5 架空の悪魔。
姉が居る馬車で口説く事は出来無い。
だからこそ、このデビュタントの会場で彼女と踊り、正式に申し込もうと思っていたのに。
彼女はそれなりに人気が有り、思った以上に関わる事が出来ていない。
が、そろそろ疲れが見え始めている。
「お姉様、そろそろご休憩は如何ですか」
『あ、ありがとうジェイド。少し失礼させて頂きますわね、では』
次期当主候補は大綬を付ける事になっている、けれど彼女は人気が有った。
そんなにも貴族に余りが多いんだろうか。
「大変でしたね」
『はい、想定外でした』
「正直、僕もです、こんなに余りが多いのかと驚いています」
『余り、ふふふ、そうですね』
半分がサッシュ有りだったのは、貴族同士の繋がりの為なのは分かる。
けれどこうした場で無いとなると。
「余計なお世話かも知れませんが、僕みたいにデビュタントがまだなのか、あるいは問題児かも知れませんから。気を付けて下さいね」
『そうなのね、ありがとう』
この数日だけ、だけれど。
彼女は穏やかで静かなのが良い。
家族の言葉は確かに有り難いけれど。
僕にはもう、堪らなく五月蠅く感じてしまう以外に無い。
「あの、僕を、婿にはどうでしょうか」
受け入れられずとも、先ずは家を出る、その意向を伝えるには十分。
いきなりの拒絶は無い筈、貴族なら。
『どうして、でしょうか』
「まだ育ち切ってはいませんが、その分、僕ならアナタの好みに沿う男に成れる下地が有ります」
僕はまだ14才。
他の既に出来上がった男より、有利な点も有る。
ただ、そうした部分を有利と捉えるかどうかは、彼女次第だけれど。
『何故、家を継ぎたく無いのでしょう』
「継ぎたく無いと言うよりは」
『どうか正直にお話し下さい、必ず力になりますから』
僕は嘘が上手い方なのに。
何故、どうしてだろうか。
顔にも声にも出ていなかった筈なのに。
「僕は、アナタに恋を」
『3度までなら嘘は許しますが、何故です、何かされているのですか』
僕を、本当に心配してくれている?
いや、ウチの弱味を握りたいだけかも知れない。
或いは乗っ取りか、僕を利用する為の罠か。
ココで引くべきなのかも知れない。
けれど、僕はどうしても、家を出たい。
「僕は、あの家には不向きなんです」
『天地神明に誓い、告げ口は決して致しません、アナタが嫌がる様な事も致しません。ですからどうか、詳しくお話し下さい』
彼女は膝を突き、僕の手を取ってくれた。
何故、どうしてそこまでしてくれるんだろうか。
何故、どうして。
《あらジェイド、リリーに何をさせているの》
何処の病院にも、必ず被虐待児が来る。
子供達は必ず親を守る、そして嘘も言う。
どんなに酷い親でも、子は親を慕う。
「すみませんお姉様」
『いえ、私がしたくてした事ですからお気になさらず、お下がり頂いて大丈夫ですよ』
《そうはいかないわ、とても目立ってしまっていたのだもの、少し移動して下さるかしら》
『はい、失礼致しました』
《さ、コチラにいらっしゃいジェイド》
「はい」
被虐待児は家族が居る所では、決して真実を語らない。
それが幾ら幼かろうとも、圧力や視線を感じ口を閉ざす。
一体、何が起きているんだジェイドに。
《それで、何をお話しなさっていたのかしら》
『ココは私に任せて』
絶対に、ジェイドに不利にならない様に頼む。
『実はとても重要な事をお聞かせ頂いていたんです、そのあまりに素晴らしい発想に思わず私が膝を突いてしまい、驚かせてしまい申し訳御座いませんでした』
《そう、それは本当なのかしら、ジェイド》
叱責するだけの行いをしていた可能性が有るにしろ、随分と厳しいが。
高位貴族の教育は、こうなのか。
『少し、厳しいかも知れないわね』
