第15話 対魔物作戦 E
「サツキ君は、魔物を殺す方法を知っていますか」
そう言ってアイリスはノートに魔物の絵を描いた。
獣は絵でみると可愛らしく見えなくもないか、ぼこっと隆起した背中を見るとこっちの背筋が冷える感じがする。
だがその答えなら僕も知っている。
「首筋に埋め込まれたチップを破壊することだ」
「チップ?……あぁ、謎の金属片のことをそう呼んでいるのなら、そう正解です。魔物には心臓も脳もありませんが、第7頸椎の脊髄背側に存在するチップを破壊すれば魔物は機能停止します。つまりあれが魔物の本体とも言える存在なのです。ただし破壊するのは並大抵のことではありません。正面から攻撃すれば手痛い反撃を食らい、背後から奇襲するにも隆起した筋層――ケルヴァイン装甲と呼ばれていますが――あれを断ち切ることができるのは一握りの強者のみです。さらに、たとえケルヴァイン装甲を突破しても、骨やチップそのものの耐久性もまた尋常ではないとされています」
うーむ、とにかく固い、と。
「いちおう僕らにはこういう武器があるんだけど」
僕は高周波ナイフを起動させた。
アイリスが用意してくれたレンガに刃を通すと、バターを切るみたいにすっと刃がレンガを二分させた。
「も、物凄い切れ味ですね、そのナイフ……。でも……それでもやはり危険でしょう。あの獣タイプの魔物はかなり大型ですから、たとえ装甲を突破できたとしても刃をチップに到達させるのは容易ではなく、おそらくは殺しきる前に反撃を受けてしまいます」
「そうか」
一撃でもまともに生身にくらえば、僕は即死だろうな。
「悔しいですが、私の魔法では、ダメージを与えることすら適いません。なので、現状では殺すのではなく、退けるのが適切でしょう」
「退ける、というと?」
「おびき寄せ、罠にハメて――沢に落とすのです。この森の渓谷は南部の岩山のものほど深くありませんが、流れは急です。魔物は例外なく泳ぎが苦手な筈ですから、かなり下流まで流れてそう簡単には戻って来られないでしょう」
特に異論はなかった。
「おーけー、やってみよう」
翌朝――。
間違っても魔物が活動的になる夜をまたがないように、早朝から作戦を開始した。
といっても、作戦の要は殆どアイリスの魔法だ。
先に目的の沢を訪れて、そこから直線的に紅影草の群生地へと向かう。
魔物がどこかに消えてくれていたら、単発の採取依頼を受けただけの僕としては御の字なのだが……。
淡い期待はすぐに裏切られて、獣の魔物は窪んだ両眼が血走った状態で草の周りをウロウロしていた。昨日の交戦の興奮が残っているのだろうか。
それにしても大きい。山で倒した大熊よりもさらに大きいだろう。5メートルはありそうだ。僕もアイリスも踏み潰されただけで死んでしまうだろうな。
「では始めます。ファイアボール!」
アイリスが呟くと、彼女の杖の先から昨日見たものと同じ火球が飛翔していき、魔物の顔に直撃した。
「グオォォォォ!!」
すぐに見つかり、僕たち目掛けて突進を始めた。熊なんか比較にならないくらい、とてつもなく早い。
僕はアイリスを片手に抱えて双脚ユニットを吹かせて、全速力で反転し駆け出した。
バキバキバキバキ
あり得ない。
この辺りの木々を薙ぎ倒しながら殆ど速度を落とさずに僕たちを追跡してきている。
アイリスを背負って足場の悪い中を走っているとはいえ、見るからにパワータイプの相手を双脚ユニットで振り切れないなんてどうかしている。
これが、魔物か。
「ウィンドカッター!」
僕に担がれたまま、呼吸すらしにくいだろうに、アイリスは果敢に魔法を唱えた。振り返る余裕はないが、恐らく目眩しだろう。それだけ接近されているということでもある。
