6 架空の悪魔。
日替わりで行われるデビュタントの午前の部、午後の部。
合間に行われるお茶会、ドレスの準備。
それらが相まって、とうとう今日までジェイドと話し合う機会が無かったが。
やっと、今日は中休みだ。
まだ中休みか。
どんだけ顔を売れば気が済むんだ貴族は。
「あの」
『いらっしゃいジェイド、さ、コチラへどうぞ』
こう言っては何だが。
ジェイドは可愛いが、俺より貴族らしく、しっかり者だ。
コレが悩む程の家族との不和は、結局は俺には分からなかった。
確かに厳しい面も有るが、それは高位貴族だからこそ。
ココの家族は高位貴族とは何か、そうした事を知るには良い家だった。
だが実際に暮らすとなると、窮屈そうに思えてしまうが、それはあくまでも庶民の感覚。
子爵家と侯爵家では、こうも違うのか、と。
「僕は、僕だけが、家族とは合わないんです」
『具体的には、どう』
「今日、コレから僕は敢えてミスをします、実際に見て頂きたいんです」
そこまで思い詰めているのか。
『分かりました』
「ご不快な思いをさせる事になると思いますが、すみません、言うより分かって頂けるかと」
『では私が分かった時点で、敢えてである事を仰って下さい、出来ますか?』
「はい、ですが止まるかどうか」
『大丈夫、お任せ下さい、ね?』
「ですが、僕がまだ、止めないでくれと合図をしたら。どうか、そこまでは」
『そうね、なら作戦の失敗、継続、中断の合図を決めましょう』
「はい、宜しくお願い致します」
そうして、ジェイドはミスをした。
些細な事だが、それなりに重要なミスだった。
『どうしてだ、どうして侯爵と公爵を間違う事が有る』
《公爵は王族の方、侯爵は国に仕える者よ》
《少し綴りを間違う程度なら分かるわ、けれどコレは大きな間違いよジェイド》
「申し訳御座いません」
『で、何故だ、どうしてだ』
「何枚も書いている間に、集中力が欠け、書き間違えてしまったのかと」
《こうして私達がチェックしているから良いものを、いずれアナタはココの当主となるのですよ》
《そうよジェイド、アナタは出来る子の筈よ、どうして見直しを怠ったの》
『姉さんはお前の年にはこんなミスは無かったぞ、一体どうしたと言うんだ』
「申し訳御座いません」
『謝れと言っているんじゃない、どうしたのかと尋ねているんだ』
《それと対策よ、さ、ちゃんとお父様に最後まで仰いなさい》
俺は家庭を持った事は無いが、叱る者、庇う者と分かれる必要性は分かっているつもりだ。
だが、コレでは一方的に追い詰めるだけ、単に問い詰めるも同じだ。
しかも何故か、どうしてかと、しまいには対策案までココで出せとは。
《ごめんなさいねリリー、私が甘やかし過ぎたみたい》
《本当に、いつもならこんな失敗は無いのだけれど》
『具合が悪いなら言いなさい、無理をしても悪くするだけだぞ』
いや、貴族とはやはり、ココまでする必要が有るのか。
だからこそジェイドはしっかりしている、なら、今日は問題行動は出ないのか。
いや、ジェイドからの合図は無い。
まだ、先に有るのか。
《ジェイド、それにリリーも。確かに女でも当主にはなれるわ、けれどね、とても負担が大きいのよ》
《お母様の言う通り、ならアナタがなるしか無い、アナタがなるべきなのよ》
『分かるだろうジェイド、男には孕む事も生む事も出来ない、出来る事は仕事位なものだ』
《お父様は心配して仰って下さってるの、貴族の仕事は遊びでは無いのよ、若いからと手加減して頂けるのはデビュタントまでなのよ》
《アナタの失敗のせいで、お姉様が嫁ぎ先で苦労してはアナタも嫌でしょうジェイド、そうなっては私も悲しいわ》
