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悪魔貴族譚~ノビリタス・ディアボロス~  作者: 中谷 獏天
第7章 貴族位内務調査員。
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1 メーガンの茶会での、婚約破棄。

「やはり君とは、破棄を、したいんだ」


 大事にするつもりは無かった。

 ただ、どうしても耐えられなくなった。


『酷い、何も今』

「本当にすまない、だがもう、耐えられないんだ」


 不意に一際大きくなる声。

 隠しきれない表情、感情。


 到底、男爵家とは思えない所作の数々に。

 もう、僕は耐えられなくなっていた。


「お嬢様、もう参りましょう」


 侍女が優秀だからこそ、余計に粗が目立つ。

 なのに彼女は、省みる事をしない。


「本当にすまなかった」


 多少は不出来であれ、共に育てば良い。

 そう思っていたけれど。


 こんなにも、自身に堪え性が無いとは思わなかった。




《あら、どうなさったの》


『酷いんです、彼、こんな所で婚約破棄を申し出るだなんて』

《そう、さ、コチラへいらっしゃい》


 今はアイリス様の選定隊員となったメーガン嬢。

 彼女は今、仮初めの婚約者候補と共に、茶会の席での主催者となっている。


 コレも運、なのでしょうか。


「申し訳御座いません」

《良いのよ、さ、いっそ全て吐露してしまわれたら如何?》


 本来であれば、吐露するべきでは無い。

 ですが。


『急に、先程、破棄の申し入れをされてしまって』


 庶民なら、誰彼構わず吐露しても構わないでしょう。

 けれど令嬢とは、貴族の端くれ。


 ましてや利害関係が不明な者に弱みを見せるなどとは、貴族失格でしか無い。


《そう、では暫く落ち着かれるまで、ココにいらして。馬車の手配をさせましょう》

『はい、ありがとうございます』


《では、侍女の方》

「はい、失礼致します」


 この程度、澄まし顔でこなせなければならないと言うのに。

 隣国に近い場所で育ったからと言って、必ずしも立派に育つとは限らない事が、何より残念でなりません。


《大変ね》

「いえ」


 ご長男様も、ご長女様も特には問題無かった。

 ですが彼女は、あまり上手く育たなかったのか。


 若しくは、気質か。


 奥様は社交界に殆ど現れず、旦那様の方はお仕事をしっかりなさってらした方。

 特に問題の無いご家庭だと、私も確認させて頂いたのですが。


 彼女の侍女となって以降、その気配は僅かに有ったのだと、気付かされました。


《では、破棄の申し入れは妥当だったのね》

「はい、ですが、若さ故に耐えられなかったのかと」


 愚か者になら、確かに可愛げが有る様に見えるかも知れませが。

 もう、成人を過ぎた女性。


 そして幼さ、未熟さには限度が有る。


《ではコチラでは、それなりに治めておきますわね、向こう方からも誠実で真面目なお答えを頂いておりますから》

「ありがとうございます、では、失礼致します」


 彼女の茶会で無ければ、どうなっていたか。




『君とはもう、婚約の破棄以外は、有り得ない』


 今まで難を示される事は無かった筈。

 だと言うのに何故、急に。


《何も、こんな所で》

『本当にすまない、けれどどうしても君では、無理なんだ』


 彼の目線の先には、全く私とは違う毛色のご令嬢がいらっしゃった。

 真っ直ぐな髪質を持ち、栗毛色の髪と目を持つご令嬢。


 こうした茶会の席で、きっと一目惚れしてしまったのだろう。

 婚約者候補が其々に居ながらも、相手がコチラを知ろうが知るまいが。


 少なくとも私では、ダメだ、と。


《分かりました》


 どんな事が有ろうとも、平常心を保たねば成らない。

 他者を慮り、家を思い、決して表には。


『ふふふ、合格、だよ』


《は?》

『すまない、君を試しただけだ。どうかコレからも、宜しく頼むよ』


 東の国の言葉に、堪忍袋の緒が切れる、と言う言葉が有ると聞く。

 私は、その糸の切れる音が聞こえた。


 そう、ぷっつりと、切れる音が確かに聞こえた。


《あぁ、いえいえ、やはり私では不適格かと。可及的速やかに、破棄への署名や準備をさせて頂きますわね》


『いや、本当に』

《本当に、今までありがとうございました。では、そろそろ戻らねば私では怪しまれてしまうかも知れませんので、失礼致します》


 何処かに、淡い恋心の様な何かが有った筈なのに。

 今は、何も無い。


 無心。

 いえ、コレが無関心、なのでしょう。


「お嬢様、破棄の準備をさせて頂いても」

《えぇ、お願いね》




『こんな筈では』


 当時の再編の波は、場所によりけりでした。

 ですが幾つもの家が荒波に呑まれ、そこに共通する幾つかの共通点を、誰もが理解しているだろう。


 そう、私は侮っていました。


「私、ご忠告申し上げた筈、ですが」

《本当に、だと言うのに》

『いや、彼女に貴族としての気概が、矜持が足りなかっただけだ』


