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悪魔貴族譚~ノビリタス・ディアボロス~  作者: 中谷 獏天
第6章 とある妻達と側近達。
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2 側近達。

 とうとう、伯爵家にも再々編の波が訪れたらしい。


「あの方は、優秀だった筈なのに」


 確かに女性から色目を使われてしまう事が多かったですが、それもこれも仕方の無い事。

 実際、お仕事が出来る優秀な伯爵だったんです、本当に。


『失礼、かの伯爵とお知り合いだったそうで』

《大変お仕事の出来る、気配りが上手な方だったそうで》

「そうなんですよ、本当に、僕は教えられる事が多く。今回の件はお力にはなれませんでしたが、誤解なんです、きっと何かの間違いなんです」


『そうでしたか』

《仕事の仕方を教えられるまでに熟達されてらっしゃったとは、実に惜しい方が廃位されてしまいましたね》

「そうなんです、本当に」


『ですが、問題は亡くなられた奥様の悪しき噂、では』

《何でも、幼稚な者だった、元から弱く勝手に亡くなっただけだとか》


 《まぁ、亡くなった方の事を、未だに酷く言ってらっしゃるなんて》

 「例え噂が事実だとしても、本当に酷い人は、どちらかしら」

 『まさに、死者打つ行為よね』


「僕は」

『どうか致しましたか』

《顔が赤いですが、どうかなさいましたか》


「アナタ達は、聞こえないんですか」


『あぁ、悪しき噂を流す者への感想、ですか』

《そうした者は拘りが強いか、目立ちたがり屋だろう、と噂されていますよね》


「そんな」

『若しくは酷い知識不足による、見識不足から、容易く扇動行為に動かされる幼稚な人物か』

《金銭か時間が不自由で、本来なさりたい事が出来ない、可哀想な方か》


『或いは他とは違う正義感を持ち』

《怒りを発散する事で快楽を得ているのでは、と》


『その怒りの発露の先、反応を期待している幼稚さへの憤りを、口に出さずにはいられないのでしょう』

《要は幼稚で可哀想な者だろう、では何故、その様になったのか》


『そこを考えるのが』

《貴族、では》


「僕は、僕は違う!実際に見たんだ!あの人はこんなにも悪しざまに言われる様な方じゃない!!」


 だから、向こうが悪いんだ。


『では、実際の彼女にお会いした事が有ったのですか』


「それは」


『まさか、お会いになりもせず、一方的に擁護し攻撃してらっしゃったのですか』

《悪しざまに言い、快楽を得ていたのですか》


「違う!」

『何が、違うのでしょうか』

《彼女にお会いした事が有るのですか》


「無い、無いけれど」


 あの方は良い方だ、だから。


『だから、擁護なさるんですか』

「当たり前じゃないか」

《では、ご自身が良い方だ、との考えを覆されるのが嫌だから擁護なさっているのですか》


「違う」

『本当に、違うのですか』

《いえ、ココは視点を変えましょう、ご自身の間違いを修正したくないのでは》


「違う!」


『では何故、擁護なさるのでしょうか』

《少なくとも侯爵が事の顛末をご覧になっての判断ですが、それでも彼は悪く無い、と》


「きっと、何か見落としが、それこそ誤解が」

『何故、それらが無い、と仮定しないのでしょうか』

《自身は衝動的では無く、論理的だと仰るなら、多方面からの視点からお考えになる事が出来る筈ですが》


「だとしても」

『幼稚な者は極論を採用するのでは』

《全体像を考えられないのも、幼稚な者、では》


『それとも何か、問題を抱えてらっしゃるのでは』

《では是非、僕らにご相談下さい、力になりますよ》


「違う、違う違う違う!!」




 私達はブラド殿下の側近。

 そして今は、むさ苦しくも男4人で、敢えて近隣を回るだけの馬車に乗り込んでいる。


《何故、敢えて騒ぎにしたんだろうか》


 彼はラドゥ、殿下の側近の統括者。

 殿下の側近であり側室、そしてアレキサンドリア様の愛妾でも有る。


『何か問題でも』


 このミルチャは、本来なら計略や利益の計算、全体像の把握に富んでいる。

 だからこそ、滅多に計画を変更しないのだけれど。


《念の為に言うけれど、僕は彼に合わせただけ、のつもりだよ》

『あぁ、一応、助けてやるつもり。だった』

「だった、か」


 アルベルトは観察眼、心情や関係性の把握に富む者。

 無骨に見えるけれど、コレでも非常に紳士的な男。


『はぁ』


 私達3人は、一応、ラドゥの部下に当たる。

 彼は生真面目で誠実で、裏を読む事で手一杯となる為、寧ろ武闘派と言っても良いだろう。


 そんな彼に、敢えて殿下の傍に居て貰っている。


 私達は貴族、王族としての道を第一に考える、そうした側近の集まり。

 対する彼は、殿下を第一に考える者。


 コレはバランスを考えての配置。

 最終的にお傍に居て決断を下すのは、(ラドゥ)