「僕は、リリー様の為を思い発言したのですが、こうした大事になると予測出来ず申し訳ありません。以後場を弁え発言致します」
『そんな事を言わないで、私、とても感動したのですもの』
《それで、具体的には何を仰ったの、ジェイド》
『申し訳御座いませんが、私の事ですので、どうかココは内密にさせて頂けませんでしょうか。なんせ、ご挨拶して頂いた方の事も、関わる事ですので』
《そうなの、なら失礼な事を言ってしまったのでは無いかしら》
『いいえ滅相も無い、高位貴族らしい、素晴らしい発想でしたわ』
「ですが若輩者の言葉で驚かれたかも知れません、謹んで謝罪申し上げます」
『いいえ、コレからも宜しくお願い致します、是非』
明らかに姉の様子を伺っているが。
やはり貴族は、コレが厳しいかどうかが分からないのが困る。
《まぁ、リリーがこう言って下さっているのです、間違いは無いようですわね》
『ですが思わず行動してしまいまして、ごめんなさい、はしたない行為でご迷惑をお掛けしてしまいました』
《良いのよ、妹さんのお世話ばかりで身に付かなかった事も多い筈。ですけれど不用意に膝をお付にはならないで、周囲は何事かと驚いてしまいますから、ね》
『はい、ありがとうございます』
《良いのよ、さ、3人で仲良く戻りましょう》
『はい、ご配慮頂き、本当にありがとうございます』
膝を付くのは確かに不味かったが。
だが、いや、すまなかった。
『良いのよ、ふふふ』
僕は、突っ込んでおきながら今は怯んでいる。
まさか、彼女に連れ回されるとは思わなかった。
彼女が何を考え行動しているのか、全く検討が付かない。
家の弱味を握るにしても、僕の弱味を握るにしても。
彼女は既に他の高位貴族と顔見知りになっている。
僕を利用するにしても、寧ろ真っ当な相手を探すには明らかに僕は邪魔だ。
なのに、何故。
まさか、姉に媚びる為だけに。
いや、だとしても。
「あの、僕、そろそろお邪魔では」
『何を言うのジェイド、あら、疲れたのかしら』
「いえ、そう言うワケでは」
『良いのよ無理をしないで、丁度私も休みたかったの。皆さん、失礼いたしますね、では』
それから僕を座らせ、食べ易いだろう食べ物を選び、ミルクまで用意してくれて。
まさか、単に妹の代わりに僕の世話をしているだけなんじゃ。
「あの」
『何か嫌いな物が入っていたかしら?』
「いえ、ですけど」
『あ、私は大丈夫、余ったら頂くわね』
コレは、もしかすると本当に妹の代わりなのかも知れない。
そうなると納得がいく。
あの膝を付く行動も、真剣さも。
そうか、僕が虐げられているかも知れないと勘違いしているのか。
そうか。
「あの、別に僕は、家ではしっかり可愛がられていますからね」
家族なりの可愛がり、だけれど。
『どんな子も、皆さんそう仰るのよね』
間違い無い、味方になろうとはしてくれている。
ただ、虐げられていると思われるのは困る。
「アナタが思う様な事は無いんです、本当に」
『けれど、相性が悪いと思っているのよね?』
「それは僕の問題で、家族には何も、本当に何も無いんです」
『では、真実を話して頂けるかしら』
まだ疑っている。
けれど、コレは僕に有利に働くかも知れない。
「次の機会に、必ず」
『では、口裏を合わせましょう。私に声を掛けて来た何人かが、私に恋をしてらっしゃる様な目をしていた、そして私は全く気付いていなかったけれどアナタは気付いた。そしてサッシュの事も相まって、気を付けろと言われた私は感動した、どうかしら?』
「はい、分かりました」
『ありがとう、良い子ね』
彼女は、本当に貴族の事をあまり知らないのかも知れない。
けれど、僕より上手だ。
油断しない様にしないと。




