9 架空の悪魔。
そして俺はジェイド姉弟とラプラスの助けにより、無事にデビュタントを終え。
ジェイドと共に久し振りの実家へ。
《リリー、お帰りなさいリリー》
『愛しい子、お帰り』
熱烈なハグとキスの嵐。
本当に、子煩悩ながら、良くモエを手放してくれたと思う。
『もう、デビュタント前にお会いしたのに、まるで長く会っていない様な歓迎をしないで下さい』
《あぁ、そう言えばそうだけれど》
『だとしてもだ、会いたかったよリリー』
やはり記憶が操作されている。
実に恐ろしいが、助かる。
『そろそろご紹介したいのですけれど』
『あぁ、すまないねジェイド、宜しく頼むよ』
《もう、ごめんなさいねウチの人ったら気さく過ぎて、宜しくお願い致しますわジェイド次期当主候補》
「はい、宜しくお願い致します」
どうにか説得し、ジェイドには次期当主候補のままで居て貰う事が出来た。
但し、姉の方も次期当主候補として、既に教育が始まっている。
《まぁ、とても綺麗なお辞儀だわ、流石ね。素晴らしい子を捕まえて来たわね、リリー》
『全くだよ、嫉妬して意地悪をしてしまいそうだ』
『お父様、手加減をお願い致しますわね、本当に嫌われてしまっては悲しいでしょう?』
『出来るだろうか、手加減』
《もう、あまり脅さないで頂戴》
『騒がしい家族ですみません、もう少しすれば落ち着きますから』
「いえ、とても新鮮で、勉強になります」
『だろう、僕らはおしどり夫婦だからね』
《おしどりって、本当は毎年相手を変えるのよ、ふふふ》
『さ、行きましょうジェイド、伯父様に挨拶に向かいましょう』
「えっ、あ、はい」
『うん、仲良き事は良き事だ』
《はいはい、私達も行きましょう》
この人達は最高なんだが。
ジェイドには劇薬が過ぎる。
『伯父様、お久し振りで御座います、ただいま帰って参りました』
《リリー、元気だったかい》
『はい、お陰様で』
この伯父も、素晴らしい方だ。
父より貴族らしく、優しさと厳しさの塩梅が素晴らしい。
《それで》
『はい』
「ジェイドと申します、次期当主候補では有りますが、事と次第によっては家を出る覚悟をしております」
《あぁ、リリーからの手紙では知っているが、詳しく良いだろうか》
「はい」
『では、私は先に荷解きをして参りますわね』
『愛する妻よ、残念だけれど僕の分まで、手伝ってあげてくれないか』
《勿論よ、さ、仲良くお片付けしましょうね》
『はい』
俺は、少しだけジェイドの気持ちが分かる。
寧ろ俺は、ココでは異物なんだ。
《成程》
今まで姪は、旅先での様々な人助けにより、領地外でも名を知られる程になった。
だからこそ、既に家には何通もの招待状が届いているが。
侯爵家の長男を釣り上げるとはな。
『で、ウチのリリーちゃんが好きなのかな?』
おや、どう言う事だ。
本来なら、ココで頬を赤らめるべき場面だろうに。
「救われ、幸福感で浮かれてはいないか、冷静では無いのではと。先ずはしっかり学び、それから決めるべきだ、と」
何と、今にも泣きそうでは無いか。
『ごめんよ、リリーちゃんは、この伯父さんに似て凄く冷静な子でね。まぁ、ローズが病弱だったからこそ、かも知れないけれど』
《間違いだと思うか》
「いいえ」
《では、嫌味が含まれていると思うか》
「いいえ、本当に僕の為を思い、仰って下さった事だと思います」
『でもねぇ、幾ら浮かれてても、情愛だって少しは』
《ならお前は、救った医者に言い寄る患者が居るとしよう、結婚すべきだと思うのか》
『いやー』
《救い主に惚れる自由は有るが、救い主にも選ぶ権利が有って然るべきだろう》
『まぁ、そうですけど』
《では逆に、危ない所を助けられたリリーが、救い主に惚れたとしよう。だが、それらが全て計略だったなら、お前は受け入れられるか》
『無理です』
《だろう、つまりはそう言う事だ》
『でも長く関わっていたのだし、ジェイドがリリーの本質に惚れたのかも知れない』
《それを見極めるのはジェイドだ、妄信をリリーは望むと思うか》
「いいえ」
《真に情愛を持つ者と、リリーは一緒になるべきか》
「はい」
《なら、もう成すべき事は分かっている筈だ》
