第11話 街
「わぁ、これが、リヴァティエかぁ!」
僕たちは南部最大の商業都市へと到達した。
大きな石造りの門に設けられた検問で、旅人は持ち物を漏れなく検閲されている。
それはお得意の行商人であっても同じで、むしろ荷物の多いトランソンさんの荷馬車は通過に大きく時間をとられていた。
そんなことは全く気にもならないけれど。
御者台から見下ろす忙しそうな沢山の人々の往来や、更に見上げた立派な門の装飾の緻密さ、そして門の向こうからあふれ出してくる人々の喧騒に耳を澄ませるだけで、新たな人生が始まったかのような、まさに目の覚める想いが胸にこみあげてくるのだ。
たっぷり10分程は検閲されてから、荷馬車は検閲をクリアし街の中へと入っていく。
「じゃあ俺は降りる。世話になったな」
「こちらこそ、大変心強かったです。報奨金はすぐにギルドへお支払いしておきますので。ありがとうございました」
「あぁ」
シガーラルさんは荷馬車を降り、どこともなく去っていった。
「さぁサツキ君、君は目的地まで送りますよ。どこに行きますか?」
「冒険者ギルド……の前に、信頼のおける質屋を紹介してくれませんか。旅の資金を手に入れたくて」
「質屋……ふむ、それなら、私の友人の店を紹介しましょう」
そして馬車は大きな街道を進み、ほぼ中央に位置するらしい高級宿場と兼用の馬小屋で馬車を預けた後、トランソンさんは歩いて街の北端にある小ぢんまりとした質屋を案内してくれた。
「トカゲ商店」
看板に小さなトカゲの絵と共にそう書いてある。
「ジーク、邪魔するぞ」
トランソンさんは古びた木製ドアを遠慮なく開いて中へと入っていった。
僕とガボも急いでその後を追った。
「なんだトランソン。大手専門の行商人がこんな気まぐれな店になんの用だ」
ジークと呼ばれた、くせ毛を肩甲骨あたりまで伸ばした、ちょっと陰気な感じの男の店主は、気だるそうにそう返した。
「俺じゃなくて、今日はお前にお客さんの紹介だ。ほらサツキ」
「サツキです、買い取ってもらいたいものがあります」
「はぁ、まぁ、客なら拒むものではない。出してみろ」
そう言われて、僕は竜帝からもらった宝石をカウンターに置いた。
「おぉ……これはなかなか……お前これをどこで手に入れた?」
僕はトランソンさんの方をちらりと見た。首を縦に振っている。
信頼が置けるという言葉を信じよう。
「サウス村に隣接する竜廊山で出会った大きな竜にもらいました」
「竜だと?寝言は寝て言え……と言いたいところだが、過去に人が竜と対話したという例はないでもない。ふむ、なかなか面白い客が来たもんだな」
「だろうジーク。サツキ君はなかなか戦闘の筋もよさそうだった。今回いい取引ができれば、今後もいい顧客になってくれるかもしれないよ」
「確かに俺の『鑑定』も、こいつが400年前の旧王家の一品だと言っている。……おい、ミリエル!聞こえるか!」
「はい!」
店主が割と乱暴ぎみに呼びかけると、店の奥からパタパタと作業着の少女がやってきた。
獣人だ。珍しい。大きな猫耳が頭上でふよふよと揺られていて可愛い。
加護持ちなんだろうけど、歳は僕と殆ど同じくらいじゃないだろうか。
「この古い宝石を『浄化』しておけ。久々の高価品だからな、割ったら1年間は給料なしだぞ」
「は、はい。あの親方、たぶんこれを浄化したら今日はもう魔力が尽きそうです……」
「相変わらず体力のねぇやつだな。1日100回くらいは出来るように鍛えとけ。それ終わったら遊びに行っていいぞ」
そうジークに言われて、女の子は華のように表情が明るくなった。
「は、はい!がんばって磨きます!」
そう言ってミリエルと呼ばれた獣人の少女はまた店の奥に入っていった。
ジークは厳しそうに見えて優しい部分もあるらしい。
「さぁサツキ、今日は初回だから相場以上の値段は出せねぇが、『鑑定士』である俺の能力と、加工して貴族様や王家の人間に売りに出した場合の売値の期待値を考えて……30万ゴールドでどうだ?」
すごい金額過ぎてよくわからない。
僕は隣のトランソンさんを見た。
「悪くないと思いますよ」
トランソンさんがにこりとそう言うので、僕も異論などはなかった。
ガボも特に何も気になることはないようだ。
「では、それで買取りお願いします」
「うむ、商談成立だ。じゃぁ金だ、なくすなよ」
テーブルにドンと麻袋が置かれた。
ずしっと重い麻袋に手を伸ばし、いちおう紐をゆるめて中身を検分する。
10万ゴールド銀貨が2枚、1万ゴールド銅貨が9枚、1000ゴールド鉄貨が9枚、その他の石貨が十数枚と、使いやすいように分けて入れてくれていた。銀貨三枚などよりも大変ありがたい。
僕は麻袋を絶対に落とさないよう腰にしっかり結び付けて、店主にお礼を言ってトランソンさんと店を出た。
