2 側近達。
とうとう、伯爵家にも再々編の波が訪れたらしい。
「あの方は、優秀だった筈なのに」
確かに女性から色目を使われてしまう事が多かったですが、それもこれも仕方の無い事。
実際、お仕事が出来る優秀な伯爵だったんです、本当に。
『失礼、かの伯爵とお知り合いだったそうで』
《大変お仕事の出来る、気配りが上手な方だったそうで》
「そうなんですよ、本当に、僕は教えられる事が多く。今回の件はお力にはなれませんでしたが、誤解なんです、きっと何かの間違いなんです」
『そうでしたか』
《仕事の仕方を教えられるまでに熟達されてらっしゃったとは、実に惜しい方が廃位されてしまいましたね》
「そうなんです、本当に」
『ですが、問題は亡くなられた奥様の悪しき噂、では』
《何でも、幼稚な者だった、元から弱く勝手に亡くなっただけだとか》
《まぁ、亡くなった方の事を、未だに酷く言ってらっしゃるなんて》
「例え噂が事実だとしても、本当に酷い人は、どちらかしら」
『まさに、死者打つ行為よね』
「僕は」
『どうか致しましたか』
《顔が赤いですが、どうかなさいましたか》
「アナタ達は、聞こえないんですか」
『あぁ、悪しき噂を流す者への感想、ですか』
《そうした者は拘りが強いか、目立ちたがり屋だろう、と噂されていますよね》
「そんな」
『若しくは酷い知識不足による、見識不足から、容易く扇動行為に動かされる幼稚な人物か』
《金銭か時間が不自由で、本来なさりたい事が出来ない、可哀想な方か》
『或いは他とは違う正義感を持ち』
《怒りを発散する事で快楽を得ているのでは、と》
『その怒りの発露の先、反応を期待している幼稚さへの憤りを、口に出さずにはいられないのでしょう』
《要は幼稚で可哀想な者だろう、では何故、その様になったのか》
『そこを考えるのが』
《貴族、では》
「僕は、僕は違う!実際に見たんだ!あの人はこんなにも悪しざまに言われる様な方じゃない!!」
だから、向こうが悪いんだ。
『では、実際の彼女にお会いした事が有ったのですか』
「それは」
『まさか、お会いになりもせず、一方的に擁護し攻撃してらっしゃったのですか』
《悪しざまに言い、快楽を得ていたのですか》
「違う!」
『何が、違うのでしょうか』
《彼女にお会いした事が有るのですか》
「無い、無いけれど」
あの方は良い方だ、だから。
『だから、擁護なさるんですか』
「当たり前じゃないか」
《では、ご自身が良い方だ、との考えを覆されるのが嫌だから擁護なさっているのですか》
「違う」
『本当に、違うのですか』
《いえ、ココは視点を変えましょう、ご自身の間違いを修正したくないのでは》
「違う!」
『では何故、擁護なさるのでしょうか』
《少なくとも侯爵が事の顛末をご覧になっての判断ですが、それでも彼は悪く無い、と》
「きっと、何か見落としが、それこそ誤解が」
『何故、それらが無い、と仮定しないのでしょうか』
《自身は衝動的では無く、論理的だと仰るなら、多方面からの視点からお考えになる事が出来る筈ですが》
「だとしても」
『幼稚な者は極論を採用するのでは』
《全体像を考えられないのも、幼稚な者、では》
『それとも何か、問題を抱えてらっしゃるのでは』
《では是非、僕らにご相談下さい、力になりますよ》
「違う、違う違う違う!!」
私達はブラド殿下の側近。
そして今は、むさ苦しくも男4人で、敢えて近隣を回るだけの馬車に乗り込んでいる。
《何故、敢えて騒ぎにしたんだろうか》
彼はラドゥ、殿下の側近の統括者。
殿下の側近であり側室、そしてアレキサンドリア様の愛妾でも有る。
『何か問題でも』
このミルチャは、本来なら計略や利益の計算、全体像の把握に富んでいる。
だからこそ、滅多に計画を変更しないのだけれど。
《念の為に言うけれど、僕は彼に合わせただけ、のつもりだよ》
『あぁ、一応、助けてやるつもり。だった』
「だった、か」
アルベルトは観察眼、心情や関係性の把握に富む者。
無骨に見えるけれど、コレでも非常に紳士的な男。
『はぁ』
私達3人は、一応、ラドゥの部下に当たる。
彼は生真面目で誠実で、裏を読む事で手一杯となる為、寧ろ武闘派と言っても良いだろう。
そんな彼に、敢えて殿下の傍に居て貰っている。
私達は貴族、王族としての道を第一に考える、そうした側近の集まり。
対する彼は、殿下を第一に考える者。
コレはバランスを考えての配置。
最終的にお傍に居て決断を下すのは、彼。
殿下は未だ真の王族、怠惰国の真の王では無いけれど。
いずれ確実に、近い位置に行かれる方。
私達としては、もう少し相手選びに猶予をと考えていたけれど。
殿下もコレも、アレキサンドリア様に惚れてしまった。
コレばかりはもう、どうしようも無い。
男は性行為に於いては、特に繊細さを必要とする。
万が一にも大きな悩みが有れば、容易く子を成す行為が出来無くなる。
勿論、低能なら如何様にも出来るだろうけれど。
殿下は賢い。
その分だけ、コチラも繊細な配慮が必要となる。
