2 架空の悪魔。
「必要最低限以外、関わらないで下さるかしら」
《承知しました》
一体、いつまで演算と実践を繰り返すんだ。
この悪魔は。
『あら、母数が基準に達するまでよ』
「ラピス、案内してあげて頂戴」
『はい、畏まりました』
確かに人口比に比べ数は少ないかも知れないが、既に分かっている筈だ。
人の男は、種馬にはなれない事が。
《宜しくお願いします》
『はい、コチラこそ、旦那様』
もう既に9人が、この実践で失敗している。
だと言うのに。
《あの、ココが私室ですか》
『はい、お気に召しませんでしたか?』
《いえ、とんでも無い、ありがとうございます》
『いえ、では、失礼致します』
《はい、どうも》
『もしかすれば、成功するかも知れないわよ、ふふふ』
何故、どうして女系が表立って多くないのかは。
とても単純な事。
幾ら尊び、尊敬しようとも。
幾ら平等であろうとも。
簡単に、萎縮してしまうから。
「もう良いわ、少し休憩にします」
《はい、申し訳御座いません》
「ほら」
ふふふ。
でも人口比で言ったら、寧ろ彼は1%未満の存在かも知れないわ。
だって、女なら何でも良い。
顔が良ければ良い、体が好みなら何でも良い、そう豪語する者は少なくないのだもの。
それに。
『旦那様、いざとなればコチラが御座います、お使い下さい』
木製の文明の利器。
本当に、人って凄いわよね、ふふふ。
《どうか、お暇を頂けませんでしょうか》
結局、コレもダメだった。
手を変え品を変え、ラプラスは10人の男を試した。
けれど全てが、不能となった。
「偽物であれ、やはり情愛が無いとダメなのかしら」
『そうですね、繊細で影響を受け易いですから』
「どちらも、そうだと思うのだけれど」
『向こうは快楽が絡まなければいけませんから』
「コチラには産む苦痛が伴うと言うのに、本当に、贅沢な生き物ね」
『そうですね、月経も有りませんから』
「良いわ、一生、暇を出します」
《本当に、申し訳御座いませんでした》
情愛が絡まなければ、あるいは上位者の優位性を保持出来なければ、種付は難しい。
馬の方が遥かに楽だろう。
どんなにそう育てられようとも、いつか余計なモノが邪魔をする。
存在意義だ、情愛だ何だかんだと、そうした圧力に萎縮する。
そこに幾ら尊敬の念が有ろうとも。
10中、10人が1年も持たなかった。
どんなに手を変え品を変えようともだ。
「はぁ、まぁ良いわ、次を用意して頂戴」
『はい』
「そうね、次はもう少し、若いのにしようかしら」
どんなに相手を変えようとも、無駄だろう。
なのに何故、まだ実践を続けるんだ。
『では、成人したばかりの者は、どうでしょうか』
ココの時代ならまだしも、まだ相手は子供も同然。
「そうね、若いモノの方が、少しはマシかも知れないわね」
止めてくれ。
そんな事を、私に見せ付けないでくれ。
『では、失礼致しますね』
何故、どうして、か。
「どうしてなんだ」
『あら、そんなに嫌なのね』
「当たり前じゃないか」
『ココでは、成人よ?』
「だとしても」
『仕方無いわね、なら見聞き出来無い様に』
「そうじゃない!」
『何故、嫌なのかしら』
私、予測は出来るけれど、過去を見る事って出来無いの。
他の悪魔とは違うから。
「昔、傷付けてしまったんだ」
『誰を、かしら』
私には、酷い性癖が有った。
痛めつけられなければ、快楽を受け入れる事が出来無い。
厳しい母親の元で育った事が原因なのは理解している、けれど、変える事が出来なかった。
けれど、結婚しなければならない。
家庭を持たなければならなかった。
私は筋肉痛で何とかやり過ごし、子供にも恵まれた。
だが、長続きはしなかった。
必ずジムに行く私を妻は疑った。
だが仕方が無かった、常識的な彼女に理解される筈も無い、と。
誤解は解けたが、ジムの無い日に強請られる様になり。