「はい、良く学び、多くを経験し。それでも尚、僕がリリーを好きでいた時は、どうか応援して頂けませんでしょうか」
《あぁ、相応しくなっていたならな》
『でも頑張り過ぎは禁物だよ、リリーが悲しむ事は絶対に、許さないよ』
「はい」
本当に、こんな良い子を見付けて来るとは。
ローズの事もそうだが、この姉妹は相当に運が良いらしい。
《もー、良いじゃないの、好きに育て上げれば》
『お母様』
《冗談よもう、そんな吐き出す様に言わないで?》
『どう見ても、弟ですよお母様』
《でもね、甥っ子は直ぐに大きくなっちゃったわよ、本当もう直ぐに》
『まぁ、もう少しすれば大人びるでしょうけれど、もう既に私は大人ですよ?そう年下に手を出してはケジメが』
《はいはい、本当にもう、どうしてこう絶妙に向こうの家系に激似なのかしら》
『血は繋がっていますし、お母様達の要素は全てローズに行ってしまったんです』
《不思議ね》
『ですね』
この家族に、モエは最高の相性だった。
だからこそ、ココではモエに話させ練習させていたんだが。
本当に大丈夫だろうか。
長期記憶の改変だぞ。
『大丈夫よ、アナタを知ってモエも知った上での演算だもの、摩擦係数は実質0よ』
負荷が無いなら良いんだが。
《ごめんねリリーちゃん、やっぱり寂しいわ》
『私もです』
素直で天真爛漫な家族。
だからこそ領民は信用し、納税し、還元されれば感謝する。
ココは分かり易く言うなら、田舎ならではの地域密着型統治法。
だがジェイドは王都付近の領地を管理し、王都での仕事も担う貴族。
果たして、幾ら有能な伯父の元とは言えど、本当に勉強になるのだろうか。
『大丈夫よ、ココまで演算通りだもの』
そうなのか。
凄いな、流石ラプラス、演算の悪魔だな。
『本当に、大きくなりましたね』
「はい、アレから1年ですから」
とうとう僕はリリーの背を抜いた。
十分な睡眠に適度な運動、そして食事にも気を配り、成人前に追い抜く事が出来た。
『半年前は、ココだった筈が』
「はい、成長期ですから」
リリーは背なんか気にしないだろうけれど、やっぱり何か有った時はリリーを抱えられる体が欲しかった。
なので伯父様にお願いし、体も鍛えても貰った。
『どうですか、伯父様は』
「はい、相変わらずですので、僕には寧ろ有り難い限りです」
リリーの家族とは真逆の伯父様の家庭ですが、起伏が少ないだけで、冷静で穏やかなご家族なんです。
けれど、だからこそ誤解され易いんですが、本当に良くして頂いています。
『ふふふ、私、生まれる家を少し間違えてしまったんですよ』
「そんな事は無いです、良く似てらっしゃいますよ。思い遣りと優しさが有って、確かにリリーは真面目ですけど、十分似ています」
『そう、ですかね』
「今なら分かります、冗談を言うか言わないかだけで、芯の強さも優しさもそっくりです」
庶民には凄く親しみ易いんですが、高位貴族には確かに受けが悪いと思います。
ですけど、良い悪いでは無い。
適切な場所に配置され、しっかり運営がなされている。
貴族らしさとは、そこです。
他者の命を背負い、良き管理を行う。
それこそが貴族。
高位には高位の、下位には下位の問題が存在する。
その点、本当に伯父様は凄いんです。
中間に位置し、双方を繋ぐ役目。
中間管理職が、僕は最も難しいのだと思い知らされました。
『すっかり男らしくなられましたね』
まだ、リリーには男としては見られていませんが。
コレは仕方の無い事、だって僕はまだ、成人前なんですから。
しっかり者のリリーが、そんな目で見るワケが無い。
「もっともっと男らしくなりますから、見てて下さいね」
『はい』
リリーは僕を置いて直ぐ、また旅に出てしまった。
今まで関わった者の様子を伺いに、そして妹さんの様子を伺いに。
その合間に、また誰かを助けたり、求婚されたり。
でも、まだ婚約者は居ません。
だから、そこに少しだけ期待しています。
そして、甘えています。
もしかすれば、待っていてくれているんじゃないかって。
でも油断は出来ません。
リリーには、相変わらず婚約の申し込みが有るんですから。