背後で魔物の怒り狂った咆哮が聞こえる。
基本的に魔物は人間を敵対視する。それがわざわざちょっかいをかけられておちょくられて……怒り心頭なのだろう。
でも僕らは本気だ。
沢に繋がる道を、駆け上がっていく。
「く、ここからは土魔法の維持で精一杯……です」
「わかった!」
一度思い切り三段跳びで前方に進んでから僅かに振り返ると、障害物である木々が減った魔物は更に速度を上げてきていた。
アイリスは苦しそうにしている。
魔物の体重がどれくらいかは知らないが、恐らくは僕ら100人分程の体重はあるだろう。
彼女は三色魔法使いだけあってかなり魔力総量が多いはずだが、その体重を支え続けながら地形を維持するのは魔法に疎い僕でさえ尋常なことではないのが分かる。
ぞっとすることだが、魔物には脳がないのに知性がある。バレたら終わりだ。
沢の直上に至るまで、アイリスが作り上げた魔法の地面を駆け抜けた。
「……ッ今です!」
それを聞き、僕は急ブレーキをかけた。
背後をみると、迫る魔物。
まだ、まだ、もう少し……。
十分に引き付けてから、僕は思い切りバック宙で飛び上がった。
「グオ!?」
機敏な魔物もまたすぐに踏み止まるが、
「アースウォール解除!」
彼女の維持していた地面が崩壊し、魔物の足場が急速に崩れ始める。
そして僕らも一緒に落下していく。
作戦では、彼女の風魔法で跳躍を補助する予定だった。
彼女は気を失っていた。魔力が尽きたのだ。
僕は間一髪ホバリングを発動させて、なんとか本物の地面まで辿り着いた。
ふぅ、竜廊山からの下山でたらふく練習しておいて助かった――。
「グオアアア!!!」
「は?」
沢に落ちたはずの魔物の声がすぐ下で聞こえた。
僕は気絶したアイリスを横たえて駆け寄る。
なんと魔物は崩落した崖に爪をたてて、少しずつよじ登ってきていた。
バケモノめ、四足歩行ならそれらしくしてろよ!
「サツキ、アレだ!アレで上がってきた瞬間をぶん殴るぞ!」
勝手に装着を解除したガボが叫ぶ。
「殆ど練習できてないけど!?今すぐ駆け降りて爪をナイフで切るのは!?」
意図はすぐに読み取れた。でもぶっつけ本番で試すにはあまりにリスクが大きい気が――。
「ダメだ!地の利を失い、下手するとこっちが落とされる!大丈夫、俺が補助する!」
「……わかった!」
ガボを信じよう。
「装着。剛腕ユニット」
僕は二つ分のユニットを右腕に纏った。
右腕だけ、肩から先が巨人の腕のように膨れ上がり、それでいて当たり前のように僕の腕として機能する。
(ブースト点火、タイミングは俺が合わせる。お前は上がってきた瞬間、ぶん殴れ)
僕は待つ。
魔物が這い上がってくるのを。
そして拳を強く握りしめた。
「グオォォォォ!!!!」
そして魔物はついに、崖から顔を出した。
「吹っ飛べぇ!!」
ッバァン!
肘についたブースターが火を吹いて放たれた渾身の巨大腕のパンチが魔物の鼻頭にめり込んだ。
魔物は回転しながら吹き飛んでいき、今度こそ崖の下へと消えていった。
そして盛大な水飛沫を上げながら下流へと流れていくのを、僕はしっかりと見届けた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
「やったなサツキ」
「ハァ、ハァ。うん、最高の一発だったね!」
案の定右腕はめちゃくちゃ痛いので、左手でガボとハイタッチを交わした。
川の向こうへと流れていく魔物。
どんぶらこどんぶらこ……。
……あ、今気づいたけど、下流の人たち大丈夫かな。
……まぁこの大きな河川は南部まで流れていくから、きっと竜帝様が処理してくださるだろう……。