とうとう、薬も試したが出来なかった。
何日も泣かれ。
そして疲れ切っていた私は、全て話した。
案の定、罵りの言葉だった。
異常者、変態。
そして離婚を切り出され、どうでも良くなった私は、離婚後に全て投げ出し破綻した生活を送った。
それから十数年後、成人した子供が接触してきた。
唆る為だ。
私は浮気をし金を持ち逃げし出て行った、と聞かされて育ったらしい。
もう、本当にどうでも良くなった。
私は、単なる被虐性癖が有っただけだと良い残し。
子供の目の前で頭を打ち抜いてやった。
自死は禁忌だと知っていた。
だからこそ、いつまでも天国には行けず、見守る事しか出来無い事が罰だとも。
子供が真実を調べるウチに、母親と対立する姿も。
私の墓の前で母親の首を切った事も、全て、私への罰なのだと。
「だが、軽い罰だと思っていた。もう、愛情の欠片も無い子供が苦しもうとも、幾ら泣いて謝ろうとも。もう、全て、本当にどうでも良かったんだ」
残酷だ、冷酷だ冷血だ。
その自覚は有る。
けれど、心底、どうでも良い。
『けれど、他人の子は別なのね』
「あの子達はどの子も良い子達ばかり、確かにウチの子も悪い子では無かったが」
『片方の証言を鵜呑みにするだなんて、あまりにも愚かしいものね』
「あぁ、私には、その感想しか無いんだ」
『だから生きる資格が無いのかしら』
「もう、謗られる事も何もかもが嫌なんだ」
『ただ少し、性癖が他とは違う程度、なのにね』
「悪魔の様な形相で、悪魔だと謗られたよ」
『大切な者に裏切られ、謗られた』
「自死の事は謝りたい、けれど、今でもその道しか無かったとしか思えない」
『そうね、どうせ真実を知っても、きっとアナタを責めたでしょうね。もっと早くに言ってくれれば、逃げ出さなければ、話し合ってくれればって』
「あぁ、どう足掻いても、私には地獄にしか思えなかったんだ」
そして、あの謗る顔が元妻に似ていて、堪らなく嫌だった。
不愉快な生き物、そうとしか思えなかった。
『分かるわ、賢いものの愛は有限だもの』
「悔しいが、やはり悪魔の方が、遥かに優しいな」
『私に天使の側面は無いけれど、私は本当に人が好きよ、ふふふ』
この悪魔は、確かに悪意を持って行動しているワケでは無い。
この演算に入る前は、片方は不幸にしたかも知れないが、自業自得。
そしてもう片方は救い、幸福へ導き続けた。
私が、間違っていたんだろうか。
この悪魔の行いを、悪しき行為だ、と。
確かに決め付けていた。
そんな事では、評価は正しく行えないと言うのに。
「すまなかった、もしかすれば、君を見誤っていたのかも知れない」
『そうね、ふふふ』
取り憑かれた者は、悪魔の影響を受ける。
なら、悪魔は?
そうなの、私も影響を受けるの。
「あら、随分と小さいのね」
《すみません》
『少し食が細かったそうですが、ココでは食材も豊富に御座いますから、きっと直ぐにお育ちになるかと』
「そう、好物は何かしら」
《あの、特には、無いです》
「そう、なら食べさせ甲斐が有りそうね」
『はい』
「それに、お手入れも。しっかりおやりなさい、良いわね」
『はい、お任せ下さい』
「じゃ、長旅で疲れたでしょう、もう休みなさい」
《はい、ありがとうございます》
『では、失礼致します』
《失礼致します》
この子は、可哀想にも虐げられていた八男。
貧しているからこそ、快楽に走り家計を圧迫し、弱者を虐める事で家を纏めていた愚者の子。
けれど、とても良い子なの。
ちゃんとお話もしたから大丈夫。
『ご安心下さい、ココはアナタ様の家とは違います、誰もアナタ様を叩いたりはしませんよ』
《でも、僕、貴族の振る舞いは何も》
『私達がお教えします、大丈夫、お任せ下さい』
こう言っても、信用を得られない事は分かっているわ。
でもね、人種も人も不思議なの。
予測を外してくれる事が有る。
《宜しく、お願い、します》