 この子爵家の次期当主候補とは、長年のお付き合いでしたが。

 私には、彼が再編の波を超えられるとは、もう思えなくなっていました。


「そうですか、ですが私には理解しかねますので、ご辞退させて頂きます」


『一体、何を』

「沈む泥舟と共に、私は沈む気にはなれません、では失礼致します」


 私の家は男爵家据え置き。

 ですので私は男爵令嬢でありつつも、行儀見習いの為にもと、この家の侍女として働いていた。


 再編は全てを急激に変えたワケでは無い。

 昔ながらの風習には手を付けず、コチラの動きに任せて下さっていた。


 良好な関係を保ちつつ、新しい体制へと変わる為の期間。

 見極める期間を与えて下さった。


『あら、お嬢様、何処かへ』

「私、実家へ帰らせて頂きます。もう、ココは、少なくとも私には再編の波を超えられるとは思えない」


『あぁ、やっぱり』

「ごめんなさい、直ぐには、そう言えなくて」


『良いんですよ、お嬢様とてお立場の有る方。コチラの事はお任せ下さい、いずれはと、私達も話しておりましたから』


「あぁ、ごめんなさい」


 次期当主候補とは、幼馴染でした。

 だからこそ、出来るだけ控え目にご忠告申し上げていたのですが。


『いえいえ、あっ、ご主人様』

『待ってくれ、頼む、行かないでくれ』


 以降、私には記憶が幾ばくか抜け落ちているのですが。

 多分、私は襲われたのだと思います。


 暫くしてからの記憶では、皆が、とても心配しておりましたから。




《あら、酷い顔》

「すみません、昔の夢を、見まして」


《そう》


 滅多に夢を見ない子、そして嘘が下手な子。

 あのお茶会が、やはり影響してしまったのね。


「あ、大丈夫です、相変わらず肝心な部分は分からないままですから」


 私が失礼な相手に正式な婚約破棄を申し込んだ後、標的は彼女へと移ってしまった。


 幸いにも陪臣が急ぎ扉を壊した為、未遂で終わった事件であれど。

 彼女は心に深い傷を負い、記憶が幾ばくか抜け落ちている。


 そして同時に、抜けにも直ぐに気付いてしまった。


《出掛けるか、仕事か》


「今日は、お出掛けを、出来ればと」

《そうしましょう》


「ありがとうございます」

《良いのよ、だって私の侍女なのだもの》


 彼女は暫くの間、薬酒により夢現にされたまま、治療が施された。

 そして傷が回復した後、彼女は副作用からか記憶を失っており。


 私の侍女になりたい、と。


 彼女は、私が原因で有る事すらも、記憶から抜け落ちていた。

 幾ばくかの自責の念、責任感から彼女を雇い入れたけれど。


 彼女は、とても優秀だった。


「私、記憶を取り戻したくは無いのですが、ダメでしょうかね」

《何故?》


「だって、嫌な事には」

《理不尽で不条理な事に立ち向かったからと言って、必ず成果が出るとは限らない。お医者様も仰っていたでしょう、受け入れられる様になれば、自然と思い出す時が来る筈だと》


「そう、受け入れられる様に」

《私、もし人を殺めてしまった記憶が有ったなら、やはりそれは忘れたままが良いと思うの。全てを知っている必要は無い、何故なら》


「神でも精霊でも悪魔でも無いのだから。すみません、何度も何度も同じ事を」

《良いのよ、だって私も、アナタに何度も夢物語を強請っているでしょう?同じ事よ、良いの、大丈夫》


 そして、危うい橋だとも忠告されている。

 私と居る限り、いつ思い出してしまうかも分からない、その瀬戸際に居ると。


 けれど彼女は、私を必要とした。

 私の下で働きたいと願った。


 例え思い出す切っ掛けを作る事になるかも知れないとしても、私の下で、どうしても働きたいと。


「すみません」

《さ、何処にお出掛けしましょうか、アレには少しは言い訳をしてやらないと》


「もう、そんな言い方を」

《だって、気が有るかどうか試す為なのか。他のご令嬢とだけ、打ち解けている様な態度をお取りになるんですもの、私で無ければ傷付いていますわ》


「あ、メーガン様、新しい刺繍糸を探しに参りましょう。期待させて落としてやるのですよ」

《あら素敵、目には目を歯には歯を、ね》


「それ、どうやって同じ分だけだ、と誰が認めるのでしょう?」


《それは勿論、精霊や悪魔よ》

「成程」


《さ、結って、とても素敵に可愛く》

「はい、丹精込めて結い上げさせて頂きます」


 彼女は思いもよらない相手から、歪んだ想いをぶつけられ、一部の記憶が抜け落ちてしまった。


 けれど相手は、どうとも思ってはいない、まさか彼女を想ってなんていない。

 逃げ出そうとしたから、頭に血が登り暴力を奮ってしまったに過ぎない、と。


 彼は、今もそう主張し続けている。

 専門家の下で、今も。


《ふふふ、次からは髪を結わせれば良いのね》

「あ、ですね、メーガン様の髪はとても楽しいですから」


 幸せになるべき存在。

 早く、彼女に合う方をと、嘆願を出しているのだけれど。


 中々、そう簡単にはいかないモノ、よね。

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