3 解呪と悪魔。
『まだ、処分は決まっていないそうで』
《悪魔貴族のお陰でね、どうかしたのかな?》
『コレが話したがったので』
《あのね、寂しかったの?何で悲しかったの?》
《僕は、ココが泥船だって、ずっと知っていたんだ》
俺には想像も出来ないモノを、内に秘めていた。
ヤバい国、ヤバい王子だとは思っていたが。
分かった上で、王族として過ごさねばならかったとは。
《何で逃げ出さなかったの?》
『モエ』
《王族はね、逃げ出したら死刑なんだ》
《帝国に行っても?》
《国民をね、見捨てられないからね》
俺もそこまで馴染みが有るワケじゃないが、皇族が国を捨て逃げたとなれば、確かに国民は許さないだろう。
だがモエは、まだそこが分からないか。
《こう、ちょっとずつ移動する、とか》
《順番はどうするんだい?》
《あー》
《例え優先順位を公平に決めたとしても、取り残された者、抜け出せた者に壁が出来てしまうよ》
『まぁ、そうでしょうね』
《そっか、どうしようも無くて悲しかったんだね》
純真無垢さは凶器だ。
真っ直ぐな言葉程、時には深く刺さる。
顔を上げた王子は、ポロポロと泣き出すと。
床に視線を落とし語り始めた。
《凄く、ガッカリしたんだ》
《分かる、私も最初は動けなくてガッカリした》
《どうにかしたくて、色々と調べたんだ》
《頑張ったんだね》
《でも、ダメだった》
《どうにもならなかったんだよね》
《出来る事が、ゴミを集める事だけだった。評価をしない様に、逃げ出せる様に仕向けるしか無かったんだ》
《それで寂しかったんだね》
ポロポロと、王子は涙を流し続けた。
きっと、俺も続けていたら、こうして悲しませる加害者になっていたかも知れない。
いや、加害者と言えば加害者だ。
けれど、誰かを悲しませる気は無かった。
ただ愛されたかっただけ。
でも、良く考えれば分かる事だった。
こんな自分を愛されて、本当に満足なのか、と。
『アナタは意外と優秀かと、だからこそ、帝国も処分の検討が長引いているのかと』
《ありがたいけれど、いっそ死なせて欲しいね》
《ダメだよ、次に生まれ変わったら動けなくなっちゃうかもよ?大変だよ?聞こえるだけで動けないの。痒くても自分で掻けないし、何処が痛いって言えないし、凄く大変だよ》
そうした患者も看てきた。
だからこそ、辛い。
俺まで泣きそうなんだが。
《そうだね、まだ僕は話せるし、動ける》
《うん》
《良い悪しき見本になるだろうね》
『いや、モエが言ったのはそう言う意味じゃ、ないんですが』
《君達は、本当に別々なんだね》
《うん、だってモエはモエだもん。あ、奥さんは?》
モエ。
《逃げ出されたよ》
『少しだけ、モエの為に生きてみませんか』
鬱患者に、こんな事を言うのは酷だが。
まだだ、まだ抜け出せる筈だ。
《面白いね、呪いの人面瘡の為の人生》
《良い事も有るよ、大丈夫、喋れるし動けるんだもん》
『私は、アナタの要望もお伝えしておきます』
《もー、ちゃんと助けるって約束》
『その結果が出てから、また話し合いましょう、良いですね』
《君達は、優しいね。ありがとう》
怖い。
医療関係者としては、この状態が最も怖い。
『いえ、では、また』
《じゃーねー》
《あぁ、またね》
もう、とっくに腹を据えている。
何の希望も無い、怖いモノも何も無い状態。
見張りを付けさせ、しっかり保護させないと。
少なくとも彼は有能だ。
有能だからこそ苦しんでいたのだから。
「あぁ、分かった」
バルバトスは彼のお気に入り。
『あの』
《大丈夫よ、私達を信じて、ね?》
『疑う気は無いのですが、どう、彼を救えるのか』
《私が付き添ってあげられれば良いんだけど》
《じゃあ、そうしましょうか》
そして彼女は、私のお気に入り。
《アミィ、どうやって?》
《もう歩けるわよね?》
《うん、お兄さんに手伝って貰えたから、もう大丈夫。ご飯も食べれるし、お風呂にも入れるよ》
《そう、じゃあ、もうお兄さんが居なくても大丈夫ね?》
《うん、でも、離れるのは寂しいな》
《大丈夫、いつでも会えるわ》
《じゃあ、頑張る》
《そう、良い子ね》
人の完全なコピーを、我々悪魔は禁じている。
だが、人種は別だ。
ただ双子にするだけ、そうで有るべきだった。
その姿に変えるだけ、なのだから。
