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第01話 始まり

 薄暗い洞穴から抜け出して、光を目指す。

 いつもそんな光景と共に目が覚める。

 だから朝の清々しい陽光を見る度に、求めていたものが空振りした虚しさを振り払う羽目になる。

 夢の内容は鮮明に覚えている気がするのに、その中で目的を達せられたのかは分からない。


 まだぼんやりとした頭で薄暗い中、周囲を見渡した。沢山の子供達の寝息が聞こえてくる。

 よせばいいのに試しに鼻をひくつかせると、濡れた石の薄暗い光沢から泥臭い匂いが沸き立っている。

 馬小屋の藁の上で眠れたらどれだけ幸せだろうと思うほどにこの孤児院の寝床は劣悪だが、それも既に慣れたものであり、同年代と自分を比べて殊更に不幸を覚えることもない。

 石造りの修道院の広間の一つに20〜30人程の孤児が雑魚寝しているので、仮に藁や、幸運にも捨てられた布などを拾ってきたとしても、体格の良い子供に取り上げられて終わりだ。おまけに寒い。

 更に悪いのは、もし風邪なんて引こうものなら下手すると野宿を強要されてしまうので、生死に関わる。

 だがそんな生活も、今日で終わり。

 なぜなら明日から僕たちはここを出る。15歳になるからだ。


「よぉサツキ、お祈りは順調か?」

「黒髪黒眼の不吉人間だからね、神様から優しいお告げがあるとは思えないもんね」


 頭上から高揚感を引きはがすように二人ぶんの声が投げかけられた。

 ここの現在のボスであるサリャーマと、その腰巾着のギンチ、いつもの2人だ。

 僕は軽く頭を下げて言葉は返さない。肯定も否定もしないというやつだ。


「チッ、相変わらず陰気なやつ。お前なんかどうせここを出たら野垂れ死ぬのが関の山だろうさ!だが俺は必ず武闘職を得て冒険者になり、俺たちを蔑んだこんな村はさっさと出ていってやる!」


 僕と同じく恵まれない幼少期を送ったサリャーマは、しかし僕とは違いその目に爛々と燃える野望を秘めていた。


「僕もさ。必ず王都中枢に食い込んで大金持ちになってやるんだ!」

 その横で鼻を鳴らすギンチはよくわからない。


「フン、景気付けにもならねぇが、よこせ!」

「あっ」


 配給された食事に僅かに含まれた野生動物の肉をサリャーマがぶんどって去っていった。これもいつものことで、おかげで僕は万年やせぎすだ。

 くそう……明日からは見てろよ……。

 絶対に強い加護もらって、みんな見返してやるんだから。




 日が高く昇った翌日の正午が間近に迫った頃。

 教会の礼拝室に集められた村中の15歳の子供達、僕を含めてその数15名が、一堂に集まっている。

 世界のどこであっても、このサウス村のようにどんなに小さな集落であっても、不思議なことに、この教会がない場所はないという。

 

「それでは、冥天教めいてんきょうの信徒たる私が、祝福と慈愛にあふれるこの日を皆さまと共に喜び合うために、非力なる人族に授けられた灯びを今一度、皆さまと共に諳んじましょう。今日大人になる皆さん、目を閉じて、静かに祈ってください」


 毎年必ず15歳の少年少女は1月1日の今日、加護を授かる。

 ――僕達は目を閉じて、額の前に手を合わせた。

 

「救世教に古くから伝わる言い伝えには、こうあります。『その昔、ともすれば遠いどこかで、人に、動物達に、大いなる災いあり。それを哀れに思われた神々により、刻を世を超えて、人々は幸福の夢をみるなり。愛し子らに、幸あれ』」

「愛し子らに、幸あれ」


 大人達が神父の後に続く。 

 加護は、戦う力であったり、癒す力であったり、生きる力であったり。

 この物騒な世界だから、それは貴重な力だ。


「『迷えるすべての魂たちに、神々は慈悲の心でもっていつか救済の刻をもたらすだろう。清き心をもった人の子らに、力あれ』」

「清き心をもった人の子らに、力あれ」


 ……しかし、この祝詞、何度か聞いたことがあるけど、どうにもうさんくさい言葉だよな。

 どういうトリックを使ってか冥天教の神父は子供達の加護を正確に把握できるからこそ、こうして人々の信仰を一心に集めているわけだけど……。


 大人達は粛々と神父の言葉の後に続いている。


 早く終わらないかな……。


 魔法使いとか恰好いいよなぁ。火、水、土、風だっけ。全部使えたら賢者かぁ。いいなぁ。

 治癒術士もいいなぁ。貴重だし人の役に立つから、真っ当にやってれば尊敬されるし……。

 でもできればサリャーマじゃないけど、魔物に負けないくらい強い武闘職を得て、王都で華々しく活躍したりもしてみたいかな……。武術大会で優勝したら貴族になれるらしいから、そうしたら都会の洗練された美しい貴族令嬢と結婚して召使いをかかえて毎日美味しい食べ物も食べられるんだろうな……。

 お姫様はとっても綺麗な方らしいけど、もし勇者になって魔王を討伐したりなんかしたら、お姫様と結ばれる可能性もあるらしいし……。


「――それでは、只今より、子らに与えられた祝福を、詠みあげて参りましょう」


 あ、色々考えてたらいつの間にかやってきたみたいだ!

