7 架空の悪魔。
『あの、少し宜しいでしょうか』
『あぁ、すみません』
《ごめんなさいね》
《ごめんねジェイド》
『先ず1つ、必ず擁護する者が必要、コレはお分かりになりましたでしょうか』
『はい、申し訳無い』
俺の前とは言えど、しっかりと息子に謝れるのは良い事だ。
『それからもう1つ。残念ですけれど、こんな喧々した女性になんて良縁は無理でしょう、とても良妻賢母になれるとは思えない。こうして態々、嫌味を入れずとも、言える事実が有る筈ですよね。事実なら、正論なら、思った事を何でも口にして良いワケでは無い。お分かりでらっしゃいますよね』
《はい、本当にごめんなさい、ジェイド》
ラプラス、本当にスラスラと良く出るな。
『それともう1つ、比べる、若しくは明らかに下の者を出す事は貶める行為。ウチの幼く無教養な妹ですら、分かる事ですけれど、お分かりになりましたよね』
《はい、本当にごめんなさいね、ジェイド》
申し訳無いが、俺もそう思う。
『こうして、あまりにも無遠慮で思慮の足らない言葉まみれでは、家は寛ぎの場とは程遠いものになってしまう。そして例えイラクサが抜かれたとて、イラクサの痕跡に怯えるのは当然の事。婚約の事はお任せします、ですが、ジェイドはココから引き離させて頂きます』
「ありがとうございます、ご迷惑をお掛けして本当に申し訳御座いません」
うん、ジェイドは本当に良い子だ。
『良いのよ、まだアナタは子供だもの、なのに大人が寄って集って責め立てる方がどうかしているわ。例え内容が事実であれ、正論だからと言葉を振り翳すなんて、下品とすら言えない。粗野で野蛮で低能な行い、伝え方を気を付けねばならないのは庶民も同じ、そんな事も分からないだなんて幼稚が過ぎますわよね』
全くだ。
『本当に、すまなかった』
「いえ、僕はお父様は好きな方ですので。もっと教えて頂きたい事も有ったのですが、僕はもう諦めました、悩み苦しむだけ時間の無駄ですから」
『ではお手紙ならどうかしら、其々に添削なされば宜しいのでは』
うん、良い案だな。
『お前が許してくれるなら、是非、関わらせてくれないか』
『そうしてジェイドが会いたい、となれば、誰かしらの立ち会いを経てお会いして頂く。どうかしら?』
「はい、そうさせて頂ければと思います」
良い笑顔だ。
やっぱり子供には笑顔が1番だ。
『そうね、じゃあ、返すわね』
あぁ、助かった、ありがとうラプラス。
『良かったわね、嫌味を嫌味だとちゃんと理解してらっしゃるご家族で。中には凄い者も居るのよ、間違いは言っていないんだ何が悪い、受け取り方の問題だ流せって仰るの』
本当に凄いわよね。
だって、要は責任転嫁ですもの。
「それは、お仕事で関わっても、でしょうか」
『そうなの』
不思議に思うわよね。
でもね、そうでも無いのよ。
結局は自分の感性が鈍い、引っ掛かる琴線の目が粗いから、自分は言われても平気だ。
普通これ位は平気だろう、ってなっているだけ、なのよね。
けれど同じ事を言われて反応する場合も有る、その日にだけそこにズレていた琴線に、偶々引っ掛かっただけか。
防衛反応、防御反応から、攻撃性が強くなり琴線に引っ掛かったか。
まぁ、つまりはガバいのよね、怖いわぁ。
「どうして、そこまでして嫌われたいのでしょうか。少なくとも好感は無いよりは有った方が周囲の負担が減りますし、そうすれば効率は上がりはすれど下がる事は無い。無関心ならまだしも、嫌われるまでに至っては、いつか外されるに至るのでは」
『言葉に棘は有れど正論だ、辞めさせられるワケが無い、辞めさせた者達に理解が無いだけだ』
「管理職からしてみれば、凄く邪魔なんですが」
『そうした者をそうした職に就かせる様に誘導するのも、ご当主のお仕事では』
「はい、仰る通りだと思います」
『私、理屈は分かれどまだまだです、どうか私もご指導を頂けますでしょうか』
上手いわねリリー。
なのに殺されてしまった、可哀想なリリー。
