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第13話 三色の魔法使い

 ウィズドラム家が統治する西部最大の海浜都市セレノスは、このアーカルナ王国で最も栄えている都市と言っても過言ではない。

 理由は魔物が出ないから。それに尽きる。

 魔物は雨を嫌うが、同じくらい、海を嫌う。

 なので内陸にしか出現しないのだ。

 

 僕達が今歩いている街道は、セメントが敷かれた、驚くほどに整備された道だ。

 行き来する馬車は怒涛の勢いで過ぎ去っていく。トランソンさんに乗せてもらった馬車の3倍くらい速度が出ていると思う。

 地図にある王都リュクシオンから四方へと伸びた街道もまた大変整備されているそうだが、リヴァティエから伸びるこの道もなだらかさでは負けず劣らない。理由は、西部と南部の交易が盛んであるからだ。国内の一次産業の大半がこの二領域で賄われている。


 (魔物装備の上からの付け心地はどうだ)

 (悪くないよ)


 リュックサックの中身は食糧や調理器具などを減らしてきたため軽く、双脚ユニット状態で飛ぶように歩いているので、疲れ知らずなのに速い。

 全力で走ればあの馬車に負けない速度で走れるが、あまり目立ちたくもないので歩いている。

 魔物産のレザーアーマーは非常に付け心地がよく、薄手なのでガボを装着していても着かさばることもなく、快適だった。上半身も装備が立派になったおかげで、双脚ユニットでも下半身ばかりが目立つという状態もいくらか薄れたと思う。


 そして日が高いうちに僕達は誘いの森へと到着した。

 見た感じは静かな普通の森だが、この奇妙な名前はどこから来たのだろう。

 見渡す限り赤い草は見つからないので、僕は森の奥へと歩を進めた。


 (サツキ、妙な気配がある)

 (ん、わかった)


 僕は念のため、右手にナイフを握った。


 (サツキ、お前なんでそもそもこの依頼が気になったんだ?)

 (ん、依頼書ってさ、依頼した本人が書いているわけじゃない。その文章がさ、淡々と書かれているんだけど何というか、含みを感じた、というのか)

 (ただ困っているだけじゃない、と?)

 (どうなんだろう、分からないけど、そうかもしれない)

 (ふむ。お前も意外と面倒事に顔を突っ込むタイプだな)

 (……ちょっと初依頼から選択を間違えたかな)


 ガボと念話していると、大きな沢に丸太の橋が架かっている所にやって来た。

 僕が橋を渡っていると――。


 ドーン!


 橋の向こうから大きな爆発音がした。

 誰かが戦っているのかもしれない。

 急いで橋を渡りきると、あちこちで裂けている木や燃えている草花が広がっており、戦いの苛烈さを物語っていた。

 音のする方へと慎重に近づいていく。


「来ないで!」


 まだ遠いが、女性の声だ。

 声色からすると、どうやら何かに襲われているらしい。

 僕で、力になれるだろうか。

 いや冒険者になっておいて、見て見ぬふりはないだろう。

 僕は意を決して駆け付けることにした。


「やめて、来ないでぇ!!」

「ブルゥゥゥ!!」


 そこには、足を怪我した杖をもった女性がひとり、大きな獣に襲われていた。

 猪……のようだが、違う。大きさは2メートル以上はあるし、眼が濁っているし、背中が異常に盛り上がっている。

 ――魔物だ。


「ファイアボール!」


 女性は魔法使いのようで、手にした木の杖の先端から高速で大きな火球が打ち出され、魔物の鼻先に命中した。魔法には詳しくないが、サウス村で見たことのある火球より一回りは大きかった。それなりに強い魔法使いなのだろう。

 しかし魔物は一瞬苦しがる素振りを見せたが致命傷にはほど遠くむしろ怒り狂っているだけだ。後ろ脚を蹴り、今にも女性に突進していきそうだ。

 僕は両のレッグユニットの筋繊維を引き絞り、全力で跳んだ。

 間一髪、魔物の角が女性を串刺しにする前に、僕は彼女の胴体を掴んで突進を躱した。


「逃げますよ、いいですね?」

「は、はい」


 僕は女性を片腕で抱えて、全力でその場から離脱した。

 幸い魔物の図体が大きかったおかげで、来た橋を再び渡る頃には、魔物猪の気配は消えていた。

 獣タイプで助かった。

 最初に出会ったような猿みたいな魔物だったなら、執拗に追跡を受けて逃げきれなかっただろう。


 僕は沢からやや下流の水辺で女性の足の手当をした。


「失礼しますね」

「……はい」


 血の滲む黒のロングスカートをめくると、片足はひどい裂傷を受けていた。

 でも幸い、折れてはないみたいだ。


「沁みますよ」


 救急キットの消毒液を塗すと女性は顔をしかめたが、声は上げなかった。

 我慢強い人だ。

 包帯で固定すると、女性はひとまずは痛みも耐えられるレベルに落ち着いたらしい。


「助けていただいてありがとうございました。先程の機敏な動き、あなたは戦士様ですか?」


 青髪の女性は深く被っていた帽子を脱いで、僕に頭を下げてから、そう聞いてきた。


 おや。この人耳がけっこう尖っている。

 まぁ、そういう人もいるか。

 

「そのようなものです。あなたは依頼でここに?」


 説明するのも手間だし、間違ったことは言ってないだろう。

 たぶんガボの力って、物理全振りだし。


「依頼、ですか?いえ、私はもともとこの森の奥に生えている植生に用がありまして……」

「その植生って、紅影草のことですか?」

「どうしてそれを……」


 訝しむ女性に対して、僕は冒険者ギルドの依頼でその草花を探しに来たことを告げた。


「そうですか。そんな依頼が……」


 女性は背の高い木々に囲まれてわずかに覗く空を見上げた。僕もつられて見上げると、気がつけば夕暮れ時が近いようだ。

 彼女は少しだけ悩むような素振りをして、


「もうじき日も暮れます。あなたは命の恩人ですし、どうか私の家にご招待させてもらえませんか。申し遅れました。私はアイリス・リュミナストラ。この森に住む三色魔術師です」


 と提案してきた。

 三色魔術師って凄い人だな。なんでそんな人がこんな森で隠遁生活してるんだ?怪しい。

 うーん、悪い人ではない……気がする。実際、死にかけてたわけだし。僕としては街に帰れないこともないけど、泊まらせてもらった方が依頼の上では非常に効率的ではある。魔物が出るのであれば、その方が安全だろう。あぁ、でも女将さんの料理食べたいなぁ……。


 僕がうんうん悩んでいると、アイリスさんは少し焦った様子で言い連ねた。


「あ、あの。お風呂も客用ベッドもありますし、森のハーブや獣肉を使った料理もご馳走しますので、ぜひ」

「ではお邪魔します」

 

 今度はまったく悩む必要はなかった。

 冒険者が宿に帰れないことなんて当たり前だもんね。


「ふふ」


 僕の即答が清々しかったからか、女性は初めてにこりと笑みを見せた。


「ではこちらです」


 彼女に案内されて、僕らは魔物が出た方とは別方向の、誘いの森の深部へと足を踏み入れて行った。




 (単純なやつ……)


 どこからか、ガボのぼやきが聞こえた気がした。

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