少なくとも、アレキサンドリア様と引き裂けば、その有能さを幾ばくか削る事に繋がる。
しかもアレキサンドリア様は非常に有用な方だ。
優しさと残忍さの耐性も有り、公私を分けて考える事が出来る。
そして、その方と殿下がお選びになった侍女達を、私達は娶った。
其々に、自分の意思で。
《もう既に目的は果たしたのに、どうして、まだ馬車を止める気にはなれないんだろうか》
「どうせ、私的な事だろう」
『はぁ』
《どうした、どんな問題だ》
『まぁ、一先ずは移動しようじゃないか、店に。どうせ、貸し切ってしまっているのだし』
既に店には誰も居ない。
けれど、少なくとも綺麗な状態なのだから、あのカフェは直ぐに営業が出来るだろう。
けれど、ミルチャはどうしても話したい事が有るらしい。
「仕方無い」
『あ、ラドゥ、君はもう1つの馬車で頼むよ。それと、アレは信奉者だったと付け加えておいてくれ』
しかも、ラドゥには聞かせたく無い事。
成程ね。
《分かった、では報告に行ってくる》
『あぁ、頼んだよ』
俺達は改革の為にもと、選ばれた侍女から、敢えて妻を選んだ。
だが。
『妻と、まだなんだ』
《もうウチは済ませているけれど》
「流石に、合同とは言えど既に2週間だぞ」
《で、どうしたんだい》
コルヴィヌスにまで躊躇うとは、一体。
『君達は、歯止めが効かなくなる事を、何故恐れなかったんだろうか』
《意外や意外、君が惚れるとそうなるのか、成程》
「なら、早々に俺達に」
『私的な事、特に妻の事は、誰でもそう言いたくは無いだろう』
「恥ずかしかったのか」
『君はもう少し、言葉に気を』
《それで、何故、恐れなかったか。だね》
『あぁ』
そんな事は分かり切った事だと思うが、そうか。
「飽きるまですれば良いだろう」
『それで出来てしまったら、彼女がどう思うかだ』
《あぁ、確かに不妊からの離縁だそうだけれど》
『元夫と、よりを戻したいと言われたら、僕は困る』
「成程な」
俺達は、半ば国の為の婚姻相手だったとしても。
直ぐに惚れ込んだのは事実だ。
殿下が選び、殿下が選んだ方も認めた女性達。
その安心感も、確かに後押しとなっただろう。
だが、どうやらミルチャには、改めて安心させる必要が有りそうだな。
そして妻にも。
新婚期間が終わり、情愛が減る事を、幾ばくか不安に思うだろう。
《なら、先ずはこのまま寄り道し、手土産を買おう》
「あぁ、そうだな」
『確かに、そうしよう』
《そのついでに、良く話し合った方が良いんじゃないかい》
「確かにな」
『そう、させて貰うよ』
得てしまった以上、損失は苦痛だ。
例えいずれ失われると知っていても、情動を抑えるには、新たな苦痛が伴うのだから。
《今回は信奉者だったそうです》
俺は側近と呼ばれてはいるが、あくまでも武術の面でのみ。
頭は全て、彼らに任せているに過ぎない。
『はぁ、私にも欲しいのだけれど、どうして居ないんだろうか』
「居てもそう便利に動かないと思いますよ、今回は偶々、相手の有利になっただけでは」
俺に大した頭は無い、だからこそ、彼らが書いた書類が必要となる。
《はい》
『まぁ、分かるよ、分かるのだけれどね』
「報告書にも有りましたけど、何かしらの欲求が満たされていない、その度合いが高かったかと」
《はい、彼は自尊心が満たされない婚姻を続けている、要は妻に認められない事が不満の発露ではと》
『で、家に逃げ帰るも、相談が出来ず更に鬱屈が溜まる』
《そうして負の連鎖は増大し、攻撃性の強度に繋がる、だそうで》
「アレですね、殺人鬼と同じで、直接的に攻撃出来無いので他所へ攻撃する」
《はい、形を変化させるか対象を置き換えるそうで》
『保身と攻撃性のぶつかり合いは分かるけれど、結局は、どちらかだと言うのに』
「でも、このままだと、妻を殺すのでは」
《そこは問題無いそうです》
ミルチャは計略や利益の計算、全体像の把握に優れ。
アルベルトは観察眼、心情や関係性につて。
そしてコルヴィヌスは。
「そうですか、じゃあ、自滅を待つだけなんですね」
《はい》
『どうせ碌でも無い女なのだろう』
《はい、子は居らず、それも行為が出来無い故かと》
『では、その後からアイリス夫人に報告、としよう。こんな者に心を痛めて欲しくは無いだろう』
「まぁ、人手も限られておりますから」
『そうだよ、見張りを付ける程の人材でも無い。しかもいつ起こるかも分からない些末な事より、まだ手を出さなければならない事は、幾らでも有るからね』
「我慢なさってて、大丈夫ですか?」
『ラドゥはどうだい』
俺達はアレキサンドリアと試しはしたが、まだ、それだけだ。
《ココまででは無いので、問題無いかと》
「そこそこ有るじゃないですか」
『じゃあ手伝って貰おうか』
「えっ」
『次はラドゥだ、良いね』
次は。
成程。
そう言う事か。
《はい、では失礼致します》
理解の無い相手との婚姻は、さぞ息苦しいだろう。
だが、ならば立場を捨てでも離縁すれば良いだけ、だと思うのだが。
俺以下の頭の者には、どうやらそんな選択肢すら浮かばないらしい。




