9 王太子の憂鬱。
私は帝国領に居た事は有るが、ほんの数ヶ月。
しかも、こうした贅沢品を口にする事は無かった。
もし慣れてしまえば、戻った際の食事が苦痛になるからだ。
だが。
『意欲向上の為に、どうにか向こうで出せないだろうか』
アレキサンドリアは意外そうな顔をしているけれど、私は本当に気に入った。
とても同じ小麦粉から出来た食べ物だとは思えない程、繊細で濃厚な味わいなのだから。
「食べ物で釣る、成程、確かに一理有りますね」
アレキサンドリアは決して否定しない、寧ろ良く褒めてくれる事も気に入っている。
泣き落としか鞭しか振るわない女に、興味が湧くワケも無いのだから。
《やはり収穫祭等の、民に振る舞う前提で有るべきかと》
「あー、では貴族と庶民が食事を共にする時だけ、食べられる品にしてしまうとか」
『ではそうしよう、ありがとうアレキサンドリア』
この少し目を開いた気まずそうな顔も、気に入っている。
本当なら、頬擦りしたい位だ。
「んー、仕事がどうしても関わってしまう」
『確かにな』
不本意だけれど、偽る意味が無い。
私と仕事、私と王侯貴族は切っても切れない。
真の王族を選ぶ事に関して、一切の情報は入って来てはいないが。
例え真の王族に選ばれ無くとも、いずれは子供が王族の産んだ子供と縁を結ぶ可能性は大いに有る。
そして庶民に成り下がったとしても、国の事を思うな、とは到底無理な事。
「庶民になってしまったら、どうなってしまうと思いますか?」
『歯痒いだろうね。そして歯痒さを感じなくなった瞬間、今度は罪悪感が湧き、誰かや何かを責めるだろう。帝国領に滞在していた時、他国に存在したとされる、王族から庶民となった王子の話を聞いた事が有るんだ』
その昔、庶民と結ばれる為に廃嫡を選んだ王子が居た。
けれど次々と王族の不幸が耳に入り、王都に戻ろうとした。
だが3人の悪魔が行く先々で現れ囁いた。
お前に何が出来る。
覚悟をしていた筈では。
家族も国も捨てたお前に何が出来る。
そして道すがらには、餓死した亡骸、襲われたのか大怪我を負った亡骸が増え始め。
王子は王都に入る寸前、自死を選んだ。
だが死ぬ事は出来ず。
目を覚ますと幼い頃の自身に戻っていた。
「あぁ、アレですね、確かに実話だそうです。ラプラスさんが介入なさってたそうですよ」
『そうなの』
『そうか』
正直、創話で有ってくれと願っていた。
恋とは恐ろしい、と。
『あら、お薬が効き過ぎていたのね』
『あぁ、恋とは恐ろしい、そう思わされたよ』
「そうでしたか、アレは寧ろ私には教訓譚、周りの言う事を良く聞きなさい。でしたけど、殿下ともなると、お立場が重なりましたか」
『ヴラド』
『ふふふ、でも呪縛は解けたみたいね』
『そうだね、何とか精鋭が残ってくれたからだと思う』
恋は盲目となってしまう。
だからこそ、良識ある殆どの王子は、敢えて政略結婚を選ぼうとしていた。
背負うべきは民であり、愛では無い。
愛とは贅沢品だ。
嗜好品だ、と。
「諦めてらっしゃったのですか」
『諦めと言うか、程々を選ぼうとしていた、だね』
『そうね』
惚れ込んでしまえば盲目となるなら、惚れ込んでしまう相手を避ければ良い。
なら、何処に惚れ込むだろうか。
『ハッキリ言えば点数制にしていたよ、その中で問題の無い者、最高得点者より何人か下。そう常に見定めて、妥当だろう相手と、と思っていたんだけれど』
『帝国やココを知ってしまった以上は特に、どれもどれよね』
「では帝国で」
『帝国へ赴き選んだ者と、帝国から来てくれた者を選ぶのでは、貴族や民の受け取り方は幾ばくか変わるとは思わないかな』
「あー」
随分と油断した顔もするのだな。
