1 解呪と悪魔。
『ありがとう』
「いえ」
私は王子様の呪いを解いた。
そして。
《コチラが今までの報酬となります、では》
「えっ」
《あ、ご確認が必要でしょうか》
「あ、いえ」
《では、失礼致します》
『本当にありがとう、じゃあ、失礼するよ』
私は、王子様の呪いを解いた。
なのに、何で。
どうして、何も無いの。
「何で、どうして」
この国で呪われる事は珍しい。
ですが、全く無いワケでも御座いません。
《どうしたんだい、お嬢さん》
「おばあさん、私、呪いを解いたんです」
《ほう、それは珍しい》
「ですが、何も、無かったんです」
《報酬も何も無しかい》
「いえ」
この娘さんが望んでいた事は、良く分かりますよ。
ですが、ココでは叶わない事。
《ココは、お嬢さんには合わないかも知れないねぇ。どうだろうか、隣の国に行ってみては》
「隣の、国」
《私は占星術が得意でね、お嬢さんの願いは、隣の国で叶いそうだよ》
「ありがとうございます」
夢や希望は、叶うでしょう。
ですが、それで幸せになれるかどうかは、別なのです。
《どうか僕と結婚して欲しい》
「でも」
《君は僕を救ってくれた、君の優しさに救われたんだ、どうか僕と結婚して欲しい》
「はい」
そうして私は隣の国の王子様と結婚した。
けれど、私が出来る事は解呪だけ。
夫が謎の病に罹ってしまい。
治癒の魔法を持つ女が現れると。
《どうか僕の側妃になってくれないだろうか、君の支えが必要なんだ》
私は、絶句した。
『えっ、嫌です』
《何故》
『だって、救われたら惚れるなら、次にまた救われたら他の方も娶るのでは』
俺は看護師だ、しかも自分で言うのも何だが真面目な方だった。
だからこそ対処が出来たんだが、どうしてか治癒魔法の使い手だと思われている。
そして前世では同性愛者だった、けれど別に男としてだけ愛されたかったワケじゃない。
ただ男しか好きになれなかっただけ。
だからこそ、この姿には寧ろ感謝している。
でも、だからこそ、今度こそは本当の愛が欲しい。
愛しい相手の子を孕み、産みたい。
だからこそ、こんなヤツの相手をしている暇は無いんだが。
《けれど、僕は王子、支えは多い方が良いとは思わないかい》
真っ青になっている正妻の目の前で言う事じゃないだろう。
どうかしている。
『私には無理ですね、私だけを愛して下さる方を探しているので』
一時は気の迷いから、既婚者と体だけの関係で良いと思った事も有る。
だが、その先はどうなる。
もしバレたら。
もし、バラされたら。
好きで看護師の仕事をしている以上、辞めさせられるリスクは避けたい。
そうして俺は、情愛よりリスク回避を優先させた。
そしてココで、アレはその程度の情愛だったのだと。
やっと、納得が出来た。
いや、寧ろ身を引く事が当たり前の筈が。
寂しさから縋り、人としての道を踏み外したが、罰せられる事は無かった。
だがその既婚者が俺の知り合いに手を出し、そうして知り合いは家族まで巻き込まれ、どうしてか知り合いの家族にアウティングされる事となった。
お前が我慢して付き合っていれば、ウチの弟が訴えられる事も離婚される事も無かったのに、と。
男同士でも不倫は不倫、して家族に証拠をバラ撒かれ、知り合いの姉に俺は殺された。
せめてもの救いは、事情が呑み込めて死ねた事だろうか。
あぁ、そうか。
そう思い、死んだ筈だった。
だが目覚めると女に生まれ変わっていた。
が、先人が居た。
《うん、私もそう思う》
生まれた頃から身動きが取れず、生まれ変わった後も身動きが取れなかった少女。
動かし方を知らない少女は、生まれ変わった後も、動かし方を知らないせいで身動きが取れなかった。
それが6才の頃。
俺は声を発する事も、起き上がるのさえも困難だったが。
微かに声を発し、起き上がろうとした。
リハビリは、実に大変だった。
