1 生まれ変わっても。
妾に階段から突き落とされ、殺された。
だから今世は、夫の為に私が妾となった。
なのに。
「何故っ」
《だってアナタ、目障りなんですもの》
夫を愛している、だからどんな立場だって良かった。
なのに、また、私は最後まで。
『お嬢様、お嬢様』
「はっ、はぁ、はぁ」
『大丈夫ですか、お嬢様』
アレは、単なる悪夢だったの。
いえ、それよりも重要な事が有る。
「アナタは、誰」
『寝惚けてらっしゃるのですか、お嬢様。私はニーナと共に侍女をしている、ベリトですよ』
以前も、その前も、そんな者は居なかった。
「いいえ、私はアナタを知らないわ」
『では、命が尽きる前に契約した者、ではどうでしょうか』
「尽きる前」
『意識を手放す直前、私はアナタに1つの提案を申し出た。愛を得る為の機会が欲しいか、と』
あぁ、とても小さな声で、僅かに聞こえた幻聴の様な何かに。
そうだ、私は返事をした。
「欲しい」
『では、改めて契約成立ですね、マリー』
握手を交わした瞬間、体の全てが覚醒したかの様な感覚が広まり。
再び生が始まった事を、改めて理解した。
以前よりも若返り、夫とは婚約すらしていない状態。
「何故なのベリト」
『そもそも、あの方が妾を必要となさらなければ、殺される事は無いのでは』
夫が、何故あの女を必要としていたのか、前回でも分からなかったと言うのに。
いえ、今なら知る事が出来る、変えられる。
「そうね」
『ご命令を、願いを口にして下さい』
「夫の家の事を、全て、教えて」
『はい、仰せのままに』
夫の家は、醜聞にまみれ酷い状況だった。
両親共に愛人を作り、息子の事は乳母と侍従に任せ、子供には無関心。
しかも侍従は金持ちが気に入らないからと虐げ、乳母ですらも無関心。
こんな家はいずれ崩壊する。
その証拠に夫の家は名家ながらも、私の家に買われるも同然だった。
それでも私は、夫を愛していた。
そして今でも。
どんなに酷い扱いを受けようとも、私は夫の傍に居たかった。
その命が尽きるまで、最後まで添い遂げたかった。
「ウチで面倒を見る、それは難しい事かしら」
『ご命令を、願いを口にして下さい』
「あの人を守る為、ウチで保護して」
『はい、仰せのままに』
願いは直ぐに叶う事になった。
《侍女から聞いたぞ、中々に賢い子だ、恩を売ればいずれ安く買い叩けるだろう》
「受けて下さるのね、お父様」
《勿論だ、保護してやろう》
とても簡単だった。
最も金に困っている者や、最も良心の有る使用人にウチへ駆け込む様に仕向けさせ、内情をバラすか子供をコチラに預けるか。
どちらかを迫った。
「もう大丈夫よ」
『ありがとう、ございます』
幼い夫は、とても可愛らしく、少しでも一緒に居られる事が嬉しかった。
けれど、幼いながらも赤の他人の男女を、同じ家で育てる事は出来無い。
夫は叔父の家に住み、私の家に通い学びを得た。
だから、今度こそ私を愛してくれると思っていた。
なのに、今度は別の女に手を出した。
《コレだけ手間を掛けたと言うのに、恩義を感じぬとは、やはり》
「良いのお父様、それでも私は彼を愛しているの。お願い、たった1度の過ちよ、お願い」
夫は侍女のニーナに手を出した。
私は2人とも愛していた、だから許した。
なのに。
『お前を女としては見れない』
また、他の女に手を出した。
目の覚める様な白い肌に、金髪で青い目の美しい娘に。
「何が、いけなかったのでしょう」
『共に育ったんだ、君を、妹の様にしか思っていない』
私は、また失敗してしまった。
少しでも傍に居たい、そう欲張ったせいで、また。
「分かりました」
『だが離縁する気は無い、君は君で、愛人を探せば良い』
とても心が抉れた。
ナイフを突き立てられ、更に抉り出された様に痛かった。
「分かりました」
けれど、私は今度こそ、夫と最後まで一緒に居られる。
そう思っていたのに。
《ごめんなさい、お嬢様》
「ニーナ、何故」
《まだ、あの方を愛しているんです、今でも》
私は、幼い頃から一緒に居るニーナに殺された。
あんなに愛していたのに、愛してくれていた筈なのに。
『もう1度、やり直しますかマリー』
「お願いベリト」
次は夫と共に過ごすかどうか、選べる時期に目が覚めた。
『マリー、どうなさいますか』
「離れて過ごすわ」
夫は叔父の家で過ごし続け。
私もニーナも全く関わる事無く、彼は立派に育った。
やっと、最後まで共に過ごせる。
そう思っていたのに。
《すみませんお嬢様》
『す、すまない、悪かった』
彼はまたも、ニーナに手を出した。
今回も、私には触れる事すらしなかったのに。
《お嬢様》
『彼女とは別れる、だから許してやってくれ』
どう足掻いても、無理だった。
どう足掻いても、結ばれない相手。
けれど、手放せない。
今でも私は愛しているから。
「そう」
私は自ら命を絶った。
そして願った。
もう1度。
コレで最後と。
『マリー、どうなさいますか』
「一緒になりたい」
『はい、仰せのままに』
夫とは適度に関わり、近付く女を牽制し。
そしてどうにか、婚約に至れた。
嬉しかった。
なのに。
『しつこい女だな、どうして俺なんだよ』
初夜の晩、夫に首を絞められた。
「な、なん、で」
『何度も何度も繰り返したって、お前みたいな醜い女を、誰が愛するかよ』
最初から、夫は愛してくれてはいなかった。
あの優しさも何もかも、全て、打算でしか無かった。
『マリー、どうしたいですか』
「ぶ、武器を、頂戴」
私は夫の腕を刺し、驚いて離れた夫の足を刺した。
『ま、待ってくれ、冗談。冗談だよ、こうした、そう、新しい趣向なんだよ』
「そう」
『あぁ、そうとも、こうした事が巷では流行りなんだ』
「そう」
『どうしてか足が動かないんだ、頼む、助けてくれ』
「何故?」
『お、僕は、君の夫じゃないか』
「そう、そうね」
美しくも無く、可愛らしいとは自身でも思ってはいなかった。
だからこそ、夫の言葉は嬉しかった、信じていた。
君は可愛らしいよ。
愛してくれていると思っていた、だからこそ愛せていたのに。
彼は、最初から愛してはいなかった。
『だから、な?ナイフを置いてくれ、助けてくれ、どうしてか動かないんだ』
「誰にでも欠点は有る、だからアナタの欠点だって許してきた。なのにアナタは、最初から、愛してくれてはいなかった」
『違う、違うんだ。言い間違いだ、本心じゃない。そう、試したんだ、あんまりに幸せで不安だったから。試しただけだよ、君を愛してる、君だけだ』
「そう」
そうして私は夫のもう片方の足も刺し、残りの腕も刺した。
『頼む!許してくれ!!』
夫を滅多刺しに、私は自ら命を絶った。
もう、やり直さなくても良い、そう願いながら。
「私はただ、愛し愛されたかっただけなのに」




