つきに似合わない、確かな力強さを感じた。
――僕とガボは、二人に見送られながら牧場を後にした。