4 魔獣と家政婦と来訪者。
あの子達と似た様な厳しい場所に居ただろうに。
何故、どうして、こうも自分達に甘いのか。
正直、腹立たしい。
「何故、皆さん、繕い物をなさっていないのですか」
《その、もう夕暮れですし》
「まだ日が有ります、多少の光量を足し、今日出来るだけの仕事を出来るだけこなして下さい。先延ばしにしては、今回の叩き掛けの様に、必ず後で失態を晒す事になります。明日の余裕を持つ為に、今日、出来るだけの事をして頂けないなら見捨てられてしまいますよ」
『やはり、ルイス侯爵は』
「その方の事は良く存じませんが、使用人とは、いつ切られてもおかしくは無い存在なのです。今は大目に見て頂いている試用期間中も同然、だからこそ、体を壊さない範囲を自ら理解し働く事が重要なのです。夜目が苦手なら申し出て下さい、他の仕事をお任せする役割に組み込みますから」
「あの、私、縫い物が苦手で。しかも全く、夜目が効かないものでして」
「では洗い場を多く勤めて頂く事になりますが、構いませんか」
「はい、ありがとうございます」
《あの、私、掃除が苦手でして》
「どう、苦手なのでしょう?」
《特に銀食器などを、何処まで磨けば良いのか》
「あぁ、分かります、細かい傷も出来るなら消してしまいたいですよね」
《はい、ですので、どうにも加減が難しく》
「でしたら縫い物はどうでしょう?」
《はい、寧ろ得意なのですが。私ばかり、得意な事をしていては》
「得手不得手が存在しますから、人より多くこなせるのでしたら、それは寧ろ立派な職人も同義。以降は縫い物全般をお願い致しますね」
《はい、ありがとうございます》
「皆様、何も特化しなければならない、と言うワケでは無いですからね。得手不得手が無くとも、素直に従える事もまた、家政婦や侍女に必要な素養です。そして慣れれば慣れる程、余裕も出来る、そして余裕が有るからこそ空いた時間に手近な仕事がこなせる。そうすれば評価もされます、どうか慣れて下さい、コレはフェルナンド殿下からのご要望でも有るのですから」
教えられた事に素直に従い、如何に慣れるか。
子供達には言わずとも分かっている事を。
いえ、大人だからこそ、慣れるには時間が掛かりますしね。
私達が慣れるまで、としておきましょうかね。
『おめでとう』
《うん、ありがとう》
誰のお陰か、順番に子供達は知恵熱を出し。
とうとう、ユサール君が熱を出しました。
「氷ね、いっぱい有るからね」
《うん、ありがとう》
『ありがとう、コレだけ有れば十分だから、もうお休みなさいしようね』
「うん、おやすみ」
《うん、おやすみ》
何故、どうして知恵熱を出すのかは分かった。
そして何故、ユサール君が熱を出したかも。
妖精や魔法の存在。
それと聖獣や魔獣の存在を知って、自分達の手足が補えるかも知れない、と知ったから。
やっぱり、コレはかなり衝撃的らしく。
殆どの子の知恵熱は、コレで出ていた。
『魔獣や聖獣の事かな』
《うん》
『驚いた?』
《ううん、不安になった》
『あぁ』
もし、悪い子なら協力は得られない。
そして帝国で働いてる方に、義手や何かを作って貰う事になる。
じゃないと、悪人だと思われてしまうから。
罪人か悪人しか、欠損は放置しないのがココの流儀。
だから、先ずは望むしかない。
中々に、ハードモードだと思う。
死生観も、価値観も。
《僕、あんまり良い子じゃ、無かったから》
『大丈夫、妖精さんだって寛容なんだし、大丈夫。必ず誰かが、助けてくれるから』
《でも》
『大丈夫、ココを追い出されたりしないし、誰も嫌ったりなんかしない』
子供達には少し申し訳無いけれど、協力を願うのは全員が知恵熱を出してから。
一旦は何班かに分かれて、ほぼ一斉に得て貰う。
じゃないと、本当に仲間はずれが起きるかも知れないから。
《何でもするから、捨てないで》
『捨てない捨てない、見捨てない、大丈夫』
どの子も、こうして泣いて縋る。
不安は全く与えて無い筈なのに、どうしても以前の事が浮かぶらしい。
《うぅ、ごめんね》
『大丈夫、けど先ずは目を瞑って、何処にも行かないから』