「はい、僕で良ければ」
俺は今、泣き付かれている。
《ごめんなさい、私、一体どうすれば》
そう、ジェイドの姉に泣き付かれている。
『先ずは、どう、なりたいのですか』
《私、あんなに、ジェイドに嫌われていただなんてぇ》
俺なら、耐えられたかも知れないが。
コレはもう、相性だろう。
《まぁ、そうね》
アミィ。
《まぁまぁ、続けて》
『相性だと、思いますわ』
《でも、そんな言い訳で》
『親子でも、相性と言うものが有りますもの。アナタの配慮でも問題の無い子も、それでは足らない子、逆に多いと感じる子も居るかも知れない。それは社交界でも同じ事、同じ対応をしても、時には不思議な反応をする子も居る筈』
《でも、私、些末な問題だと片付けてしまっていて》
『時と事情によります、今回は家族だからこそ。お仕事の際は気にしなくても良い場合も有ります、だって、全員が仲良くお仕事。だなんて、きっと難しい筈なのですから』
実際、看護師同士は殺伐としている場合が多い。
しかも人手が足りず忙しい場なら、患者にすら八つ当たりをする看護師も居る。
更には、その相手が子供であってもだ。
入院患者の体調はピンキリだ。
起き上がるのも難しい子供から、元気は元気だが数値に異常が有り退院させられな子供まで、様々だ。
しかも子供だ。
大人を揶揄う子供も居て当然。
だが、看護師に余裕が無ければ、キレる者も当然居る。
アレは本当に気分が悪いが、患者の目の前で注意するワケにも行かず、かと言って後で言えば。
《でも私、嫌われているだなんで、思っでもいなぐで》
あぁ、だからこそ、ジェイドには厳しくしていたのか。
自分が感情的だからこそ、貴族として、自分なりに躾けていたつもりだった。
『私、ジェイドがココまで泣いてしまう姿、想像が出来無いんですの』
《私も、確かにそうですけれど》
『アナタは自身の気を付けるべき事を、ジェイドに当て嵌めてしまった。でも家族なら、致し方の無い事、だって血の繋がった良く似た生き物なんですもの』
過度に叱る親、手を挙げてしまう親の多くに共通する事は。
この分離が出来ていない事だ。
自身の分身の様に思ってしまうからこそ、時には甘やかし過ぎる事も有る。
母親の方は、その典型例だろうな。
《私とジェイドは違うのに、ぅうっ》
『もう分かってらっしゃるでしょう、大丈夫、アナタが良妻賢母にならないだなんて思ってはいないわ』
《でも、こう、こうしてジェイドは疑ってしまうのね》
あぁ、もう落ち着くまで待つしか無いか。
「ごめんなさい、何処までも家族がご迷惑を」
『いえ、構わないわ、私にも毒を吐いてしまった責任が有るもの。大丈夫よ』
こうしていると、僕は益々疑問が湧く。
何故、どうして、ココまでしてくれるのか。
「何故、ココまでして下さるんでしょうか」
『親と合わない子は少なくないわ、最初は虐待を疑ったのだけれど、情愛の行き違いで安心したわ』
「それだけ、ですか」
『ごめんなさいね、私は器用な方では無いから、それだけだったの』
本当に、こんな大人が居るんだろうか。
幾ら家を間借りしていたとは言えど、それはどちらにも得になる事。
恩を返すでもなく、売るでも無い。
ただ、僕を助けたかったから。
「幾らでも、利用する方法は有る筈ですが」
『そうね、でも面倒だもの。それにお仕事の恩や貸し借りは利用するつもりだけれど、こうした家の事を利用する器用さは、私には無いの』
貴族は、高位の貴族こそ、清廉潔白であるべきなのに。
僕は勘繰ってばかりで。
「ごめんなさい、ずっと疑っていました」
『あ、良いのよ、寧ろ子供こそ大人を疑って当然なのだもの』
弱い者を補い守るのが、僕ら貴族。
なんて僕は恥ずかしいんだろうか。
怒られない様に、面倒な事にはならない様にと、そう避けるばかりで。
僕は、貴族なのに。
「ごめんなさい」
『大丈夫、あの環境では仕方が無いの、大丈夫よ』
こんなに優しくされたら、僕は余計に。
「ごめんなざい」




