第10話 岩山の道
魔物と遭遇したあの日から何日か、道中の森近くでシカなどの動物を狩猟しながら更に北へ北へと道を歩き、十字路に到達したところで、ちょうど僕たちは東のイース村からきたキャラバンに乗せてもらえることになった。
「ほお、坊主は召喚術士なのか。珍しいな、んで相棒が浮かんでるそいつかい。……あんまり強そうには見えないね」
恰幅の良い行商人、トランソンさんがガボを指差した。
「はは、そうですね。今のところは、自衛で精一杯ですが」
「それでも十分さ。俺は生産系で戦闘はめっきりだからな。まぁ今回は例え魔物が出ても、強い用心棒がいるから大丈夫だけどな」
そう言ってトランソンさんは荷台の後ろを指差した。
そこには大剣を持って佇む、いかにも冒険者といった風貌の大男が静かに目を閉じて佇んでいた。
「A級ソロ冒険者のシガーラルだ。たまたまイース村に用があって滞在していたところ、商業都市リヴァティエまで運賃がわりに格安で用心棒として乗ってくれたというわけだ。こんなに心強いことはないさ」
シガーラルと呼ばれた大男はちらりと僕達を一瞥すると、また静かに目を閉じた。
身の丈程もあるバスタードソードを傘のように自然と抱き抱えている姿は、相当強そうだ。
恐らく加護は重戦士とか、剣術士とかだろう。
ガボは一般人と一緒の時は極力話さないようにする方針のようで、ガルーダのように黙って僕の後ろに浮かんでいた。なるべく人目に付くのを避けるためらしい。
そのため僕は基本的にトランソンさんと馬車の御者台に座ってよく話をした。
「そうか坊主も冒険者を目指しているのか」
「はい、孤児の僕が身分を立てる上でも、冒険者は魅力的でして」
「そうだな、何事も信頼を得るには堅実な仕事だからな。頑張れよ。……おっと、そろそろ渓谷か」
僕はサウス村で買った安い地図を広げた。
この大陸の南端にある3つの村が十字路で交通し更に北上する途中でマンダレイと呼ばれる岩山の間を通り抜ける必要がある。ここは片方は切り立った岩壁で、もう片方は断崖絶壁の渓谷だ。馬車でも問題なく通れるが、問題は――。
「ここはクレパスハイエナの群れがよく出る。それも中々に獰猛で狡猾なやつらがな」
「ハイエナ……ですか。それくらいなら、僕が対処できるかもしれません」
「お、頼もしいな。その時は頼むよ」
キャラバンはそのまま山間を進んだ。地面はある程度ならされてはいるものの石くれが多く馬車はよく揺れたので、僕は少し酔いそうになったのだが、トランソンさんやシガーラルさんは全く問題ない様子だった。
「リヴァティエはどんな街なんですか?」
僕は酔いを醒ますためにも、物知りなトランソンさんに話を聞いておくことにした。
「そうだな。王都からみて南部の地方では最北端になる商業都市だな。南部は魔物も少なく土地も豊かだから、都市の周囲に何層もの農村や牧村が取り巻いているので、流通も盛んだ。唯一海と接する西部との交易も盛んだな」
「へぇ、さぞかしにぎわっているんでしょうね」
「そうだな、活気ある街だよ。ただ最近は貴族の動向がキナ臭くてな」
「貴族?」
聞いたことはあるけど実態はよく分かっていなかった。
「あぁ貴族ってのは、東西南北の四方を納める、建国に組した四大貴族のことを言うんだ。リヴァティエを治める貴族、エインズワース家は、北のドラクシア家なんかと違って良識ある貴族でな。南部が潤っているのもエインズワースの賢政によるところが大きいんだが……」
「キナ臭いと言うと……?」
「ん、そうだな。まぁあまり大きな声では言えないんだが、貴族間の権力闘争が激化しているらしい。特に、魔族との境を防衛するドラクシアがな。国境を守る東のヴァレンシアはさておき、平和な南部のエインズワースや西部のウィズドラムに対して、貴族の称号をはく奪しようと画策しているなんて話さ」
「それはなんとも……穏やかではないですね」
「そうだろう。安定を何よりも重視する俺達商人にとっても決して他人事じゃないのさ」
人の敵は魔物だけじゃないってことか。
「おい」
その時、荷台から聞きなれない声がした。
「シガーラルさん、なにか?」
「囲まれているぞ」
トランソンさんと短いやり取りの直後、がけから駆け下りてきた十数体はいるであろうハイエナの群れに、キャラバンはあっという間に囲まれてしまっていた。
「ヒヒィィン!」
馬が怯えおののいていた。
ガボでさえ気づいていなかったのに、すごい察知力だ。
いや、そんなことより、早急に対処が必要だ。
「トランソンさん、シガーラルさん、僕がやります」
そう宣言し、僕は御者台から飛び降り、装着した。
右腕、右脚の右半ユニットに、左足にアブゾーバー、左手にナイフを持つ。
「……いいが、しくじっても知らんぞ、小僧」
「はい!」
(投石)
(うん!)
幸いここには石が山ほどある。
僕は飛び降りてすぐに拾った石でまず一番馬に近いハイエナの頭を投石で打ち砕いた。
「ギャン!」
それを見て三匹が同時に飛び掛かって来た。
僕の見た目から、侮っているのが分かる。
動きは早いが、対処できない程ではない。
鋭い牙を向けながら大きく口を開けて飛び掛かって来た手前の一匹の口に頑丈なアームユニットを突っ込んで、そのまま地面に思い切り叩きつけると、頭がい骨が砕ける音がした。
「……ほう」
誰かの嘆息のようなものを聞きながら、続けて握った拳を振り払い、二匹目を崖の下まで吹っ飛ばした。
それを見届ける前に三匹目は高周波ナイフを顎の下から後頚部にかけて貫いた。
群れ全体に一気に動揺が広がったのが分かる。その隙にナイフを右手に持ち替えて一跳びで接敵し、更に三匹の首を立て続けに刎ねた。
ガボから習う剣術は、基本的にあらゆる生物の首を刎ねるか刺して絶命させることを想定しているのだと思う。
だから、驚くほど手慣れた動作でそれを行うことが出来たのだろう。
さすがに群れの半分を瞬殺された時点で、全滅を避けるためにハイエナたちは逃げ去っていった。
後を追うか――。
「お見事!サツキくん。戻ってきてください。追う必要はありません。これでもう奴らは、渓谷を抜けるまで手出しはしてきませんよ」
声をかけてきたトランソンさんは、てきぱきと死んだハイエナの死体を血抜きしてロープで荷台の外に括り吊るしていた。
「分かりました」
何とか仕事をこなした僕は武装を解除し、御者台へと戻った。
「やるもんですねぇ!」
「ありがとうございます。トランソンさんも、さすがの手際ですね」
キャラバンは再び移動を開始した。
しばらくして、また荷台の後ろから声がした。
「小僧、お前は召喚術士か」
「あ、はい。一応そうです」
「そうか」
え、それだけ?
何を納得したのか知らないが、またシガーラルさんは目を閉じて、それきり言葉を発することはなかった。
更に一日をかけて無事キャラバンは山間を抜けて、僕達は商業都市リヴァティエへと辿り着いた。