《あ、私が居る》
『と言うか、そっくりだな』
《そうよ、実はアナタ達は、双子だった》
「そうだな」
本来、1つの体に魂を2つ入れる事は無い。
だが、寧ろ入れなければならない事態だった。
体を動かす事を知らぬ魂は、いつまでも定着せず、不安定なまま。
そして補う為、厳選された魂を隙間に入れた。
繋ぎであり、補助。
良質な魂は、見事に彼女を独り立ちさせた。
『てっきり、俺が消えるのかとばかり』
《何で?》
《罪悪感が、有るのよね》
「だが善行によりお前の罪は許された、コレからも、清く正しく生きなさい」
『はい』
バルバトス騎士爵とアミィ子爵は、最初から、こうするつもりだったらしい。
「コレに常識を教えてやると良い」
《彼女は》
《私、モエだよ》
《彼女も宿星なの、宜しくお願いね》
王子は、どの言葉に戸惑っているのか、固まっている。
《人面瘡だったから、嫌?》
《いいや、けれど、常識を教えるなら別だよ》
《優しくしてね?モエ、本当に何も知らないから》
本来なら、俺でもあざといと思ってしまうが。
本当に、モエは殆ど何も知らない。
物語や知識は読み聞かされていたが。
花の名と香りは知っていても、その実際の形を知らず、食べ物の噛み応えを知らない。
試しにポテトチップスを食べさせた時は、寧ろ俺が泣きそうになった程。
モエは、知識は有れど実際を知らない。
『はぁ』
《あ、お兄さん、どうしたの?》
《お兄、さん》
《あ、中身はね、お兄さんなの》
《そうね、彼女も宿星なの、ふふふ》
どんな顔をしているか想像するだけで、涙が引っ込んだ。
そして実際に目撃した困惑の表情は、中々だった。
『まぁ、王子よりは年上だった、とだけ言っておく』
《コレがお兄さんの本当の話し方なんだよ、凄いでしょ、お兄さんは何でも出来るんだよ》
『何でもでは無いがな』
《私に話し方を教えてくれたの、それに歩き方も、全部教えてくれたの》
今度は、王子が泣きそうになるか。
止めろ。
引っ込んでいた涙がつられて出そうになる。
『モエを、頼むぞ』
《はい》
ダメだ。
何で泣いているかモエに説明しなきゃならなくなると言うのに。
《お兄さん、どうして泣いてるの?何処か痛い?》
《アナタが独り立ち出来て、とっても喜んでいるのよね》
『あぁ、本当に、良かった』
僕は今、本当に救われて、今でも与えられている。
《凄い、もう出来てる》
《子供の頃に少し遊んでいたからね》
《王族は花冠の練習をするの?》
《いや、遊びの練習だよ、遊ぶ事も子供には必要だからね》
《そっかー、だからモエ少し不器用なんだ》
《練習すれば直ぐだよ、大丈夫》
《でも他にもやりたい事がいっぱい有るから、練習するか迷う》
《そうだね、刺繍もしたいんだよね》
《うん、お兄さんにあげるの、それとクレイにもね》
《ありがとう》
《後ねー……》
僕は以前の名を捨てる事になった。
王族に良く有る、何世だとか付く名前を、捨てさせて貰う事が出来た。
そして王族としての籍も。
僕は子爵として帝国に迎えられた。
それは彼女の身を守る為、僕の為。
帝国へ逃げていた前妻は、爵位を与えられた直後、再び僕に関わろうとした。
けれど僕は与えられるより、暫くは与える側で居たい、と関わりを断った。
それが最後の見定めの儀だったのか。
僕の目の前で、彼女は悪魔貴族に何処かへと連れ去られた。
《なら、やっぱり刺繍とお菓子が先かな》
《でも綺麗な花冠も欲しい》
《なら僕が作ってあげるよ、ほら》
《良いの?》
《勿論》
《じゃあ私のをあげるね、待っててね、綺麗に作るから》
彼女を愛おしいと思うし、守りたいと思う。
そして出来るなら、このままずっと、一緒に居たいと思う。
《ありがとう》
《ふふふ、私も、色々と教えてくれてありがとう》
当たり前の事が、実はとても大切だと知っていたのに。
彼女と居ると、本当に全てに感謝が出来る。
あの恨みがましい気持ちを誤魔化す為、愛を利用しようとしていた。
その事だけは、本当に申し訳無かったと思う。
でも、お互い様だとも思っている。
欲しいモノが有り、お互いに利用していただけ。
本当に不毛だった。
けれど今は、満たされている。
出来るなら、もっと与えたい。
見返りは喜んで貰えるだけで十分。
幸せに生きてくれるだけで、僕は満たされる。