 お願いします神様。親も兄弟もいない。友達には碌な奴がいない。

 こんな可哀そうな僕には、とびっきり慈悲深い加護をお与えください。


「アイントン・ハーセル。――『剣術士』」


「おぉ!アイントン!やったな」

「さっそくかぁ。さすが武器屋の息子だな」


 いいな。王道のつよ加護。

 しかも最初から武器選び放題とかロケットスタートじゃん。


「ウェンリィ・ロンド。――『水魔法使い』」


「ウェンリィ!あなた、やったわね!」

「お母さん!やった!やった!」


 おー、水かぁ、便利だよなぁ。

 僕もそんくらいでいいな。


「エリオット・クロイツェル。――『召喚術士』」


「おぉ……」

「珍しいな。当たりはずれは大きいが、当たると凄いってやつだろ」

「なにを召喚できるんだろうな?後で見せてもらおう」


 へぇ、召喚術士……か。

 あのエリオットって話したこともないけど、確か村長の息子だったな。

 しかもなんか同世代と思えないくらいクールで背が高くて見た目もいいし……。

 羨ましい。


「ギンチ・アバドゥーン。――『風魔術師』」

「いやったぁぁぁ!」

「やったな、ギンチ!」

 ギンチは手を高くかかげて喜び、サリャーマと抱きあって喜んでいる。


「孤児院の子か。今年は三人もいるんだったな」

「あの子は運がいい。アタリだな。十分身をたてられるだろうな」


「クラリス・センチピード。――『武闘家』」


「シッ!クラリス、でかした」

「父さん、やったよ!」


 あぁ、道場の息子か。

 世の中都合よく出来てるもんだなぁ。

 そしてそろそろ……。


「サツキ・ノーマン」


 どくん。

 きた――。


「――『召喚術士』」


 会場がどよめいた。


「驚いた。二人目か。こんな小さな村で、珍しいこともあるもんだな」

「孤児の子と、村長の息子か。対照的だな。さてはて、契約された獣はどうなるのか見ものだな」


 まさか僕が、召喚術士……。

 どんな召喚獣が契約されているんだろう。


「サリャーマ・ドグマ。――重騎士」

「カカシカオ・タガヤス。――豊穣士」

「シーハウンド・モリサス。――潜水士」


 ――。


「レオナルド・ダ・ピンチ。――『忍者』。以上、20名。君達に、幸あれ」


 そして祝福の儀は終わった。





 授かった力を両親や家族と確認し、喜びあったり、期待と違い落胆して慰めてもらう恵まれた子供達の姿を尻目に、僕は教会を離れた。

 この力が僕の人生を変えてくれるものとなるのかどうか、出来れば人気の無い場所でしっかり検証しなければならない。


 ふと、背後の教会から一瞬強い光がさしたかと思うと、次いで歓声のような大勢の声が聞こえてきた。

 誰かが強いスキルでも披露したのだろう。

 僕は村を後にした。


 やってきたのは、村の外れにある竜廊山という、村人が殆ど寄りつかない山との境にある草原だ。

 山から流れてくる沢がかつて作った大きな湖があり、野花が咲き乱れるこの場所は普段は村人の憩いの場になることも多いが、今は誰もいない。

 僕はここで召喚を検証してみることにした。


 頭の中に浮かんだ詠唱は、半ば無意識で紡ぎ出された。


召喚リンク


 バチッッ!


 一瞬、火花のような、電撃のようなものが空を引き裂くように立ち昇っていった。

 そして立ち上った煙幕の向こうから、その召喚獣は姿を現した。

 ――それは、宙に浮かぶ、円い球体、だった。

 他に表現の仕様がない。

 大きさは20センチくらい。

 金属調で、鈍く光沢を放っているその胴体からは、冗談みたいな細長い両腕が生えている。


「c××××c×××× e××××××××e×……」

「えっと」


 球体は、動物らしからぬ妙な音で鳴いている。

 確かに、とても強そうには見えないというか、むしろ凄く貧弱な感じだ。

 まぁ、僕にお似合いといえばそうなのかもしれないが……。


 僕が召喚獣を扱いあぐねていると、遠くから鳥の羽ばたきのような音がこちらに向かってくるのが聞こえてきた。それは次第にかなりの大きさになってきた。

 それはまるで、山に住むと言い伝えられる竜が飛んできたようだ。


「探したぞ」


 草原の草花が飛び散るほどの風を起こしながら現れた巨大な怪鳥から、人の声がした。

 怪鳥は地面に降り立ち、その背中から姿を見せたのは、エリオットだった。


「な、なにか用ですか」

「なにか用か、だと?いいかサツキとやら。召喚術士はひと世代には世界で数人と言われる稀職だ。それがこの小さな村に2人出た。ただの偶然なのか、それとも俺か貴様のどちらかがイレギュラーなのか。俺は村を出る前に確かめておかねばならん」

