表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/111

2 拗れた男と悪魔。

 私は更に情報を売る為、社交場へと出向いた。

 全ては、お金を得る為。


 意外な事に、私は大金を目の前にし心変わりをした。

 死ぬ位なら、逃げ出せば良い。


 遠くへ逃げ侍女として働けば良い。


 そうして好きな事をしながら、正体がバレたなら逃げれば良い、死ぬ必要は無いと悟った。

 だからなのか、情報収集の為の社交界の居心地は、悪くは無い。


『あら、婚約破棄された方が、もう社交場に?』

《はい、少なくとも私に落ち度は有りませんし、くよくよしていても始まりませんから》

「そうね」


『ですけれどアナタ、処女検査で落ちたのでは、なんて噂も有りましてよ』

《それは身に覚えが有れば困る事でしょうけれど、噂は噂、それともアナタは身に覚えが有りまして?》


 あぁ、この女もか。

 この世に真の医者は僅か。


 それに、少なくとも処女検査だけ、をする医者なんて。

 その殆どが偽医者。


『いいえ、ですが、そろそろ失礼致しますわね。用事を思い出したので』

《あら、そうなの、ご機嫌よう》


 私の口から、この女に聖なる泉の事を出せれば良いのだけれど。

 繋がりがバレては困る。


 結局、婚約については成立しなかったけれど。

 良き友人として、今でもお付き合いは続いている。


 だって彼はまだ14才。

 親は悔しがっていたけれど、援助を遠慮された時点で気付くべきだったのよ。


「やぁ、婚約破棄は本当らしいね」

《そうなんですの、お互いの趣味趣向が、あまりに違い過ぎましたの》


 私は、誰でも良かった。

 善人であるなら、裏切らぬなら。


 なのにあの男は目移りをした。

 自身を戒める事が出来ぬ者を、誰が愛せようか。


「どうやら未練は無いらしいね」

《はい、お陰様で》


「そう、意外と君は可愛げが有るらしい」

《気付かせて頂きましたもの、ありがたい限りですわ》


 愚かな男は、媚び諂われる事に弱い。

 気品有る淑女が良いと言いながらも、結局は下世話な愛想笑いを好む。


 まだ、正直な庶民の方がマシだわ。


「そう、僕は君を見誤っていたらしい」

《あら、喜ぶべきかしら》


 処女では無いかも知れないなら、遊ぶ位は良いだろう。


 だなんて、病を恐れていない愚か者の証。

 コイツも、あの子に報告しないといけないわね。

 



