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第14話 魔物

「お風呂加減はいかがでしたか。料理が出来ていますので冷めないうちにどうぞ」


 圧巻の光景だった。

 装着を解除しレザーアーマーも外し、人生初のお風呂という極楽の湯にもお呼ばれして、とっくに全身リラックス状態だった僕に唯一不足していたものがそこに広がっていた。


「アブラトン(しし)ステーキのアッシュグリーンハーブ添え、自家製パープルラディッシュと癒光草と紅角鹿のポトフ、月傘茸と森アスパラのソテー、白パンはセレノスの行商人から買い付けたものです」


 料理、というか大ご馳走達の集会所みたいになっているテーブルの上では立ち昇る湯気と共に圧倒的な美臭が漂う。


「なんだか眩暈がするよガボ、これは湯上がりのせいかな」

「はいはい」

「しゃべった……。知性のある獣……。サツキさんは召喚術士だったんですね」

「そうだね――あの、食べていい?」

「はい、どうぞ。お待たせしました」

「いただきます!――はぅあ!うまぁ!」


 ありえない。

 まさか女将さんの料理を超える料理がこの世に存在するとは……。

 僕は真の極楽へと到達したらしい。


「あぁ、もう魔王とかどうでもいい。僕は幸せ者だ」

「ま、魔王!?」


 アイリスさんがびっくりしている。


「おい、どうでもいいなら迂闊に口にするんじゃない」


 ガボの小言を聞き流しながら、僕は寝っ転がって高い天井を見上げた。

 三色魔法使い、立派な家、そして立派な料理。

 僕はアイリスさんの素性にがぜん興味がわいてきた。


「ねぇアイリスさんはここで何をしているの?」

「アイリスで構いません。私もサツキ君、と呼ばせてもらいますから」

「わかった」


 アイリスは遠い目をしながら語り始めた。

 なんだか訳ありな予感……。


「私はハーフエルフでして、元は東のシュトゥルフ共和国領のさらに東の果てにあるエルフの森から、駆け落ちして森を追放されたエルフの父と人間の母と三人で放浪の旅をしていました。そして監視の厳しい共和国を出て――色々あって、今は私一人がここに住んでいます」


 なるほど……。事情は深そうだ。

 ところでエルフってなんだっけ。聞いたことあるような……。あとでガボに聞こう。


「紅影草を探していた理由は?」

「……お恥ずかしながら、私は既にこの世に未練がありません。あの草は、記憶を蓄えます。あれがあれば、昔の幸せだった頃に浸っていられるので……」


 あーなるほどね。

 この子、若いのに麻薬ジャンキーみたいなニオイを感じるなぁ。確かサウス村によく来てた商人のおっちゃんも同じような目をしてたなぁ。


「そっかぁ。色々大変だったんだね。でも、僕ももう、未練ないよ」

「え、そうなんですか」

「うん、こんなに美味しいご飯をたらふく食べさせてもらって。あったかいお風呂にも入れたし。こんなに幸せなことはないよ」

「――」


 げ。

 アイリスは唐突に、ぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。


「あ、な、なんか不味いこと言ったみたいだね。僕田舎者だからあまりものを知らなくて。ご、ごめんね」

「サツキ、お前が軽率なこと言うからだぞ」

「あ、ち、違うんです。すみませんいきなり泣いてしまって!あの、その……」


 アイリスは柔らかく笑った。


「サツキ君がさっき言った言葉、昔私が母に言った言葉とまったく一緒だったから……ちょっとびっくりしちゃったというか」


 なんだ、びっくりして泣いたのか。

 ……びっくりしたら泣くもんだっけ?


「母はとても料理が上手で、私の料理もすべて母に教わったものです」

「そっか。お母さん、死んじゃったの?」

「おいサツキ」

「ガボちゃん、いいんです。そうです。もう20年も前に、多数の魔物を引き連れた一体の魔族の首都への侵攻によって、動線上にあった村は踏み潰されてなくなりました。私が助かったのは偶然です」


 ……そっか。

 僕は親の顔を知らないけど、知ってから失う方がきっと何倍もつらいだろうと思う。

 ん、20年前?

 この子ひょっとして、こんなに若そうなのに実際は三十路くらいなのか。

 世の中は広いなぁ。


 よし。


「――じゃあ、僕らも手伝うよ」

「サツキ君?」

「君が紅影草を探すのを。それがあれば、お父さんやお母さんに会えるんだよね?」

「え、でも、それはあくまで幻だから……」

「関係ないさ」


 今が良ければそれでいい。

 いや、ちょっと違うか。


「現実か幻かなんて、関係ない。君にとって現実が残酷なのであれば、そこで無理に生きる必要ない。ね、ガボ?」

「……え、あ、そうだな。サツキにしてはいい事言うじゃないか」

「でしょ。まぁ僕らの依頼もついでに達成できるからっていうのもあるけど」


 僕らのやりとりを聞いていたアイリスはしばらく思案した後で、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。お二人がいれば、とても心強いです」


 人の為になれるのは嬉しいものだ。


「それでは、あの魔物を退ける方法を考えましょう」

「え、なんで?」

「あの魔物が巣を作った場所が、よりによって紅影草の唯一の群生地なんです」


 ――ふむ。


 下調べって大事だよね。

 これEランク依頼で通したギルド員誰だよ……。

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