「君は村長の息子なのに、村を出るの?」


 僕がそう返すと、エリオットは無表情のまま呟いた。


「……ガルーダ」

「キュエッ」


 今のが指示だったのだろうか。

 ガルーダと呼ばれた怪鳥が一瞬翼を振り上げたかと思うと、一陣の風がそばを通り過ぎていき、遅れて僕は頬に鋭い痛みを覚えた。

 触ると、頬には血が滲んでいた。


「くだらん質問で俺の質問を濁すのは今ので最後にしておけ孤児野郎。あえて返答してやるとしたら――そうだ。俺はこんなチンケな村にしばられるつもりは微塵もない。おい、そこの球体が貴様の召喚獣か」

「う、はい、そうみたいです」


「ずいぶん貧相な出立だな。……では早速、俺のガルーダと力比べといこうか」

「ち、ちょっと待って。まだこいつ、僕の言うことを聞くどころか、意思疎通さえ取れてないんだ!」

「召喚獣は意思を持つ。危機に面すれば自ずと動くさ。ガルーダ!」

「キュエ!」


 ガルーダの体が緑色に淡く光った。

 なにか大きな魔法を練っているらしい。


「ま、待って」


 僕が制止しようとした時――。


「……Mission initiated」


 僕の召喚獣は小さくなにか分からない言葉を呟いたが、それと同時にガルーダが発動した風魔法によってとてつもない勢いで吹き飛ばされていき、


 ドカァン!


 何十メートルも飛んで大きな槻の木に激突し、地面に落下した。

 それきり、ぴくりとも動かなくなった。


「あ……」

「……フン、危機に反応もできず機能停止か。弱すぎる。なるほど、安心したよ。やはり貴様がイレギュラーだったのだろうな。ハズレの方のな」


 僕は、かつてないくらい、腸が煮えくり返った。


「なんて事するんだ!」


 人生で初めてだろう。

 僕は人の、エリオットの胸ぐらを掴んだ。


「……おい、その薄汚い手を今すぐどけないと、両手を切り落とすぞ」

「う……」


 ガルーダの力を思い出す。

 激情もみるみる萎み、僕はすぐに手を離した。


「フン、まぁ貴様の召喚獣を殺してしまったのはやり過ぎではあったから、この無礼は手打ちとしてやろう。だが恨むなら、恵まれなかった己の運命を恨むんだな」


 エリオットはガルーダに乗って去っていった。


「……なんて……最悪のスタートだ……」


 僕だって村を出て――外の世界に飛び出してみたかった。

 痛みと惨めさで思わず涙がこぼしながら、僕は恐る恐る召喚獣の元へと近付いて行った。

 死んでしまったらどうなるんだ。確か召喚術士にとって召喚獣は生涯のパートナーだったはずだ。

 まさか始まってもいないうちから、こんな終わり方ってあるのか……。


 召喚獣がぶつかった木は大きく凹んでいた。あの魔法の威力が尋常ではなかったことを物語っている。

 

 召喚獣は、ぴくりとも動かない。

 意外にも見た目の損傷は見当たらないが……。

 可哀想に、内臓が破裂したのだろうか。

 息をしていなかった。


「ふがいない主人でごめんね……。今、埋葬してあげるからね」


 大きな木のすぐ側に、石で大きな穴を掘っていく。涙が止まらない。今日から僕は孤児院には泊まらない。それなのに召喚獣が死んでしまって、仕事が見つかるだろうか。きっとこのまま野垂れ死ぬんだろう――。


「なぁお前、何やってるんだ?」


 聞き慣れない声がした。


「え?」


 振り返ると、僕の召喚獣は、何もなかったかのように、またふよふよと宙に浮かんでいた。


「俺の言葉が分かるか?」


 どうやらこの円い球体が喋りかけてきていることに間違いはないらしい。生きていたのだ。

 召喚獣は呼吸をしなくても生きられるらしい。

 色んな驚きが相まって、僕は思考が言葉にならず、ただこくこくと人形みたいに頷いた。


「よし。さっきのデカいガキを嵌める落とし穴のつもりなら辞めておけ。効率が悪いからな」

「え、あの。うん、やめておく」


 君のお墓のつもりだった……とは、とても言えない。


「物分かりが良くて助かるよ。これから宜しくな、サツキ」




 ――それが、僕とガボの出会いだった。



 

 


 

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