第16話 初依頼終了と、その影にて
魔力切れで気絶していたアイリスはすぐに目を覚ました。
彼女はしきりに僕に謝ったが、やるべき事をきちんと遂行したことで気絶したのだから何も恥じることはないと説得し、ようやく納得してくれた。
そして僕たちは紅影草を採取しにやってきた。
大きな天然の洞穴に入り、天井に空いた穴から光差す場所に、群生地はあった。
所々に黒い花をつけた鮮やかな紅色の草が密生している。
依頼には花のついたものが指定されていたので、必要最低限の数輪を採取した。
アイリスもまた、1輪だけ採取し、少し寂しそうに微笑んだ。
「それだけでいいの?」
「はい。紅影草は涼しい場所でしっかり光を当てれば、1年は保ちますから。1輪で十分です」
「そっか、いいこと聞いたよ」
思い返したい記憶もない僕が家にこれを飾ることもないだろうけど、ギルドに届ける前に枯らしたら大変だから。
「でも、過去の幸せな記憶に浸るのは、もう辞めようと思います」
「なんで?」
「私、今回のことで、自分が恥ずかしくなりました。これからはもっともっと、魔法を研究します。この花で見る記憶は、優秀な魔法使いだったお父さんに、色々と教えてもらうためにします。いつかサツキ君と肩を並べて戦えるくらい……そしたらーー」
「またまたぁ、謙遜しすぎだよ。僕なんてガボに会うまではただのヒョロガリ孤児だったんだから。僕こそ、もっともっと強くならなくっちゃ」
なんだかもじもじしていたアイリスをフォローしておいた。
「え、あ、はい。そ、そうですね、あはは」
「……間のわるいやつ」
「え、ガボなんか言った?」
「いや別に」
「あはは、ガボちゃんありがとうね」
「おう。まぁお前もがんばれよ」
「……うん。私は恵まれて生まれたんだから。前を向いて生きなきゃね」
そして僕らはアイリスに別れを告げた。
「また絶対遊びに来てくださいね!サツキ君!」
「うん、またね~」
ギルドに戻った僕たちは、受付嬢に紅影草を提出した。
「はい。確かに、資料と一致します。お疲れさまでした」
特に報告書などはないようで、あっさりと依頼達成は受理された。
「ではこれが報酬の30000ゴールドです」
Eランク依頼としては報酬は高めのようだ。宿代半月分ではあるが。
特に聞かれてないので、アイリスのことや魔物のことは黙っておくことにした。
「これが冒険者の生活かぁ」
「うん?」
ギルドを出た僕はひとつ大きな背伸びをした。
空は、広い。
今日僕は、生まれて初めて仕事をして、正当な対価を得た。自立したのだ。
だからなのだろう。空が、とても広く感じるのは。
「僕は自由だ」
宿屋への帰路につく。
「ねぇガボ、今日は露店で美味しいもの買ってもいいよね?」
中央通り程の露店数はないが、出張してきたらしい屋台の串屋から、なんとも食欲をそそる肉の焼ける匂いが漂ってきているのだ。
「ふふん。女将さんの晩御飯が食べられなくなっても知らないぞ」
「大丈夫さ。僕、育ち盛りだからね」
初任給で食べる串焼きの味は格別だった。
そしてその夜の食事もまた、女将さんの愛息子のボンズ君の8歳の誕生日という理由で、大ご馳走だった。
アイリスの食事に匹敵するくらい、とっても美味しかった。
その夜は人生二度目の、腹がはち切れそうで苦しいという経験となったのだった。
☆★☆★
「偽の身分証で発注した依頼が達成されたようです、お嬢様」
「そう、早いわね。森の状況からみて、もっとかかると思ったけれど」
とある大きな屋敷にて。
金髪紅眼の少女が、執事の報告を淡々と聞いていた。
「かけだし冒険者が、現地に住む魔法使いと協力して上手く魔物の対処にあたったようです」
「--そ。ま、依頼料が安く済んだのは助かるわ。今私たちは、大きく物事を動かせないから」
「そうですね。そして一つ、気になる情報が耳に入りました」
「--なに」
「そのかけだし冒険者ですが、召喚術士のようです。それも、お嬢様と似た系統の」
それを聞いて、これまで能面のようだった少女の顔がわずかに揺らいだ。
「--詳しく探らせなさい」
「は。承知いたしました」
「もういいわ、下がりなさい、フリードリヒ」
「は」
そして少女は広い部屋で一人になった。
彼女の背後には、球体が浮かんでいた。
物言わぬ影のような、金属の球体が。
「……あなたたちは、どこから来たのだろうね」
少女の独白に、答える声はなかった。