「それではサツキ君。私はこれで失礼しますね。長期滞在する宿を探すなら、西にある下宿屋『月代亭』がおすすめですよ。私の名前を出してくれていいから」
「ありがとうございます。トランソンさん、何から何までお世話になりました」
「いやいや、こちらこそ。サツキ君のおかげでシガーラルさんへ払うはずだった追加料金が浮きましたからね。君は見所がありそうだ。また何か縁があればよろしくお願いしますよ」
去っていくトランソンさんにしっかりと頭を下げて見送ると、僕は静かな裏路地で一人になった。
「ガボ、次はどうしよう。冒険者ギルドに行く?」
「もうじき日が暮れるから、その前に宿屋を確保しておこう」
「ん、わかった」
僕たちは路地を歩き始めた。
ふと後ろの方で勢いよくドアが開く音がして振り返ると、先ほどの質屋の見習い少女がどこかへ出かけて行ったようだった。
また中央の目抜き通りに戻ると、色とりどりの屋台が立ち並んでいた。肉が焼けるいい匂いが鼻を突いたとたん、僕の腹の虫が盛大に鳴った。
キャラバンでは旅の簡単な食事はごちそうになっていたが、今日は朝から何も食べていなかったから腹ペコだ。
「ねぇガボ」
「気持ちはわかるが大金の入った布袋を大通りで開けるのはやめておけ。スリに狙ってくれと言ってるも同然だ。防具を買えば金はごそっと減るし、いずれはギルドに行けば金は預けられるから、今は我慢だ」
「うん、わかった」
ガボが一目につかないよう、小声で提言をくれた。
そうだな、僕は旅の初心者だ。
油断しているとしょっぱなから身一文無しになりかねない。
ぐっと食欲をこらえて、僕は足早に西区の宿屋を目指した。
街は広く、結局宿屋に着く頃には日が暮れかかっていた。
月代亭と書かれた看板を掲げた宿屋は表通りにあった嘘みたいに大きなホテルに比べればこじんまりとしているが、それでも十分に立派な3階建ての建物は屋根に煙突がついており、そこから何やら美味しそうな匂いが漂ってきていた。
僕は空腹でふらつきながらドアを開いた。
カランカラン
涼しげな鈴の音と共に入口をくぐると、フロント部分には円テーブルが幾つか並び、冒険者や商人たちと思しき複数のグループがボリュームたっぷりの美味しそうな料理をこれまた美味しそうに食らっていた。
人気の宿なんだ。空いてるといいけど……。
「いらっしゃい。一人かい?」
戸惑っていると、恰幅のよい、忙しそうな女将さんに声をかけられた。
「あ、はい。部屋は空いていますか?」
「うーんちょっと待ってね……。あぁ、そうだね、一人様用のいっちゃん狭い部屋が一つだけ空いてるよ。そこでいいかい?」
「はい、大丈夫です」
自分で稼ぎぶちが見つかるまでは贅沢はしてられないから。
「料理は?朝夕つけられるけど」
「ぜひいただきます」
そこだけは即答だった。
「じゃ一泊2000Gだ。前払いだが、何日滞在する?あ、ここに名前書いて」
結構高い。
でも、トランソンさんが勧めてくれたくらいだから、この街ではたぶん良心的なほうなのだ。
「とりあえず、30日分でお願いします」
サツキ・ノーマン、と。
僕は帳簿にサインしながらそう答えた。
「へぇ長いんだね。若いけど、冒険者かい?」
「明日ギルドに登録に行く予定です」
「あら新人かい。頑張りなよ。このご時世だ。困ってる人も、仕事も、いっぱいあるからね。ささ、席につきな」
「はい」
運ばれてきた料理は柔らかそうで大きな肉やパン、トロっとしたスープ、サラダだった。
もう匂いがなんとも……。いただきます!
「うッ!」
スープ一口目が、空腹の胃のいたるところに染み渡るようだった。
涙が出るほど美味い。
こんなに美味しい料理がこの世に存在したのか。
「うぅ…美味しい……美味しい…」
「おい、あのボウズ、泣きながら食ってるぞ」
「あんなんで大丈夫か……」
色々言われてる気がするけど気にならない。
僕は今日中にギルドに行くことはすっかり諦めて、ゆっくりと全身全霊で料理を味わうことにした。
「泣かれるくらい喜ばれたら、悪い気はしないねぇ」
そんな女将さんの声も聞こえた気がした。
僕は料理を綺麗に平らげてから部屋に戻り、軽く湯浴みをして新しい肌着に着替えてから、ベッドの上に横になった。
ベッドは、これまたびっくりするくらい柔らかかった。
今の心境を端的に言えば、極楽、だ。
「ガボ、僕はもう、いつ死んでもいいかも……」
「おバカ、今までが劣悪すぎたんだよ。お前の人生はこれからだ」
「そっか。じゃぁ、生きてることに感謝しながら、これからも頑張るよ」
「……生きてることに、ね……。ま、いいんじゃないか」
相変わらずガボは含みのある言い方だが、まぁいいや。
「うん。おやすみ、ガボ」
「おやすみ、サツキ」
街での初めての夜は、優しく更けていった。