『その腑抜けた顔も好ましいね』
いや、本当にアホ面してたので何と返せば良いのか。
「あ、側近の」
《ラドゥです》
「あ、ラドゥ」
《敬称は不要です》
「はぁ、あの、補佐のお覚悟が有ったのでしょうか」
主に夜伽の、なんですが。
伝わってくれ。
《はい》
「はい?!」
《はい、どちらのも、はい》
『帝国でのお勉強でそうなったのよね?』
『そうだね』
「そうだね?!」
『いや、君に驚かれるのは、少し心外なのだけれど』
『ふふふ、王族の流儀はね、こうなのよ』
「そこ、まで、まぁ、確かに血筋を重要視すべきだとは思いますが」
『最悪の場合よ、それこそ例の可哀想な王子様、みたいな事になったら一夫一妻制なんて我儘は通らないもの』
「あぁ、まぁ、だからこそ妾の存在は理解しますが」
『私は嫌だよ、悪しき慣習は最初から無い方が良い』
『まぁ、そうね。けれど血縁者が他に居る場合は、よね、彼の場合は居なくなるもの』
「えー」
『衰退はさせなかったけれど、それだけ、だからね』
「いや難しかったと思いますよ、いきなり方向性を変えるにしても反発は有るんですし、そも帝国へ」
『そこだけ、だよ、他の王族は基準に満たないからいずれ処刑される。じゃないかな』
『そうね』
『幸いにも両親は生き永らえる事は出来ても、孫には会わせられないよ、ケチが付いては台無しになるからね』
『そうね』
「はぁ、確かに強固な状態は必要ですけど。でも、だからこそ」
『私は程々で良いのだけれど、そんなに上を目指して欲しいのかな?』
「いやー」
『1人の人生で出来る事は限られる、しかも私はかなり自身を犠牲にしてきたつもりだけれど、そろそろ良いんじゃないだろうか?』
『ふふふ、そうね、苦しむ為の人生なんて悲劇が過ぎるもの』
「ラプラスさぁん」
『あら、私は彼の味方よ、ふふふ』
『あぁ、私はそんなに可哀想な王子様に見えていたのか』
『だって、我が子がこんなに大変なのは、悲しいもの』
分かりますよ。
私だって家族がこうなら、悲しいですが。
「重荷が大きい」
向こうでは気軽に離婚出来ますけど、コッチは無理なんですよ、いや向こうも本来はその筈なんですが。
例えば一緒になったとしても、やっぱりダメだった、って離縁すると殿下の評判に傷が付く。
適切な者を選べない愚か者か、情愛に疎いか、色恋にチョロいのか等々。
例え真の王族に選ばれなかったとしても、貴族位を得るのは確実です。
けれど、だからこそ再婚は慎重にならざるを得ない。
それこそ上昇志向の妻を娶ったらもう、死んでも良いから爵位を上げやがれ、となられ離縁した者も居るそうですし。
下手をすれば王位を狙え、とかも考えられる。
そして愚鈍な妻を娶ったとなれば秒で噂は広まり、下手をすれば領民が逃げ出す、かと言って堅実過ぎてもクロワッサン食べたいと言い残し老衰を迎える可能性も有る。
『こんなに真剣に考えてくれたのは君位だよ』
《ですね》
「程度が、低過ぎる」
『だからこそ無理強いはしないよ』
《はい》
いや小国じゃなくて大陸背負うんですよ。
怠惰国と言う大陸を。
「可哀想な王子様、小さい国の王子様には、きっと分からなかったんでしょうね」
家族経営の零細企業が潰れるだなんて、夢にも思わなかった。
会社も国も確かに同じですが。
継いだ商店を経営するのとワケが違うんですよ。
いきなり大企業を運営する夫の妻になっちゃうかも、ですからね。
しかも共有の愛人付き。
『ふふふ、帝国基準で考えたらダメよ』
「あ、確かに」
『まぁまぁ、先ずはココを楽しんで?』
「あ、失礼しました、次へご案内致しますね」
はい、切り替えましょう、今は案内中。
ココの植物園、楽しいんですよねぇ。