《うん》
幾ら人手不足と言えど、良くもこんな混乱するだろう大所帯を受け入れてくれたと思う。
その恩に報いる為にも、先ずはこの子達を出来るだけ自立させるのが、当面の役割だとは思うけど。
その先がなぁ。
『幸か不幸か、纏まりが生まれたそうで』
「あぁ、子供とは実に面白い作用をするものだな」
私が残るかどうか、帝国からの家政婦、そして子供達の存在。
それらが作用し、新参者も含め、格段に纏まりが良くなったものの。
今度は、私がいつ公式に戻るか、なんですが。
《いっそ、この部屋で殿下と籠ったままで良いのでは》
「若しくは、今と同様に、不意に現れるか」
『いえ不意に現れるにしても限界は有りますので、徐々に、復帰しようかと』
完全に戻ってしまえば、いつ気が緩むか分かりませんし。
不意に現れる事が長く続けば、今度は不満が出て来てしまうでしょうし。
「まぁ、それが妥当だろうな、暫く緊張し続けるが良いさ」
《甘過ぎたと言うか、手が回らなかったとは言えど、帝国の家政婦に指摘されましたしね》
『はい、そうですね』
出来る事を、出来る範囲内で。
其々が妥協し、我慢するしか無い。
そこまでしか、介入出来ませんでしたから。
『あのー』
『はい、何でしょう、カメリア嬢』
『自分の身の振り方が、どうにも、全く分かりませんで』
綿花の様な気質を持つ来訪者。
しかも、子供の一部に好意を持たれている方。
「私の下で働くのは不満か」
『いや何をすれば宜しいので?』
『子供達の自立は、そこまで目途が立っていますか』
『あ、いえいえ、まだ1年は確実に掛かるかと。ですが私が居れば甘えてしまう、頼ってしまうでしょうから、徐々にでも離れるべきかと』
「お前が出て行くつもりか」
『捨てないでくれ、が子供達の要望ですので。何処か地方の孤児院に飛ばすとか、ですかね?』
『それは無理かと、アナタの容姿を見慣れている者は僅かです、直ぐに目立ち最悪は誘拐されるかと』
『あぁ、そうなっちゃいますか』
『リリー嬢の仕事を手伝うつもりは無いですか?』
『私を育ててくれた祖父母に、看護師と酒や色恋に関わる仕事だけはするなと、キツく言われておりまして』
『では、以前のご職業を活かすのはどうでしょうか』
『それなんですが、ココでは、食べていけない職業でした』
彼女の経歴等は相変わらず不明なまま、だったんですが。
「どの様な職業だ」
『義足や義手などを製作、取り扱う仕事でしたが。帝国の職人ですらも、片手間の趣味、だそうで』
欠損は大きな印となる。
だからこそ、聖獣や魔獣の協力を請う事が大前提。
ですが中には、敢えて、生きた証として残す者も居ますが。
数は少なく、稀有と言える存在。
「そうか、それでか」
『はい、しかもココの様に木工では無く、特殊な材料を使っての加工ですので。正直、木工の技術は皆無、私の知識や技術は全滅です』
「であれば、他に興味が有る事は、子供か」
『あぁ、いえ別に興味が有ると言うより、少しでも何か出来る事が有るかな。程度で、寧ろ家政婦などが、良いかなと。まぁ、そんな程度でして、はい』
『ではいっそ、貴族の妻になるのはどうですか?』
目が飛び出しそうになっていますが。
以前にも、お伝えしてある筈では。
『お作法を、この年から、覚えるのは流石に』
『リリー嬢からはさして問題は無い、とお伺いしておりますが』
『そんなもん見様見真似ですよ、そんなに甘くないでしょうよ、貴族の生活』
『まぁ、そうですが』
「少なくともそう働かないで済む相手を、探してやるつもりだが」
『何故』
『相応の功績を頂いておりますので、それの返礼です』
『何も』
「お前のお陰で事が有利に運んだ、そして来訪者も認めた王族候補だと、箔も付く。相応の対価だ」
まだ、ご納得頂けませんか。
と言うか、欲の無い方ですね本当に。
『まぁ、もう少し模索して頂こうかと』
『是非、そうさせて頂きます』
「あぁ」
では先ずは、暫くカメリア嬢との交流から増やしていく事にしましょう。
どうやら彼女を、本気で慕っている者が居る、そうですから。