 殿下は未だ真の王族、怠惰国の真の王では無いけれど。

 いずれ確実に、近い位置に行かれる方。


 私達としては、もう少し相手選びに猶予をと考えていたけれど。

 殿下もコレも、アレキサンドリア様に惚れてしまった。


 コレばかりはもう、どうしようも無い。


 男は性行為に於いては、特に繊細さを必要とする。

 万が一にも大きな悩みが有れば、容易く子を成す行為が出来無くなる。


 勿論、低能なら如何様にも出来るだろうけれど。

 殿下は賢い。


 その分だけ、コチラも繊細な配慮が必要となる。

 少なくとも、アレキサンドリア様と引き裂けば、その有能さを幾ばくか削る事に繋がる。


 しかもアレキサンドリア様は非常に有用な方だ。

 優しさと残忍さの耐性も有り、公私を分けて考える事が出来る。


 そして、その方と殿下がお選びになった侍女達を、私達は娶った。

 其々に、自分の意思で。


《もう既に目的は果たしたのに、どうして、まだ馬車を止める気にはなれないんだろうか》

「どうせ、私的な事だろう」

『はぁ』

《どうした、どんな問題だ》


『まぁ、一先ずは移動しようじゃないか、店に。どうせ、貸し切ってしまっているのだし』


 既に店には誰も居ない。

 けれど、少なくとも綺麗な状態なのだから、あのカフェは直ぐに営業が出来るだろう。


 けれど、ミルチャはどうしても話したい事が有るらしい。


「仕方無い」

『あ、ラドゥ、君はもう1つの馬車で頼むよ。それと、アレは信奉者だったと付け加えておいてくれ』


 しかも、ラドゥには聞かせたく無い事。

 成程ね。


《分かった、では報告に行ってくる》

『あぁ、頼んだよ』




 俺達は改革の為にもと、選ばれた侍女から、敢えて妻を選んだ。

 だが。


『妻と、まだなんだ』


《もうウチは済ませているけれど》

「流石に、合同とは言えど既に2週間だぞ」


《で、どうしたんだい》


 コルヴィヌスにまで躊躇うとは、一体。


『君達は、歯止めが効かなくなる事を、何故恐れなかったんだろうか』


《意外や意外、君が惚れるとそうなるのか、成程》

「なら、早々に俺達に」

『私的な事、特に妻の事は、誰でもそう言いたくは無いだろう』


「恥ずかしかったのか」

『君はもう少し、言葉に気を』

《それで、何故、恐れなかったか。だね》


『あぁ』


 そんな事は分かり切った事だと思うが、そうか。


「飽きるまですれば良いだろう」

『それで出来てしまったら、彼女がどう思うかだ』

《あぁ、確かに不妊からの離縁だそうだけれど》


『元夫と、よりを戻したいと言われたら、僕は困る』


「成程な」


 俺達は、半ば国の為の婚姻相手だったとしても。

 直ぐに惚れ込んだのは事実だ。


 殿下が選び、殿下が選んだ方も認めた女性達。

 その安心感も、確かに後押しとなっただろう。


 だが、どうやらミルチャには、改めて安心させる必要が有りそうだな。

 そして妻にも。


 新婚期間が終わり、情愛が減る事を、幾ばくか不安に思うだろう。


《なら、先ずはこのまま寄り道し、手土産を買おう》

「あぁ、そうだな」

『確かに、そうしよう』


《そのついでに、良く話し合った方が良いんじゃないかい》

「確かにな」


『そう、させて貰うよ』


 得てしまった以上、損失は苦痛だ。

 例えいずれ失われると知っていても、情動を抑えるには、新たな苦痛が伴うのだから。




《今回は信奉者だったそうです》


 俺は側近と呼ばれてはいるが、あくまでも武術の面でのみ。

 頭は全て、彼らに任せているに過ぎない。


『はぁ、私にも欲しいのだけれど、どうして居ないんだろうか』

「居てもそう便利に動かないと思いますよ、今回は偶々、相手の有利になっただけでは」


 俺に大した頭は無い、だからこそ、彼らが書いた書類が必要となる。


《はい》

『まぁ、分かるよ、分かるのだけれどね』


「報告書にも有りましたけど、何かしらの欲求が満たされていない、その度合いが高かったかと」

《はい、彼は自尊心が満たされない婚姻を続けている、要は妻に認められない事が不満の発露ではと》

『で、家に逃げ帰るも、相談が出来ず更に鬱屈が溜まる』


《そうして負の連鎖は増大し、攻撃性の強度に繋がる、だそうで》

「アレですね、殺人鬼と同じで、直接的に攻撃出来無いので他所へ攻撃する」


《はい、形を変化させるか対象を置き換えるそうで》

『保身と攻撃性のぶつかり合いは分かるけれど、結局は、どちらかだと言うのに』

「でも、このままだと、妻を殺すのでは」


《そこは問題無いそうです》


 ミルチャは計略や利益の計算、全体像の把握に優れ。

 アルベルトは観察眼、心情や関係性につて。


 そしてコルヴィヌスは。


「そうですか、じゃあ、自滅を待つだけなんですね」

《はい》

『どうせ碌でも無い女なのだろう』


《はい、子は居らず、それも行為が出来無い故かと》

『では、その後からアイリス夫人に報告、としよう。こんな者に心を痛めて欲しくは無いだろう』


「まぁ、人手も限られておりますから」

『そうだよ、見張りを付ける程の人材でも無い。しかもいつ起こるかも分からない些末な事より、まだ手を出さなければならない事は、幾らでも有るからね』


「我慢なさってて、大丈夫ですか?」

『ラドゥはどうだい』


 俺達はアレキサンドリアと試しはしたが、まだ、それだけだ。


《ココまででは無いので、問題無いかと》

「そこそこ有るじゃないですか」

『じゃあ手伝って貰おうか』


「えっ」

『次はラドゥだ、良いね』


 次は。


 成程。

 そう言う事か。


《はい、では失礼致します》


 理解の無い相手との婚姻は、さぞ息苦しいだろう。

 だが、ならば立場を捨てでも離縁すれば良いだけ、だと思うのだが。


 俺以下の頭の者には、どうやらそんな選択肢すら浮かばないらしい。

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