「ありがとう」

《いえいえ、コチラこそ》


 彼女は貴族なのに、庶民として家から逃げ出すつもりだ。

 マトモな家に育っていそうなのに、どうやら家族とは不仲らしい。


 このまま金を貯め遠くに逃げ出し、侍女か何かをしながら自由気ままに生活がしたい、と。


「その、行く当ては有るんだろうか」


《いえ、特には》


 本当に、大丈夫だろうか。

 僕は以前の知恵も有るけれど、彼女はココの事しか知らない。


「何処かで1度、下働きの練習をした方が良いんじゃないだろうか」


《確かに、そうですわね》


 コレだ。

 コレだから心配になる。


「でも、家が許すんだろうか」


《では、内緒で、何とかしてみます》

「バレ無い様に、きっと面倒な事になる筈ですから」


《はい、ありがとうございます》


 そして杞憂は、全く違う問題として現れた。




「どうして、君が」


 お金を貯め、聖なる泉に入る直前、良く知る声が耳に入った。

 そして目の前には。


《アガット》


 彼が関わっている事は知っていた。

 けれど、あくまでも仲介役だと思っていた。


 まさか。

 まさか彼が根幹に携わっていたなんて。


「君も」

《違うわ、でも、もうコレしか無かったの》


 とうとう、処女検査の事をバラすと元婚約者に脅された。

 結局、向こうとは上手くいかず、八つ当たりも同然の脅迫。


 しかも私は家の侍女に金を持ち逃げされ、もう、ココに来るしか無かった。

 迷信であれ何であれ、もう、コレしか無かった。




『もうそろそろ、良いでしょう』


 声が聞こえた方向を向くと、見慣れない鳥が居た。

 そして金の懐中時計を首に下げ。


《アナタは》

『悪魔貴族です、もう終わりにしましょう、△△』


 初めて、前世の僕の名が呼ばれた。

 本当に、目の前に居るのは悪魔だ。


《一体》

『この泉の全ては、彼が仕組んだ事、ですよね』


「はい」


 奔放な者だけを、標的にしていたつもりだった。


 偽医者の存在を知っていた。

 分かっていたのに。


 僕は、彼女に着せられた汚名に気付かなかった。


 どんなに貞淑そうに見えても、どうせこの女も。

 そう思い、病を広げさせた。


 まさか、汚名を晴らす為だけに。


《アナタ、最低だわ》


 手足が冷える感覚がした。

 彼女に軽蔑された事に、全身が凍える様な感覚だった。


「ごめんなさい」


 本当に、善人を巻き込むつもりは無かったんだ。

 本当に。




《そんな》


 アガットは短剣でいとも容易く首を切り、倒れ込んだ。


『言葉は凶器にもなりますからね』


《でも、だからって》

『彼にも理由が有ったのですよ、ね、バルバトス』


「あぁ」

『後は任せるわ、じゃあね』


「はぁ」


 濃い灰色のマントに、深緑色の服を着た狩人は。

 私が謗り、死に至らしめてしまったアガットの傍に、しゃがみ込んだ。


《あの、アナタ様も》

「あぁ、コレか」


 彼が差し出したのは、金色の懐中時計。


《彼は》

「コレは宿星だ、前世の記憶を持つ者、だった」


 そして何故、彼がこの様な事をしたのか。

 バルバトスの名を持つ悪魔が語り始めたのは、とても悲惨な出来事の数々だった。




「あの、ココは一体」


 今世でアガットとなった男の人生は、とても悲惨なモノだった。


 惚れた女と結婚し、子に恵まれた。

 だが子と血は繋がらず、妻は結婚後も浮気三昧。


 何も知らなかった男は病に罹り、そこで初めて浮気を疑う事となった。

 そして、その直後、妻は自死。


 不治の病となってしまった男は、子を施設へ。

 そして何も知らぬ友人達に謗られ、更に絶望し。


 治療もせず、食事も断ち、何重にも重ねられた大きなビニールが敷かれた浴槽の中で毎晩眠り。

 餓死を選んだ。


 裏切られ、謗る事さえ叶わなかった復讐者。

 庇護すべき宿星の子。


《私が分かる?》


「いえ、どなたでしょうか」


 記憶を僅かに奪わせて貰った。

 コレで、少しは良き復讐へ目覚める事だろう。


《私は、アナタの婚約者、アナタの事は私が守るわ》




 僕は怪我のせいで、10才の頃からの記憶が断片的に欠落している。

 そして彼女の事は、全く記憶にない。


「どうしても、腑に落ちないんですが」

《ふふふ、アナタがそう大人の様だからよ》


 親に相談もした。

 けれど、僕らは仲が良かったらしい。


 そして実際に、彼女は僕の好みを知っていた。


「僕は、復讐以外に興味が無かった筈なんですが」


《そうね、そう言っていたけれど、何とか口説いたの》


 家は援助を断っていたけれど。

 代わりに、彼女が僕に支援したい、そう口説いている最中だったらしく。


 僕は帝国領に行き、学園に通う事になってしまった。


「僕は、何か言っていましたか」


《奔放な者は大嫌いだって、そして私の事を話したら、一緒に復讐しようって言ってくれたのよ》


 実際にも、僕は彼女の婚約破棄の内容を聞き、確かにそう言った。

 けれど、彼女が僕を好く理由が分からない。


 確かに大人びているかも知れないけれど。

 それは前世では大人だったからだ。


 子供ぶるなんて僕には出来ない芸当。

 しかも、同年代と婚約や結婚なんて、絶対に無理だ。


 だからこそ、貴族位は早々に諦めていた。

 なのに、貴族で居続けるべきだ、と彼女が。


「僕は、アナタの何処が好きか分かりません」

《私もよ、だって何も言われはしなかったもの》


 例え好意が有っても、僕なら言わなかったのは分かる。

 もう情愛も何も信じてはいないし、付き合う事すら諦めていた。


 なのに、その僕が、彼女との婚約を受け入れていたんだろうか。


「すみませんが、やっぱり分かりません」


《そうよね、だって少し嘘を混ぜたもの》

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