『子供の遊戯じゃないんだ、コレ位はしっかりと見直しを、問題が有るなら事前に伝えなさい。良いね』
やはり人目が有ると加減をするらしい。
珍しく、余計な一言が無い。
「はい」
『あの、不勉強で申し訳無いのですが、いつもこうしてお叱りになっているのでしょうか』
『あぁ、まぁ、今日はこの程度のミスですし』
《そうね、寧ろアナタが心配だわジェイド》
《無理にデビュタントに付き添わなくても良いのよ?》
「いえ」
『ジェットストリームアタッ、失礼しました。ではどの様に、失敗が無かった時はどれ程、褒めてらっしゃるのでしょうか』
そうして僕が望んでいた方向を、彼女は指し示してくれた。
流石だ、コレならもう、弱味を握られても仕方が無いのかも知れない。
《そう、ねぇ》
《例えば、あ、成績が良かった時よ》
『あぁ、だな、どうだお前は』
《私は、まぁ、良く出来たわね。コレからもしっかり学びなさい、期待しているわよ、と》
『では、当主様は』
『私は、先ず特に良かった点を褒めています。今回は数学の点が特に伸びており、その点と教師からの評価、揉め事を起こさずこの子は規則正しい生活が出来ているとの評価だったので。まぁ、お恥ずかしい話ですが、未だに膝に乗せ褒めさせて頂いますね』
『ではお姉様は、どうでしょうか』
《私、私は》
「アナタは出来の良い弟だもの、コレ位は出来て当然よね。けれど数学だけじゃなくて、文学も学んだ方が良いわよ、アナタは良いお嫁さんを見付けなければならないのだから。異性を惹き付ける為にも、もっともっと、精進なさいね?」
『褒めるだけは難しいですか』
《もう、アナタって子は》
『褒めるべき時は褒める、そう教えていた筈だが、どうした』
「僕はお母様が高い声で褒めてくる事も嫌いです、耳が痛い、不快感が勝ります」
《そんな、ごめんなさい、でもね》
「そうやって言い訳を重ねようとするのに、僕の時は全員で僕を叱責する所が本当に無理なんです。僕はリリーと結婚します、頑張って下さい姉上」
彼女に身を任せる筈が、僕は一気に吐き出してしまった。
『だそうですので、頂きますね』
「えっ」
『まぁ、先ずは婚約からですが、宜しいですかご当主様』
『あぁ、すまなかった、ジェイド』
「お父様は個別なら問題無いんです、しっかり褒めて下さるし、叱る時も要点だけで済む。でも家族が集まるとコレです、しかもいつもなら、嫌味まで含まれている」
《それは違うのよジェイド》
「お姉様、嫌味に慣れさせる為かも知れませんが、何も叱責の時に混ぜなくても良いではありませんか。個別に、別々に教える為に仰ってくれるならまだしも、僕は本当に嫌いになりました」
《ごめんなさいジェイド、でもお姉さんも私も》
「僕の為だとしても限度が有ると思うんです、小さい子でも分かる事でしょう、だなんて僕は貶されたとしか思えません。それに例え流せば良い、受け取り方の問題だとしてもです、それらをどうしても言う必要が有りますか。と言うか言ったかどうか覚えていますか」
《ごめんなさい、言ってしまっていたのね》
「期待してくれているのはありがたいんですが、正直不愉快さが先に出ます。それにココは家なんですから、例え話で十分では、叱責に絡ませないで下されば良かったんです」
《そうね、本当にごめんなさい》
「今日は本当にお聞かせしたかった嫌味がほぼ無かったのは残念ですが、つまりはあまり良い事では無いと認識してらっしゃるでしょうし、加減したり抑える事が出来るんですよね」
《勿論よ、本当にごめんなさい》
「ですが僕はもう、改善されたとしても一緒に居たく無いんです、絶対にココには居たくありません」