そうした資格を取ろうとしていたんだが、こう知ってしまうと、色々と考えさせられる事が多く。
「何、それ、私をバカにしてるの」
『いえ、私には耐えられ無いだけで、非難も文句も何も含んではおりません。では、失礼致します』
ココの衛生観念はまだまだだ。
まだ、教えて回らなければ。
「何よ、何なのよアンタ。アンタなんか、呪われれば良いのよ!!」
そうして私は人面瘡になりました。
《お陰でこうして喋れますし、あの、罪には問わないで頂けませんか?》
『私に被害は無いですし、彼女もこう言っていますし。そもそも、こうなると見抜けなかったソチラの責任なんですから、巻き込まないで頂けませんでしょうか』
《あ、色々と治したり教えて回らないといけないですしね》
『はい、ですので王太子妃だとかは無理ですので、早く解放して下さい』
私の体を動かしてくれているのは、後から入って来たお兄さんです。
でも良い人なので、ずっと使い続けて貰おうと思っていたんですが。
こうしてお話が出来るとやはり楽しいですね。
しかも物が食べられるので、とても楽しいですし。
《では、君は解呪も望まない、と》
『はい』
《はい、私も、寧ろこうなれて嬉しいので大丈夫です》
《分かった、なら余計に、是非にも》
『絶対に嫌です』
お兄さんは、この国はヤバいので早く出たいんだそうです。
未来の王様と王妃様がアレだとヤバい、と。
私には良く分からないんですが、お兄さんは今まで間違えた事は無いので。
そうなんだと思います。
《彼女を側妃に、君を正妃に》
『絶対に嫌です』
「貴様、何故そこまで!不敬だぞ!!」
『王族の命が絶対、独裁国家なんですかココは』
「いや、だが」
《どうすれば正妃になってくれるんだろうか、出来るだけの事はする》
『こう拘束するのであれば、コチラを出すしか無いですね』
お兄さんが出したのは、印章の指輪。
悪魔貴族さんが、もし困ったら使ってくれて貸してくれたんだけど、本当に使う事になるだなんて思わなかった。
「そ、それは」
《アミィの印章》
『良かった、分かって下さって助かります、滅ぼされたく無いなら解放して下さい』
《分かった》
「しかし」
《このままでは国を滅ぼす事になる、例え王であろうとも、彼女は引き留められない》
『では、失礼致します』
僕は泥船の王太子。
いずれこの国は滅ぶ。
だから僕は、せめて沈むべき者を目一杯手にし、沈む覚悟だ。
《病み上がりにどうかしていたらしい、すまなかった、今でも君を愛しているよ》
「本当に?」
《あぁ、勿論、君だけだよ》
大昔、悪魔が僕に教えてくれた。
ココは何処かの物語の様な場所、いずれ滅びる国なのだと。
何故、どうして滅ぶのか、そこまでは教えてくれなかった。
だから僕は調べた、考え尽くそうとした。
その結果。
根本からして、この国は滅ぶしか無かった。
容易く噂を流し、容易く噂を信じる。
庶民ならまだしも、貴族がそうなのだ。
風説の流布を禁ずる法は有れど、もう既に機能していない。
既に先々代の王妃から、そうした法が私的な処罰に利用されてきたからだ。
気に入らない者を風説の流布の首謀者として処刑し、自身を持ち上げる者を重用してきた。
曾祖母の時から悪用され続けた法は、既に法として機能していない。
下位貴族すら王族の事を簡単に口走り、愚者の傀儡と成り果てている。
そして王は、完全に王妃側の傀儡。
だから僕は面倒な無能を装い、帝国へ留学したが。
更に絶望する事となった。
何処も、この様な国だろうと思っていたが、我々愚者だけだ取り残された国だった。
もう、どうしようも無かった。
だからこそ僕は国に戻り、それなりの王子になったフリをし。
出来るだけ巻き添えが増える様に画策した。
噂好きな貴族、強欲な王族の取り巻き。
偏った思想の持ち主、真意を測り損ねる者、容易い者。
あらゆる愚者を泥船に乗せ、共に沈没する。
僕に出来る事は、それだけ。
それだけなんだ。